2020年06月
2020年06月23日
仁王が如くいま酒盛りなり
大阪組が戻ったので餅飯殿まで歩いた。
三条通があんなにきれいになってしまったことを皆知らなかったので、観光案内気分だけれど、あまり興味は無いようだ。
そうしてワタシが好きなお店に行ったらコロナ感染対策で隙間を空けて座るうえに早じまいとのことで人数時間ともに要件を満たさなかったので入れず、少しならまちを歩いてから三条通の店に腰を落ち着けた。
ワタシは外で飲むのも他人と飲むのも3月以来のことである。
奈良の地元のお酒をずいぶん飲んだようで、お店を出てからバーに行くこともラーメンを食べることも無くホテルに帰り、たっぷり寝て、大浴場で朝風呂でギスギスする間接を延ばし、電車を観ながら楽しみの朝食を摂り、さて今日はどうしようかと考えた。
昨日行けなかった薬師寺と新薬師寺と秋篠寺と法隆寺と長谷寺を回ろうかと思いもするが、一日経ってもサブタンにはなれなかったので、取り敢えず東塔の解体修理が終わった薬師寺に行くことにした。
西ノ京の薬師寺は近鉄橿原線が敷地のすぐ脇を通っていることでたいへん有名だ。
だから、つい走る車から見える電車や駐車場から見える電車に気を取られるし、その関門を抜けても、境内を歩いて踏切の音が聞こえたり電車のモーター音が聞こえると、尾垂木の先端の修復が済んできれいになった木骨とか造り直した漆喰壁が目に鮮やかだとか金堂の柱の槍鉋の削り跡がリズミカルだとか、そういうあれこれは気になりつつも押っ取り刀で線路際に行くことになる。
効率が悪くてとても10分で見物しきれるはずもない。
新自由主義的見物には向かない寺院であることがよく解る。
本当なら五月に落慶法要が行われるはずだった東塔。
まだ法要の日程は決まっていないということだが、たぶん来年になるのだろう。
礎石の沈降を修復した基壇は外装が未完成で、また塔敷地内で発掘作業が続いている。
そのためまだ囲いが残っている。
結果として来年に延期されればそういう部分が全部完了してのことになるので結果オーライなのだろう。
それに、いま行っても塔のほとんどは修理が完了したものとして目に映るので、ワタシどもには法要がどうとか言うのはあまり関係ない。
薬師寺を選んで良かったと思った。
まあそれにしても、薬師寺は絢爛豪華で楽しい。
こういう形を見ると、東大寺も東西七重の塔を再建すりゃあいいのに、なんて思う。
ついでに大仏殿も、758年創建時の棟の長い立派な天平様式の建物に復してほしいしものであるね。
710年、南都大きな平城京。
758年、名古屋大きな大仏殿。
まあ、いいです。
たくさんのハスの鉢に少しだけれど花が咲き、まだ若い花が多くてとても美しい。
おかげさまで思いのほか長居してしまったので法隆寺はまた今度ということにして、唐律招提寺まで歩いて往復することにした。
車の移動を伴わない、とても賢い道中であると自我自賛した。
奈良の寺は大きくてのびやかでさっぱりとしていて好もしい。
むかしは京都の雰囲気が好きだったけれど、歳を降り、奈良の寺々のおおらかな様がたいへんに心地よい。
パッと見た限りではそんなに大きくないように思っても、近付けばその大きさに圧倒される。
石の基壇にどんどんと並ぶ太い柱、大きな扉、大きな几帳、大きな顔、大きな姿。
何でもかでも大きい。
固まった体がお風呂でのびるように、気持ちもおおどかにのびていく。
唐招提寺でもハスを眺める。
西湖蓮なんという品種があって、サイコパスだ、アベハスだ、と笑った。
なにしろ御影堂という建物の改修費が8億円かかるという。
そのための寄進が募られているが募集ではないのかも知れない。
マスクで何回改修工事ができるってんだよなあ、と心の底から西湖蓮を軽蔑した。
でもハスはとても美しい。
そうして薬師寺の駐車場に戻り、帰った。
運転者はきびきびしていたので渋滞も含めてナビの予想通りに目黒に着いた。
偉いものだと感心した。
もちろんワタシが運転するととろとろ走るから自他ともに迷惑する。
そういうわけで、ワタシは代替運転手の栄に浴さずに済んだ。
当たり前の話であった。
三条通があんなにきれいになってしまったことを皆知らなかったので、観光案内気分だけれど、あまり興味は無いようだ。
そうしてワタシが好きなお店に行ったらコロナ感染対策で隙間を空けて座るうえに早じまいとのことで人数時間ともに要件を満たさなかったので入れず、少しならまちを歩いてから三条通の店に腰を落ち着けた。
ワタシは外で飲むのも他人と飲むのも3月以来のことである。
奈良の地元のお酒をずいぶん飲んだようで、お店を出てからバーに行くこともラーメンを食べることも無くホテルに帰り、たっぷり寝て、大浴場で朝風呂でギスギスする間接を延ばし、電車を観ながら楽しみの朝食を摂り、さて今日はどうしようかと考えた。
昨日行けなかった薬師寺と新薬師寺と秋篠寺と法隆寺と長谷寺を回ろうかと思いもするが、一日経ってもサブタンにはなれなかったので、取り敢えず東塔の解体修理が終わった薬師寺に行くことにした。
西ノ京の薬師寺は近鉄橿原線が敷地のすぐ脇を通っていることでたいへん有名だ。
だから、つい走る車から見える電車や駐車場から見える電車に気を取られるし、その関門を抜けても、境内を歩いて踏切の音が聞こえたり電車のモーター音が聞こえると、尾垂木の先端の修復が済んできれいになった木骨とか造り直した漆喰壁が目に鮮やかだとか金堂の柱の槍鉋の削り跡がリズミカルだとか、そういうあれこれは気になりつつも押っ取り刀で線路際に行くことになる。
効率が悪くてとても10分で見物しきれるはずもない。
新自由主義的見物には向かない寺院であることがよく解る。
本当なら五月に落慶法要が行われるはずだった東塔。
まだ法要の日程は決まっていないということだが、たぶん来年になるのだろう。
礎石の沈降を修復した基壇は外装が未完成で、また塔敷地内で発掘作業が続いている。
そのためまだ囲いが残っている。
結果として来年に延期されればそういう部分が全部完了してのことになるので結果オーライなのだろう。
それに、いま行っても塔のほとんどは修理が完了したものとして目に映るので、ワタシどもには法要がどうとか言うのはあまり関係ない。
薬師寺を選んで良かったと思った。
まあそれにしても、薬師寺は絢爛豪華で楽しい。
こういう形を見ると、東大寺も東西七重の塔を再建すりゃあいいのに、なんて思う。
ついでに大仏殿も、758年創建時の棟の長い立派な天平様式の建物に復してほしいしものであるね。
710年、南都大きな平城京。
758年、名古屋大きな大仏殿。
まあ、いいです。
たくさんのハスの鉢に少しだけれど花が咲き、まだ若い花が多くてとても美しい。
おかげさまで思いのほか長居してしまったので法隆寺はまた今度ということにして、唐律招提寺まで歩いて往復することにした。
車の移動を伴わない、とても賢い道中であると自我自賛した。
奈良の寺は大きくてのびやかでさっぱりとしていて好もしい。
むかしは京都の雰囲気が好きだったけれど、歳を降り、奈良の寺々のおおらかな様がたいへんに心地よい。
パッと見た限りではそんなに大きくないように思っても、近付けばその大きさに圧倒される。
石の基壇にどんどんと並ぶ太い柱、大きな扉、大きな几帳、大きな顔、大きな姿。
何でもかでも大きい。
固まった体がお風呂でのびるように、気持ちもおおどかにのびていく。
今度の日程では秋篠寺に行けなかったのが心残りだったけれど、あの苔庭よりも木の間隔が広い苔庭が唐招提寺にもあることをこのたび初めて知った。
今まで何度も訪ねた寺なのに、その奥までこれまで一度も行っていない。
ちょうどよい梅雨の季節に好いものを観ることができた。
ちょうどよい梅雨の季節に好いものを観ることができた。
唐招提寺でもハスを眺める。
西湖蓮なんという品種があって、サイコパスだ、アベハスだ、と笑った。
なにしろ御影堂という建物の改修費が8億円かかるという。
そのための寄進が募られているが募集ではないのかも知れない。
マスクで何回改修工事ができるってんだよなあ、と心の底から西湖蓮を軽蔑した。
でもハスはとても美しい。
そうして薬師寺の駐車場に戻り、帰った。
運転者はきびきびしていたので渋滞も含めてナビの予想通りに目黒に着いた。
偉いものだと感心した。
もちろんワタシが運転するととろとろ走るから自他ともに迷惑する。
そういうわけで、ワタシは代替運転手の栄に浴さずに済んだ。
当たり前の話であった。
noonuki at 15:30|Permalink│Comments(4)
2020年06月22日
あおたんきちねいらくのみやこはさくはなの
友人たちが、大阪に行くので一緒に行かないか、と誘ってくれた。
闘病中の友人を励ましに行くのだという。
ワタシはこの間に奈良行きを二度も諦めたので奈良に行きたがっていることを知っているから誘ってくれたわけだ。埼玉から奈良まで自動車で行き、彼らは電車で大阪に、ワタシは好きに奈良を見物すればいい。
それで一泊二日、早朝出発の夜遅く帰りで出かけることにした。
全国的移動解禁なので混むかもしれないと思ったその混む状況は見積もりが甘かったのだけれど、それでも意外に早く11時前には奈良入りできて、運転から解放された皆々でビールで祝杯を挙げ、そしてワタシだけ奈良に残った。
心積もりでは東大寺大仏殿・東大寺ミュージアム・東大寺法華堂・東大寺二月堂・東大寺戒壇院戒壇堂・東大寺駐車場前テンテンカフェ・新薬師寺・秋篠寺・薬師寺・唐招提寺を僅か3時間で回るはずだったけれど、サブタンじゃあるまいし時を止められるはずがないので、早々に東大寺以外を諦めた。
あまり東大寺には行かないのにどうして東大寺を巡ったかと言うと、東大寺友の会に入っているからだ。ワタシは一体このような年間パスと言うものが好きで、博物館でも公園でも寄席でも持ちたくてしようがない。
どちらかと言えば間抜けな性格であるね。
まあ、いいです。
そうして腹を括って回ったのだが、法華堂などは2月に行ったときはワタシ一人で連中と対峙したので背筋が凍る思いだったけれど、今回はワタシ以外に5人くらいいてスクラムを組んだのであの巨大仏像群でも怖くは無かった。
だからいつもよりじっくりと見ることができたのだけれど、四天王と金剛力士が穿いているズボンのような鎧の前垂れは、あれは本物があるとすれば革製だと気付いた。
前垂れの上から締めた帯で前垂れがへこんでいるということは革製品であろうという当たり前のことにようやく思いが至ったわけだが、四天王の前垂れと金剛力士の前垂れは、金剛力士の前垂れの方が硬そうに見えたので金剛力士の方が先に敵に突っ込むのかなと想像したのだけれど、金剛力士が塑像で四天王が乾漆だからだということに気付いて、へっ、オレもまだまだアメえな、と反省した。
日々是反省であるね。
そうして三月堂を出て四月堂の中を初めて観て、二月堂に昇ったら六月の奈良市街がよく見えてたいへん結構だった。
この数年の趣味である匂い袋を探していたら二月堂の売店で椿の香袋を売っていたので求め、用事は無いけれど休憩所に入ってすぐに出て、そうして階段を下りたら鹿の母子が迫って来る。
奈良の鹿は観光客不足で餌が足りずトイレットペーパーを食べに公衆便所に侵入すると、この直後に駐車場で鹿を追い立てて奮闘しているおばさんに聞いたけれど、なかなか大変なことである。
1憶5000万円で捕まったあいつよりも人間らしい顔をしているね。
テンテンカフェで河島英五の遺品であるギターを見ながらワッフルってやつの大きさに仰天して息を呑んだが、まずまず楽しい気分でホテルに帰り、窓に広がる奈良駅に出入りする電車を観ながら大阪組の帰寧を待った。
闘病中の友人を励ましに行くのだという。
ワタシはこの間に奈良行きを二度も諦めたので奈良に行きたがっていることを知っているから誘ってくれたわけだ。埼玉から奈良まで自動車で行き、彼らは電車で大阪に、ワタシは好きに奈良を見物すればいい。
それで一泊二日、早朝出発の夜遅く帰りで出かけることにした。
全国的移動解禁なので混むかもしれないと思ったその混む状況は見積もりが甘かったのだけれど、それでも意外に早く11時前には奈良入りできて、運転から解放された皆々でビールで祝杯を挙げ、そしてワタシだけ奈良に残った。
心積もりでは東大寺大仏殿・東大寺ミュージアム・東大寺法華堂・東大寺二月堂・東大寺戒壇院戒壇堂・東大寺駐車場前テンテンカフェ・新薬師寺・秋篠寺・薬師寺・唐招提寺を僅か3時間で回るはずだったけれど、サブタンじゃあるまいし時を止められるはずがないので、早々に東大寺以外を諦めた。
あまり東大寺には行かないのにどうして東大寺を巡ったかと言うと、東大寺友の会に入っているからだ。ワタシは一体このような年間パスと言うものが好きで、博物館でも公園でも寄席でも持ちたくてしようがない。
どちらかと言えば間抜けな性格であるね。
まあ、いいです。
そうして腹を括って回ったのだが、法華堂などは2月に行ったときはワタシ一人で連中と対峙したので背筋が凍る思いだったけれど、今回はワタシ以外に5人くらいいてスクラムを組んだのであの巨大仏像群でも怖くは無かった。
だからいつもよりじっくりと見ることができたのだけれど、四天王と金剛力士が穿いているズボンのような鎧の前垂れは、あれは本物があるとすれば革製だと気付いた。
前垂れの上から締めた帯で前垂れがへこんでいるということは革製品であろうという当たり前のことにようやく思いが至ったわけだが、四天王の前垂れと金剛力士の前垂れは、金剛力士の前垂れの方が硬そうに見えたので金剛力士の方が先に敵に突っ込むのかなと想像したのだけれど、金剛力士が塑像で四天王が乾漆だからだということに気付いて、へっ、オレもまだまだアメえな、と反省した。
日々是反省であるね。
そうして三月堂を出て四月堂の中を初めて観て、二月堂に昇ったら六月の奈良市街がよく見えてたいへん結構だった。
この数年の趣味である匂い袋を探していたら二月堂の売店で椿の香袋を売っていたので求め、用事は無いけれど休憩所に入ってすぐに出て、そうして階段を下りたら鹿の母子が迫って来る。
奈良の鹿は観光客不足で餌が足りずトイレットペーパーを食べに公衆便所に侵入すると、この直後に駐車場で鹿を追い立てて奮闘しているおばさんに聞いたけれど、なかなか大変なことである。
1憶5000万円で捕まったあいつよりも人間らしい顔をしているね。
テンテンカフェで河島英五の遺品であるギターを見ながらワッフルってやつの大きさに仰天して息を呑んだが、まずまず楽しい気分でホテルに帰り、窓に広がる奈良駅に出入りする電車を観ながら大阪組の帰寧を待った。
2020年06月20日
一枝を切らば一指を切るべし
一枝を切らば一指を切るべし
桜の枝は伐ってはならぬ、枝を切ったら指を詰めるで、と言う制札である。一子を斬らば一子を斬るべし、と掛けて、
大夫を殺したことにして代わり首をたてろ、と言う謎を掛けられた直実の苦悩を描くのが歌舞伎の熊谷陣屋だ。
生きていると往往にしてこのような理不尽なことや、あるいはこのようなトレードオフが存在したり発生したりする。
一昨日、なぜ急に無くなったのかわからないまま半年ほどが経っていたコンタクトレンズが箱ごと見つかった。
なぜかわからないが、テーブルのワゴンの調味料の引き出しに入っていた。
これではわかるはずもない。
驚きもしたが、久しぶりにコンタクトレンズを嵌めてみようかと思った。
その代わりに、遠近両用多焦点眼鏡が見えなくなった。朝から不便だ。
これが、例えばコンタクトレンズが見つかって財布が見えなくなったと言うのであれば、よくあることだね、で済む。
でも、同じ視力の矯正に関わる道具が、一つは出て一つは失くなる、と言うのはこれはただごとではない。
そう思って当然である。
熊谷次郎直実の気持ちに三分の一くらい共感した。
2020年06月18日
カレーもいいけどコロッケもねー
今日は都心で15:00に降雨開始とアプリに出ていたので、とっとと行ってとっとと帰ることにした。
なるべく混んだ電車には乗りたくないから地下鉄で行くことにる。南北線は空いているからね。
とはいうものの、シートはほとんど塞がっているので立ったまま後楽園駅までそれ以上は混まない好い塩梅だった。
そこから歩くつもりだったけど三田線に乗り換えたのは、やっぱり睡眠不良のせいだろうか疲労が抜けないからだが、往々にしてそういう症状の場合は気が付いたときには手遅れな病気だったりする。
まあ、いいです。
神保町駅の7番出口を出て、いつものようにさぼうるの前を歩いて角を曲がってすずらん通りに出ると、列は白山通りから回った方が得したはずの位置、揚子江菜館の前まで延びていた。今日は揚子江が休みで良かったということだろう。
並んでいるうちに注文を取りに来て、キンドルを読みながら並び始めからおよそ50分待って、奥のカウンターに座って気が付いた。そうか、4人掛けに二人をあてがうからなおさら時間がかかったんだね。
それも考えると、大した並びではない。
頑張る勇気が湧き上がっちた。
今日はカツカレーを食べようと思ったけれど、つい口を出たのがクリームコロッケと生姜焼き定食。
いままであまり頼んだことが無いメニューである。
それで食べたのは良いが、やっぱり最近はキッチン南海の定食を食べるとお腹がパンパンになってしまう。カツカレーだって大盛なんて食べたくっても無理。
もうキッチン南海を食べることができる客ではなくなっているというそのことに行くたびに気付かされて尚更泣けてくる。
待ってるとき、突然トンボが飛んできて胸に留まった。サナエトンボだ。
トンボの虫言葉は知らないが、たぶん良いことがあるんだろうと思っている。
なるべく混んだ電車には乗りたくないから地下鉄で行くことにる。南北線は空いているからね。
とはいうものの、シートはほとんど塞がっているので立ったまま後楽園駅までそれ以上は混まない好い塩梅だった。
そこから歩くつもりだったけど三田線に乗り換えたのは、やっぱり睡眠不良のせいだろうか疲労が抜けないからだが、往々にしてそういう症状の場合は気が付いたときには手遅れな病気だったりする。
まあ、いいです。
神保町駅の7番出口を出て、いつものようにさぼうるの前を歩いて角を曲がってすずらん通りに出ると、列は白山通りから回った方が得したはずの位置、揚子江菜館の前まで延びていた。今日は揚子江が休みで良かったということだろう。
並んでいるうちに注文を取りに来て、キンドルを読みながら並び始めからおよそ50分待って、奥のカウンターに座って気が付いた。そうか、4人掛けに二人をあてがうからなおさら時間がかかったんだね。
それも考えると、大した並びではない。
頑張る勇気が湧き上がっちた。
今日はカツカレーを食べようと思ったけれど、つい口を出たのがクリームコロッケと生姜焼き定食。
いままであまり頼んだことが無いメニューである。
それで食べたのは良いが、やっぱり最近はキッチン南海の定食を食べるとお腹がパンパンになってしまう。カツカレーだって大盛なんて食べたくっても無理。
もうキッチン南海を食べることができる客ではなくなっているというそのことに行くたびに気付かされて尚更泣けてくる。
待ってるとき、突然トンボが飛んできて胸に留まった。サナエトンボだ。
トンボの虫言葉は知らないが、たぶん良いことがあるんだろうと思っている。
noonuki at 17:00|Permalink│Comments(2)
2020年06月15日
平目も良いけどカレーもねー
向ヶ丘遊園駅の近くに用事があった。
突然の用事ではなく予定されていたことだったのだけれど、昨日の今日なので、自動車で行ったのだけれど、わざわざ駅に寄った。
もちろんダンとアンヌがコークを飲みながら見張っていたのは南口だが、えらく様子が変わってしまった北口に較べると、この北口は昔からの建物で好もしい思いがする。
本当は電車で行って、下りホームに流れるはじめてのチュウを聴きたいところだけれど、こんな情勢でもあり、仕方ない。
いい歳ぶっこいてなんだよ、と言う話ではあるが、藤子アニメの中で一番好きな歌なのだから仕方ない。
向ヶ丘遊園駅の北口にはキッチン南海がある。
神保町のお店が閉店するというのだからガッカリだけれど、今日はいけないので向ヶ丘遊園のお店でかたき討ちをしようと思い、行った。
ここはちょっと久し振りで、2年ぶりくらいである。
一緒した若い衆はカツカレーに興味が無く、そもそもキッチン南海を知らない。
そういうものである。
カツカレーにするか平目にするか悩んだけれど、上野のお山の清水の舞台から電車通りに飛び降りるつもりで平目を頼んだら、平目は売れ切れていて無かった。
それで、ともかくカツカレーを食べることができたのであった。
行くと決めたら多少方向は違っても行く。
猪突猛進でもあり、向かうところ敵なしでもあるな我ながらと感心する。
向かったらクチナシでもある。
突然の用事ではなく予定されていたことだったのだけれど、昨日の今日なので、自動車で行ったのだけれど、わざわざ駅に寄った。
もちろんダンとアンヌがコークを飲みながら見張っていたのは南口だが、えらく様子が変わってしまった北口に較べると、この北口は昔からの建物で好もしい思いがする。
本当は電車で行って、下りホームに流れるはじめてのチュウを聴きたいところだけれど、こんな情勢でもあり、仕方ない。
いい歳ぶっこいてなんだよ、と言う話ではあるが、藤子アニメの中で一番好きな歌なのだから仕方ない。
向ヶ丘遊園駅の北口にはキッチン南海がある。
神保町のお店が閉店するというのだからガッカリだけれど、今日はいけないので向ヶ丘遊園のお店でかたき討ちをしようと思い、行った。
ここはちょっと久し振りで、2年ぶりくらいである。
一緒した若い衆はカツカレーに興味が無く、そもそもキッチン南海を知らない。
そういうものである。
カツカレーにするか平目にするか悩んだけれど、上野のお山の清水の舞台から電車通りに飛び降りるつもりで平目を頼んだら、平目は売れ切れていて無かった。
それで、ともかくカツカレーを食べることができたのであった。
行くと決めたら多少方向は違っても行く。
猪突猛進でもあり、向かうところ敵なしでもあるな我ながらと感心する。
向かったらクチナシでもある。
noonuki at 23:50|Permalink│Comments(4)