コインチェック経営陣は筆頭株主なのに、なぜ「株主と相談します」といったのか|けんすう

コインチェック経営陣は筆頭株主なのに、なぜ「株主と相談します」といったのか

楽しくインターネットサーフィンをしていたら、以下みたいな記事を見ました。

コインチェック経営陣、しどろもどろの謝罪会見。社長が筆頭株主なのに「株主と相談します」(全文) 

これに対して「ハフィントン・ポスト大丈夫かよ」とか「投資契約書もろくに見たことないんじゃないか」みたいな批判が周りで聞かれました。なぜ批判されるかというと、タイトルで言いたいことが「しどろもどろの社長が、筆頭株主なのに株主と相談する、といって質問から逃げてけしからん」的なニュアンスに見えてしまうのですが、知識がある人から見ると「そんなの当たり前じゃん」というギャップがあるからだと思います。

せっかくなのでこの件について説明したいと思います。

まず、よくある誤解として「過半数の株を持っているのであれば、なんでも決められるのでは?」という点です。会見でも以下のような場面がありました。

> ――筆頭株主はどなたか。
> 大塚氏:筆頭株主は和田晃一良でございます。
> ――お2人で過半数は持っているのか。
> 大塚氏:はい。
>(会場から苦笑漏れる)

ベンチャーキャピタルがスタートアップ企業に投資する時には、一般的には投資契約書というものを結びます。これは何かというと、要は投資する時のいろいろな条件の決め事を明確にするためのものです。

この投資契約書があるため、筆頭とか関係なしに、株主と協議をしないといけないところがたくさんあったりするのです。

たとえば、「資金の使用使途」みたいなのを定めたりします。IT系企業だと以下みたいな感じですかね。

- 人材採用・福利厚生
- システム開発・保守運用
- コンテンツ制作
- プロモーション
- 運転資金

何のためにこれを定めておくかというと、お金の出し手としては、意図しないお金の使い方をされたら困るからです。こういう項目が入っているだいたいの場合は「これ以外に使う場合は書面で承諾してね」となってたりします。

「社長の個人的な趣味のために使っちゃう」とかの不正に近いケースを防止するという意味もありますし、要議論な使い方、たとえば「ベンチャーキャピタルは事業の成長のために使って欲しいと思っているけど、スタートアップ企業側は他のベンチャーへの出資や買収とかをしたいと思っている時」とかの時にベンチャーキャピタルも含めて議論ができるようにしたりします。

なので、これ以外のお金の使い方をしないといけない時は、株主であるベンチャーキャピタルと協議をしないといけないのですね。

また、別の項目として、「こういうことを決める際は、事前に通知してね」みたいなのも定めたりします。

たとえば「株式を分割するよ」とか「代表者がやめるよ」とか、そういう重要な時に、出資したベンチャーキャピタルに通知をする義務を設けるというい感じです。そして、ここでよくあるのが、「○○万円以上使う場合」という項目です。1000万以上使う場合は、事前に通知して協議しようね、とか決めたりします。

これは、「事前承認」(事前にOKださないとダメだよ)だったり「事前通知」(事前に知らせてくれないとダメだよ)だったり「事後通知」(あとで教えてね)だったりいろいろなパターンがありますが、要は経験が浅い経営者とかが、雑にお金を使っちゃうみたいなのを防ぐためにあります。

なので、結論をいうと「投資契約書とかがあるから、株主と協議せずにできることは限られているからでは?」です。

※もちろん、僕はコインチェック社の投資契約書とかを見たことがないので、推測です。

ちょっと話はそれますが、こういう話をすると「ベンチャーキャピタルのようなお金を出す人のほうが立場が強いのか」「株主のほうが強いのか」という、短絡的な結論を出しちゃう人がいるのですが、もちろんそうではありません。

このような投資契約書は、シリコンバレーや日本などでよく今までの歴史で出てきた問題を解決するためにあったりします。社長とかが適当なお金の使い方ができないように契約書で縛ることによって、ベンチャーキャピタル側のリスクが減るので、むしろお金を出しやすくなったりするのです。つまり、投資契約書で不正やよくあるミスを防ぐことができているおかげで、スタートアップ企業にも資金調達が容易になるという、大きなメリットがあるのですね。

また、会社の経営を健全にするためのものだったりもします。まともな企業であればもちろんやっているはずですが、たとえば社長だからといっても無制限にお金が使えるわけではありませんよね。

社長が使える決済金額はだいたい決まっており、それ以上になる場合は取締役会での承認が必要になる、といったような社内の基準があるケースが多いはずです。

要は、ひとりの独断によってできる範囲の力を制限することで、会社経営が健全になり、それによって株主の利益が損なわれるということを防ぐ、ということをしているわけです。

なんで株主の利益を損ねないほうがいいのか、というと、お金の出し手だからです。お金を出す人のリスクが減れば減るほど、投資するお金が増えるので、会社としてもメリットが大きいのですね。「強欲な投資家のメリットのためじゃないか」というふうにとらえてしまうと本質を見失ってしまうので注意が必要です。

ということで、話を戻すと・・・。

先程もいいましたが、今回のケースの場合もベンチャーキャピタルとの投資契約書の範囲で、意思決定していいところ、ダメなところがいろいろ定められているので、すべてを記者会見で答えたり、方針を発表したりするのはなかなか難しいのではないかなあ、と思います。

なので、メディア側も、定められているものが何かわからない限り、「株主と協議する」と答える点に対して、批判をするのはちょっと違うかなあ、と思います。わかってやっていたらちょっと意地が悪いなと思いますし。

で、、、今回は、ハフィントンポストさんがそんなに意地悪い気持ちでやったとは思えないので、ベンチャー企業における投資契約書などを読み込んだことがないのではないからよく知らなかったのでは?と思うのですね。

で、このような無知を批判するのもアレかなーと思っています。というのも、メディアの記者さんは幅広い分野を扱わないといけないので、一部に対して色々知識がないということもしょうがないことなのかなと。

「記者なんだから裏取りしろよ!」という声もあると思いますし、実際、BuzzFeedさんや、 TechCrunch さん、ITmedia さんからはこういう記事を出す場合、裏取りと言いますか、聞き取り調査みたいのをするみたいで、僕のところにもよくチャットが飛んでりしますが、ハフィントンポストのような、経済やベンチャービジネスにあまり詳しくない(専門ではないという意味)ところだと、そのような人脈などがなくて、裏取りがあまり進まないというのも正直あると思います。

人脈も資本の1つみたいなもんなので、そういう資本がないところは書く権利がなくなっちゃう、となってしまうのは、一部の資本力があるところしかメディアができなくなってしまうのでよくないかなと。

というわけなので、お互い攻撃しあってもしょうがないので、健全なやり方としては、「これは間違っているかも?」と思った時には、Twitterとかで強い言葉で非難するのではなく、自分の知識をまとめてブログとかに書いたりして、正しい知識の流通に力をいれることで、世の中全体がよくなるんじゃないかなぁ、と思っています。

というわけで書きました!(えらい!)

(追記)・もちろん、投資契約や株主間契約で縛られていないけど、株主と相談すると言ってる箇所もある可能性あります。それは経営の実情として日常的に株主と話し合って決めてるから、というケースだったり、力関係的に相談しないと怒られる、とかもあるかもしれません。このあたりはスタートアップではよくある形です。それがいい悪いとか、今回のケースで適切か否か、を言いたいわけじゃなくて、そんなに珍しくない、という意味です。

・一歩進んだ議論として、公開すべき情報は株主とちゃんと調整した上で記者会見をするべき、というのがあると思いますが、本記事ではそこまでの議論は書かれていません。なんで株主と相談するの?という疑問に対して、こういう事情があるケースがあるよ、という記事なのでご了承ください。

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