西日本完乗への道-紀伊半島編(34) 紀州鉄道線 日高川駅跡 ~廃線跡を辿ってかつての終着駅へ~
西御坊駅から終着駅としてかつて存在したという日高川駅跡まで廃線跡を辿ります。
西御坊駅~日高川駅間は1989(平成元)年4月に廃止された区間ですが、ほとんどの場所に線路が残されているようですね~。線路に沿った道がないので、踏切があったと思われる交差点毎に撮影していきます。
最初?の交差点から。奥が西御坊方面。住宅の間を縫うように線路はきれいに残されていました。
振り返って日高川方面。こちらは住宅裏手の木々の中。
こちらはほぼ中間地点の県道との交差点付近だったと思います。
手前の古い柵がいかにも線路があったと思わせますが、線路はもうちょっと奥のほうを左から右に伸びていたようです。右奥の駐車車両が並んでいるところの裏手に線路が伸びていたと思われます。
こちらが最後の交差点付近。線路は左の草むらから右に横断していたと思われます。道路と交差する部分の線路はさすがに撤去されていますが、踏切の標識や警報器の一部は残されていました。
ここから右手に進むともう一つ交差点があって、そこから南方面を覗くと・・・
線路が伸びていますが、この正面奥の突当り付近に日高川駅があったようです。
日高川駅は前述のように1989(平成元)年4月に廃止された紀州鉄道線のかつての終着駅。現在の住所でいうと和歌山県御坊市名屋町にあります。
上画像では分岐して2本の線路が伸びています。この線路を便宜上左(東)から①と②とします。それとは別に右端にもう1本辛うじて見えます。それを③とします。
西御坊方から見た様子。線路は左から①と②。③は見えません。
少し近づいてみると・・・ホーム跡もありました。この形は相対式の2面2線に見えますね~。Wikipediaによると、駅構造は単式ホーム1面1線に2本の側線があったらしいです。おそらく左(東)のホームがその1面、それに面した線路①が1線。側線2本のうちの1本がその隣の②。もう1本は・・・
上画像の左に見えるホーム跡に上がって西御坊方面。
側線のもう1本はスペースを考えると・・・左の住宅に奥から突き当たる形で途切れる線路③だと予想されます。あくまでも予想です^^; 住宅は新しそうですが、土台は古そうなのでこれはもしや貨物ホーム?などと予想~。
振り返って線路終端側。奥に塀が見えますが、その裏手に日高川が流れています。駅名はこの川から名付けられたのかもしれませんね。川は左から右に流れており、すぐ先に河口があります。その先は太平洋、海が近いです。
さて・・・帰りの列車まで時間もありません。観察は切り上げて、来た道を早歩きで戻ります。
西御坊駅に戻ると・・・折返し列車は既に出発した後でした~、ヘコ。
ということなので、セカンドプランを発動します・・・。起点の御坊駅まで歩きましょう。
地図上で計算すると日高川駅跡から御坊駅までは最短道のり3.2km、徒歩40分といったところです。途中駅は3駅。ひとつづつ立ち寄ろうと思います。つづく・・・。