戦後、そして信じられるものがほとんど崩壊してしまった現代という時代に、決して忘れてはならないこととは…★劇評★【舞台=夢の裂け目(2018)】|阪 清和 (Kiyokazu Saka)
AdobeStock裁判天秤縮小版2_167167567補正済み

戦後、そして信じられるものがほとんど崩壊してしまった現代という時代に、決して忘れてはならないこととは…★劇評★【舞台=夢の裂け目(2018)】

 かつて放送部員だった学生のころ、「失われゆく音を求めて」というタイトルの音声ドキュメンタリーを録るために紙芝居屋さんを追い掛けたことがある。まだ子どもたちには結構な人気があった紙芝居には、メディアとエンターテインメントの両面が同居しているなと感じたものだ。単に物語を語るだけでなく、そこに自分の考えを入れてみたり、「きのうテレビで言ってたけれど…」と時事的な話題を入れてみたり、例え子ども相手であっても、ひとつの言論装置として成立していたように思う。井上ひさしがその紙芝居という芸能、そしてその語り手という芸能者をフィーチャーしたのはさすがの眼力だ。まさに裁判とは物語と物語の衝突であるということの象徴であるとともに、あくまで庶民であるこの芸能者たちは日本という国の民たちが戦後陥っていた場所でもがく姿の象徴でもあったからである。そのことを鮮やかに描き表した戯曲「夢の裂け目」は、その後上演された「夢の泪(なみだ)」「夢の痂(かさぶた)」とともに東京裁判三部作と呼ばれ、現在まで演じ継がれている。2001年の初演、2010年の三部作連続上演を経て、今年2018年東京と兵庫・西宮で再演された「夢の裂け目」は、ある天才紙芝居屋とその弟子や家族たちファミリーの生きざまを通じて、日本人が戦後から何年経とうとも決して忘れてはならないことどもを一見軽妙な人情にくるませて描いた音楽劇。キャストをほぼ一新して段田安則ら芸達者の実力派俳優によって描いた新たな「夢の裂け目」は、信じられるものがほとんど崩壊してしまった現代という時代にあって、空恐ろしいほどの輝きと戒めを持つ作品になっていた。演出は栗山民也。
 舞台「夢の裂け目」は6月4~24日に東京・初台の新国立劇場小劇場[THE PIT]で、6月27~28日に兵庫県西宮市の兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールで上演された。公演はすべて終了しています。

★舞台「夢の裂け目」公演情報
http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_009665.html

ここから先は

3,493字
この記事のみ ¥ 400

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?