僕の隣、窓際には白人の大柄な女性が1人座って、目を閉じて眠っていた。
他の旅行者とは違って完全に手ぶら。
デジカメで写真を撮ろうとして僕があまりにも頻繁にモソモソ動くので、
「席を替わりましょう」ということになった。
車両付きのボーイみたいな若い男性が、メニューを配る。
車両の中ではサンドイッチやスナック菓子、飲み物を売っている。
僕はコーヒーを注文する。3ソル。
10ソル紙幣で支払ったのにお釣りをくれない。やきもきする。
後で捕まえて7ソルもらった。
呼び止めたら「あ、そうでしたね、すいません」みたいな感じで。
窓の外は草原、牧草地、畑、ところどころに家。
全て束の間のはかない記憶のように流れ去っていく。
駅に到着する。ここはどこだっけ?あとどれぐらいだっけ?
みたいな話をしていると白人の女性が駅名を言う。僕らはサンキューと返す。
それをきっかけにこの女性との話が始まった。
(僕はあんまり話さず、同じく1人で参加していたF君がほとんど話す)
バンクーバー出身で職業はITコンサルタント。
3ヶ月の休みを取ってペルーまで来た。もうじき帰国する。
クスコにアパートを借りて、自炊。
このクスコを基点にリマやナスカを観光、友達の住むエクアドルまで足を伸ばした。
海辺の町で3日間過ごして、泳いだ。
ペルーに来たのは、インカ文明に興味があったから。
来年はインド、中国、日本を訪れてみたいと語る。
ピサックの町のマーケットで買ったテキスタイルの腕輪を見せて
「聖なる谷は見た?いいところよ」とあれこれ薦めてくれるが、
僕らは9日間という短いツアーなのでスケジュールががっちり決まってて
時間がなくて見に行けないと答えざるを得ない。
「どうしてそんなに慌しいの?」と聞かれて
「日本人は長い休みが取れないんですよ」と答えると、
「会社なんて辞めちゃえばいいじゃない」と彼女は笑いながら言う。
「この世界は広いのよ。住む場所はいくらでもあって、職業だっていくらでもある。
私は会社を辞めて、持ち物を売り払って、旅に出たんだから」
そうは言っても、日本人はなかなか会社を辞めないものである。
日本人の「性質」と言ってもいい。
そんなふうなことをたどたどしい英語で伝える。
自炊の話になる。市場があって、そこでなんでも食料品は買える。
じゃがいものだけで40種類は売ってる。
色、形、粘り気、味、様々なじゃがいものがある。
カナダにいる頃と変わりない食生活を送っていて、
時々ペルーらしい新しいメニューを考えて作ってみたりする。
同じ席に座っていた熟年夫婦のうちのおばさんの方が
ヨガのインストラクターだとわかると、ヨガの話で盛り上がった。
「クスコにもヨガの教室があるのよ。こっちに引っ越してきて教えたらいいじゃない」
「でも私、旦那もいるし・・・」
「日本にも旦那がいて、こっちでも別の旦那を見つければいいのよ!」
その次の駅オリャンタイタンボで
全員Cの車両に移れるということになり、慌てて乗り移る。
カナダの女性とはそこでお別れ。
外国人と出会った、触れ合ったという体験は後にも先にもこのときだけ。
ツアーの中にいるとその外側にいる人と接する機会が皆無に近くなってしまう。
ぞろぞろと団体で動物園を見学しているかのようだ。
このオリャンタイタンボもまた遺跡で有名。
クスコのサクサイワマンの要塞のために石を切り出して運んだことが分かっている。
列車でも2・3時間かかる場所に人手で運んだとは・・・
気が遠くなる作業だ。
ハンパじゃない数の人間が大勢集まって
掛け声と共に岩を引っ張っている様を僕は思い浮かべる。
1人参加のおばさんの隣となる。
残り1時間の行程を世間話をしながら過ごす。
ガイドのMさんはあちこちの座席に散らばったツアーのメンバーの間を
目まぐるしく駆け回ってあれこれ解説で忙しい。
雪山を指差して「あれがベロニカ山。
標高5754mで、2005年10月12日に氷河が溶けて・・・」
はるか上の方に雪が見える一方で
目の前の風景はアマゾンっぽくなり、サボテンやリュウゼツランが生えている。
豪快に流れる川と併走する。川は茶色く濁っている。
段々畑をいくつも通り過ぎる。
開拓者の仮の住まいなのだろうか、小さな小屋にキリストの像が奉られている。
祭壇と銀色の十字架。
インカ時代の金の精錬所の遺跡。
川の側にあるということは砂金なのだろうか?
車掌が「今、88km」と各座席の人々に聞こえるよう、大きな声で伝えながら歩く。
クスコのサン・ペドロ駅から何キロメートル地点を通過しているのか、という意味。
Mさんが言うには、3泊4日でインカ・トレッキングのコースがあるとのこと。
彼らがほら、歩いていると吊り橋を指差す。
最高点では標高4200mのインカ道を歩く。
最終目的地はもちろんマチュピチュ。
太陽の門がゴール地点で近くに温泉が湧いていて、そこで長旅の汗を流す。
トレッキングは半日コースもあるようだ。
トイレに入ろうとして待っていると軽食売り場の若い女の子が
「カチャラータ!」と言いながら窓の外を指差す。
いったいなんなのかわからないけど(今検索してみても分からない)、
とりあえず窓の外に顔を向けて、何かが見えたかのように微笑むと、
女の子もニコッと笑った。
アグアス・カリエンテスの駅近くまで来たとき、
Mさんが「あれは水力発電のダムですよ」と。
小さな川に設置されたものなので比較的小規模なダム。
ペルーの電力の実に85%が水力。
後ほどマチュピチュに上ったとき、
より大きな規模の水力発電の施設が山のふもとに見えた。
朝7時に乗り込んで4時間半。
ようやくアグアス・カリエンテス駅に到着。
ホームに降り立つ。
急な山の斜面の向こうに青空。白くて自己主張のはっきりした雲。
深呼吸をする。空気が澄んでいる、ような気がする。
日差しが思いのほか強い。
周りは白人旅行者ばかり。
駅を出て、アグアス・カリエンテスの小さな町を歩く。
お土産屋の屋台が密集する地域を潜り抜ける。
Mさんが「水や帽子を買うなら今のうちですよ」と言う。
町の中心部を川が流れていて、橋を渡る。坂道を下っていく。