まだ見ぬ景色を鮮明に。仲間とともにつくり上げるプロジェクト|1/29開催イベントレポート
PHOTO : 小坂綾子
仕事との向き合い方を考えてきたシリーズが、いよいよ締めくくり。株式会社ワコールホールディングスダイバーシティ・グループ人事支援室室長の鳥屋尾優子さんを講師に迎えた「自分を生かして働くための全4回」の最終回が、1月29日に開かれた。今回のテーマは、「仲間とともにまだ見ぬ景色を鮮明に共有し続けよう」。鳥屋尾さんは、自分ごとを「仲間ごと」としてプロジェクト化する心構えや工夫を伝授した。
第1回「チューニングしよう〜納得できない仕事が予想を超えた景色に連れて行ってくれる〜」
第2回「リフレーミングしよう〜自分の中の多様な視点が新たな意味を紡いでいく〜」
第3回「スキルを高めよう〜自分を自由にする『立ち止まり方』を持って歩もう」
「会社の中での『巻き込まれる側』の立ち位置で考えたのがこれまでの3回。4回目は、『周りを巻き込む』立場で考えるべきことで、一つのテーマは『自分の不安とどうやって付き合っていくか』ということです」
自分が一から組み立てる仕事が得意な鳥屋尾さんがリーダーとして手がけた大きな仕事の一つが、学びの空間「ワコールスタディホール京都」の立ち上げだ。
「目に見えるものを商売にしてきた会社なので、共通言語になっていない『場づくり』の仕事は正直不安でした。でも『新しいことは不安で当たり前』と思うことで、すっと次に行けました。大事なのは、不安な気持ちを受け止めて、まだ見ぬ景色を鮮明にし続けること」
鳥屋尾さんは、そのための三つのキーワードを紹介した。
1.自分なりの覚悟の仕方を持っておく
「『誰かが決めたこと』という意識があると、逃げられる余地ができてしまいますよね。それをなくすためにも、全て自分で決めるところまで持っていきます」
なぜ今これをやるのか、と自分に問い、徹底して自分の言葉に変え、覚悟が決まるまで“考えきる”のが鳥屋尾さん流。そして、自分の中で腹落ちしたら、次にかかるべきは、「判断軸」を仲間と合わせる作業だ。
「人間って、イメージできることにしか動けない。だからスタディホールを作る時は、どんな人が集まり、どんな会話が交わされるのか、具体的にイメージできることを大切にし、『美的好奇心をあそぶ、みらいの学び場』というタグラインを決めました。美的好奇心を遊ぶ。遊びの中に学びがあふれている。このコンセプトで企画の方向性を共有できました」
判断軸を合わせる作業には、6カ月のうち1カ月半を費やしたが、「これ、美的好奇心を遊ぶ企画になってる?」「未来感ある?」という会話も生まれてきた。鳥屋尾さんは、「判断軸をみんなで握ってさえいれば、決めるべきことがたくさんあってもストレスが軽減される」と確信した。
2.不安と付き合う技術
「不安の原因の一つは、不安を生んでいるものやことを言語化できていないから。全て書き出してタスクにすれば、あとは実行していくだけ。書いてみれば大したことないと思うこともあります」
鳥屋尾さんが、不安とうまく付き合うためにやっていることは「すべて書き出す」こと。自分の中で回答が見つからずタスクにできないことは、「これで解決しているような気はしない」と書き、「今は答えが出ないので一旦は考えることをやめる」と決めて一旦自分の外に置くことで不安を解消させている。
「問いが生まれるたびに自分なりの答えを持って誰かと話す、ということを繰り返し、自分の考えを壁打ちに行く感じで問いを深めていくのも不安を消すやり方です。そして、もう一つのポイントは、不安をむやみに増やさないこと。新しいことをすると、いろいろな人が意見を言いに来る。全部聞いていると気持ちが持たず、不安になるので、『雑音』としてさっさと流すこともやっています。そのためにも、“自分で考えきる”ということは大切です」
3.事実を正しく把握する
「報告や会話には、『事実』だけではなく、『意見』や『感情』、『解釈』が混じっている。それをちゃんと理解して話を聞くことを大事にしています」
鳥屋尾さんは、一つの会話を例に挙げた。
メンバーからこう言われたとします。
「◯◯さんがいつもギリギリにしか会社に来ない。そんなやる気のない態度ではこっちの士気も下がります。後輩にも示しがつかず、正直いい気がせず、皆のモチベーションも下がる。だから課長、◯◯さんの態度を改めさせてください」
「この話の中には多くの情報がありますが、ただ事実は『◯◯さんがギリギリに会社に来ている』ということだけ。あとは感情とその人の解釈、そして意見ですね。事実は何かを見極めつつ話を聞くと、余計な不安やトラブルが増えません」
後半は、会場からの質問に鳥屋尾さんが答える時間。参加者は2人組になり、仲間とともに始めようとしていることを思い浮かべながら聞きたいことを話し合い、出てきた質問を、次々に壁に貼っていく。
参加者「雑音と雑音でないものをどう区別しますか」
鳥屋尾さん「一つは、人の意見を聞く前に自分で考えきっておくこと。フラッと受けてしまった仕事は感度が鈍るのもそのせいですね。もう一つは関係性。本当に共感して思い悩んでくれているか、その人のスタンスを見極めます」
参加者「魅力的なタグラインはどう作ればいいですか」
鳥屋尾さん「外部のデザイナーさんの手を借りる場合もあり、その時に大事になるのはこちら側のオリエンテーションです。考えることは、タグラインのイメージではなく、『スタディホールを通してお客さんとどうコミュニケーションをとりたいのか』『どんな関係性を作りたいのか』。それを棚卸しする作業に時間をかけます。そうするとオリエンテーションの準備の過程で判断軸ができていきます」
参加者「全員が意見を出すことで齟齬が生まれた場合は、どうすればいいのでしょうか」
鳥屋尾さん「言葉は異なるけれど、実は同じことを言っている場合があります。その共通項をファシリテーションで見つける作業を丁寧にやると、『みんなが納得』という着地点が見えてきます。例えば犬好きもネコ好きも、『動物が家にいるっていいよね』という部分では繋がれる。そういう部分に判断軸を持っていく。全てがカチッと合うことはないけれど、だからこそ、そこを丁寧にやります」
自分は満足した、と思える人生を送ろう
「実は、4回を通して一番伝えたかったことは、『後悔しない生き方をする』ということです。明日死んだときに、自分は満足したと思える人生にしたいので、『仕事嫌やな』と思いながら過ごす日が1日でも少ない方がいい。それが、私からの大事なメッセージです」
自分を生かす努力を怠らず、どんな時も楽しみつつストイックに仕事と向きあってきた鳥屋尾さん。それぞれのステージで輝こうとしているすべての人に届く言葉で、講座を総括した。そして会場との対話を終えると、「会場から問われることで思考し、言語化できたこともあり、この先どんなことが起こってもこのキーワードを使いこなしていける」と結んだ。
参加者の「問い」によって引き出された鳥屋尾さんの言葉が、参加者に還元され、それぞれの自分ごとへと融合された4回の講座。対話の力が生んだ鳥屋尾さんの「個」の言葉は、会場の言葉となり、自分らしい生き方を追求する参加者たちの未来を拓く言葉として共有されていた。シリーズを締めくくる最終回で伝えられたのは、数々の経験に裏打ちされた確かな言葉であり、そして、「どのような立場であっても自分を生かすことができる」という心強いメッセージであった。