0622「カンヌのストックフォトのやつ解説」|qanta
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0622「カンヌのストックフォトのやつ解説」

お休みなので、ひどい情報が入ってくることがなくて平和だ。そもそもいろいろミュートしているのでそれも効いてきているのかもしれない。先週なんかは一歩も家の外に出る気がしないほどひどい気分の週末だったのだが、今日は筋トレもちゃんとやったし、午後には近所の公園に子供たちを連れて行った。今日もニューヨークは晴れていて、6月だから水遊び場では放水が始まっていた。

公園で遊ぶ子供たちを横目に、ついつい調べてしまったのが、数日前に触れたカンヌ国際クリエイティビティーフェスティバル(広告賞)の受賞作品でストックフォトが使われていたという問題だ。私はもともと広告の領域で仕事をしていたし、今もちょこちょこやっているのでこれは自分の業界の話ではあるのだが、数日前にカンヌのことを書いてみたらそれなりに反応が少なかったので、「あ、たぶんこの日記は、同じ業界の人じゃない人が結構読んでくれているのだな」と理解している。ので改めて書くと、この「カンヌ国際なんとか」というのは、世界で一番権威がある広告賞で、で、この広告賞で今年受賞したHyundaiのグラフィックデザイン作品が、オリジナルじゃなくて「有料のアリモノ素材(ストックフォト)」を使っていた。というのが問題の発端だ。

amanaとかgettyとか、こういう「有料のアリモノの写真とか映像の素材」を売るサービスというのはあって(そういうのをストックフォトサービスという)、それ自体は全く問題がなくて、いろんな広告で使われている。私もちょこちょこ仕事で利用している。 

一見、この問題はそこが論点になっているように見える。「アリモノ写真でグラフィックをつくって賞を獲る」ことがOKなのかどうか、という点だ。まあ、グラフィックの作品なので、写真・グラフィック素材というのはメインディッシュなわけで、「メインディッシュはコンビニで買ってきたやつです」みたいな話になってきてしまうので、議論になるのもわからないでもない。

しかし、この問題、ことはそんなにシンプルではない。これが、受賞作品だ。 画像はここから拝借してます。

説明書きにはこう書いてある。

毎日、運転者はスマホでメッセージを打っていて、自動車事故に巻き込まれている。この問題に気づいてもらうために、何かを書くときに、一番身近なものを使うことに決めました。そう、絵文字です。しかし私たちはこの絵文字を別の方法で表現することを考えました。

そんなわけで私たちは、この絵文字が、85kmとか69kmとかの高速でどう見えているかを表現して、運転中にメッセージをやることの無意味さを証明したのです。

つまり、このグラフィックは、絵文字が85kmとか69kmとかで移動したときの「軌跡」であるという説明だ。グラフィックに載っているコピーの絵文字を見ると、この軌跡のグラフィックと同じ色の絵文字が使われている。

これは、黄色い人が青い涙を流して笑ってるやつ(そして高速で動くこの絵文字の軌跡、という説明)。青くて黄色い。それっぽい。

これは、紫の悪魔みたいなやつ(そして高速で動くこの絵文字の軌跡、という説明)。紫だ。それっぽい。

ということで、これらは絵文字が85kmとか69kmとかで移動したときの「軌跡」、という説明がされていて、その点が「気の利いたアイデアだね!」ということで賞をもらっているわけだが、そんなわけはない。なぜかというとこれは「アリモノ」だからだ。しかも、その元ネタは別に絵文字ではない。

つまり何がもっと問題なのかというと、別にストックフォトを使ったことではなくて、「絵文字が、85kmとか69kmとかの高速でどう見えているかを表現して、運転中にメッセージをやることの無意味さを証明した」という前提で考えると、このグラフィックはちゃんと「絵文字が、85kmとか69kmとかの高速でどう見えているか」を表現しているオリジナルのものでなくてはいけない、なのに、このグラフィックがアリモノだった、ということ。

要するに、これをつくった人たちがアリモノを使いつつ、「俺たちはこんなことを考えてこのオリジナル作品をつくったんだぜ」と言って、賞までもらってしまったということで、まあ「嘘」なのだ。

ここにはそんなに業界の読者がいない場所なので書いておくと、こういう賞取りのウソ広告みたいのは、今に始まったことでは全く無くって、もうずーーーっとある。日本発の広告でも、日本では誰も知らないというかロクに実施もされていないのに、うまいこと海外の審査員をだまくらかして賞をもらっている「作品」みたいのも実は全然ある。誰かのプロフィールに「カンヌ広告なんとかで金賞受賞」とか書いてあったら、ちょっと眉に唾をつけてもいい。それだけそういう人は多い。もちろん真面目にものをつくって獲っている人もいる。私のプロフィールにも書いてありますが、私もちゃんとつくりました。なのに眉に唾つけられちゃうんだから、超迷惑だ。

何でそんなことをするのかというと、特に海外の多くの広告代理店では、賞を獲ると給料が上がるのだ。わりとあからさまに上がる。ブラジルなんかだと超上がる。スターみたいに扱われるので、テレビとかにも出ちゃう。「広告クリエイター」という商売の評価基準がいろいろ難しいので、広告賞の成績で評価をするという構造がこういうものを毎年生み出している。

しかし、これやっちゃうと、結局世の中的には「また広告屋が嘘ついたのか」という話になってしまって、何が起こるかというと広告屋がどんどんかっこ悪い職業になって、最終的に業界が死んでいく。私はニューヨークに住んでいるので早めに実感しているが、もう既に死につつある。優秀な人はみんなグーグルとアマゾンとfacebookとAppleに就職している。こういう偽広告=スキャム広告は、間違いなく「広告屋の自殺」だ。

というわけで、ここまでだったら、実はこの事件は「またか」案件でしかない。こんなん毎年起こっているからだ。

しかし、この件はこれで終わらない。このストックフォトそのものがいわくつきなのだ。このinstagramのコメント欄にいろいろ書いてある。Rik Oostenbroekさんという、オランダ人のアーティストの方のインスタだ。

要約すると、

最近、「Appleの広告に作品使われたんだね! おめでとう!」ってたくさんの人に言われるけど、残念ながらこれは僕の作品じゃない。これは僕のにそっくりだけど、誰も僕に連絡をしてきていないし、クレジットもされていない。パクリです。

ということで、このグラフィック、2年前にAppleの広告にも使われちゃっていた上に、元ネタのRik Oostenbroekさんのパクリだというのだ。まあ、見る限り「たまたま似ちゃった」にはしづらい感じはある。これがRikさんの作品だ。 他にもこういう感じのがたくさんある。

その後、Rikさんは、このグラフィックがストックフォトサービスのShutterstockで販売されていることを知って、こうツイートしている。

僕のパクリ(影響を受けた?)作品がShutterstockで売られているっていう連絡があった。何が起こっているかわかった。

たぶんAppleもこれを買って使ったということなのだが、そうすると問題はShutterstockで、Shutterstockは、Rikさんの作品にそっくりなグラフィックをつくって、素材として売っていたということになる。

ということで、このRikさんは自分の預かり知らないところで自分と関係なく作品がAppleの広告に使われるわ、Hyundaiの広告に使われてカンヌで賞までもらっちゃうわ、になっていて、激おこだ。というか、私が思ったのが「Appleってストックフォト使うんだ・・・」ということだ。まあしかしそれはたぶん問題ない。Appleは正当な手続きでお金を払ってこのグラフィックを使っているのだが、問題なのは、このグラフィックを勝手に売っているShutterstockだということになる。

意訳するとこんなだ。 宛先はカンヌで賞を獲った代理店。

僕の作品から超影響を受けたストックフォトを使った素晴らしい作品だね! さぞかしい嬉しいだろうね。

ここは私の日常日記なのであんまりそのへんの業界倫理に関して自分の立場を書く場所ではないし、書くとすると長くなるのでしないのだが、声が小さいアーティストの作品が勝手にパクられて広告化しちゃうような話は、もはや構造的にどうにかするしかなくて、人間っていうのはそういうことをしちゃう動物なんだよという程度にはたくさんあるので、やっぱりなんかそういう抽象的なものの著作権だったりを保証するシステムを普及させないといけないのだが、そういうのが大手の声がでかいお金を持っている人からすると別にビジネスとして魅力的な仕組みではないのがまた問題だから、ベリサインとかみたいに、ちゃんとビジネスとしてそういうのを認証する機関があると良いのにと思うけど、まあ、私もそれどころではないので、とりあえず、いつの日か、いらすとやでカンヌを獲りたいと思います。