盛岡ツアー その4 - okmrtyhkのブログ

盛岡ツアー その4

okmrtyhk2008-04-07


店を出たのが12時半。わんこそばって意外と時間がかからない。
勢いで押しまくって最初の30分で食い終わって、後はまったりなムードで過ごした。
午後の観光、盛岡ふるさとガイドは14時から。時間が空く。
集合場所である「プラザおでって」に案内して、1時間自由行動とする。
僕は会社の後輩たちと肴町の商店街を歩いて、その後城跡公園へ。
肴町の商店街はアーケードこそあって一見賑わっているように見えたものの
地元の人たち向けであって、寂れかかってこじんまりとしている。
アーケードの入口に中三デパートがあった。青森市にもある。盛岡にもあったのか!と驚く。
青森市では一番大きなデパート。しかも独立系。
セゾンとかイトーヨーカドーの系列ではない。たぶん、今も。


商店街の中にはいくつか床屋があって、大人の整髪でどこも1800円ぐらいだったか。
なぜかとても安い。


商店街を出ると中津川に沿って歩いて、川べりにも下りてみた。
子供を連れた夫婦、遊んでいる子供たち。のどかな風景だった。
静かでのんびりとしていて。
あともう少し気温が高かったら、寝っ転がると気持ちよかっただろう。
広々とした川べりの草地が石垣で囲まれていて、京都の鴨川に似ているなあと思った。


城跡公園の中へ。本丸のあった高台へと昇っていく。
盛岡の町を見下ろす。遠くに岩手山が見えた。
公園の中は桜の木が多く、あと2・3週間もしたら満開の桜ですごいのだろう。
「盛岡さくら祭り」の灯篭をたくさん見かけた。


展望台っぽくなってる場所に建っていた東屋の屋根は若い人たちの記念の落書きばかり。
見ると、X JAPAN の HIDE に関するものが多かった。出身地?確か違うよね。
こういう場所に落書きを残す若者と、X JAPAN の HIDE のファンとの間に共通点が多いのか。


あちこちに石碑が置かれていて、石川啄木のものが隅の方にあった。
不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」
後でガイドの方の解説にあったけど、「不来方」とは盛岡の古い呼び名のこと。
「こずかた」っていうのが縁起が良くないってことで
「盛る」としたのが盛岡という地名の始まりなんだとか。


盛岡は今がスギ花粉のピークなのか、
前の晩飲みすぎたってこともあり、鼻水が止まらず。
桜が遅い、イコール、スギ花粉も遅い。


城跡公園から「プラザおでって」へ。
2階のロビーで「さんさ踊り」のビデオを見ながら時間をつぶす。
参加者が集合して盛岡観光ガイドへ。
ボランティアのガイドの方とお会いして、ガイド料を窓口で支払って、
14時よりガイド開始。
この日僕らの担当となってくれた方は
ホテルで見つけてもらってきた盛岡観光ガイドの中にも登場していた。
ボランティア団体の事務局長を務める偉い人だった。


先日も写したけど、こういうコース。

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啄木・賢治青春の道(徒歩観光 約2時間30分)


石川啄木宮沢賢治が青春を過ごし
国際人新渡戸稲造がこよなく愛した盛岡散歩道そぞろ歩き。


プラザおでって出発 T ・・・・・ 毘沙門橋 ・・・・・ 新渡戸記念公園 ・・・・・
啄木・牧水友情の碑 ・・・・・ 賢治清水 ・・・・・ 不来方城跡 T ・・・・・
詩歌の道 ・・・・・ 上の橋 ・・・・・ 東北電力前(解散)

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まずは「おでって」とは何かという話。
青森出身の僕からすればなんとかニュアンスは分かる。「おいでませ」
盛岡の言葉で「welcome」のこと。


この「おでって」の向かいにあるのが、岩手銀行中ノ橋支店。
歴史の重みを感じさせる、赤レンガの由緒正しそうな建物。
「皆さん東京からいらしたのなら、何かに似てるってすぐわかるでしょう?」
「東京駅・・・?」
同じ建築家による設計のものなんだそうな。
東京駅の再現工事を行おうとしたとき、
設計時の図面が無くてこの岩手銀行中ノ橋支店を参考にしたとされる。


中津川沿いに散策が始まる。
中津川の説明として、覚えていること。


北上川の支流として、盛岡市内に始まり、盛岡市内に終わる川。
 鮎が取れるのでシーズンともなると釣り人が大勢押し寄せる。
 3月末までは白鳥がいたんだけど、つい先日飛び立っていった。
 県庁所在地の川でこのように鮎や白鳥と自然に恵まれているのは全国でも珍しい。


・鮭が上って来る。はるばる300kmの長旅を終えて、
 ボロボロになった状態で産卵を終えるとみな死んでしまう。
 秋になるとその死骸で川はいっぱいになるが、
 自然に還して次の季節の生き物たちへの栄養となるべき、
 ということで地元の人はそのままにしておく。


・きれいな水質であるため、「バイカモ」と呼ばれる珍しい水草はえていたのだが、
 数年前の大型台風で残念なことに流されてしまった。


・川底にゴロゴロと転がっている岩は通称、「だんご岩」
 昭和40年代に川底を整える工事をしようと掘り起こしてみたところ
 巨大な岩ばかりで取り除くことができず、断念。そのまま残されている。
 今見えている「だんご岩」も川面からちょこんと顔を覗かせているだけなのに
 本体はとんでもなく大きいわけです。
 昔、工事をする前、中津川はもっと深くて子供だと顔のところの高さまであった。
 川を泳いできてこの「だんご」岩のところまでよじ登るのがステイタスだったとか。
 今の中津川は足首ぐらいのとても浅い川となっている。


・こういう「だんご岩」に代表されるような岩が多いため、
 盛岡城の城壁を築くに当たって困ることは無かった。
 日本の名だたる城は城壁のための石・岩を全国に求めたものであるが、
 盛岡城は自前でまかなえた。


(ガイド、続く)