今週のお題「カメラロールから1枚」
2018年12月、大学時代の友人が結婚した。
彼女とは1年の頃の第二外国語のクラスが同じで、はじめは特に交流がなかったのだが、当時オタク活動も活発でアニメも熱心に観ていたわたしは、同族の気配には敏感だったので、とある日にたまたま知り合ったときの会話は、たぶんこんな感じだった。
友人「いまマクロスってアニメやってるんだけど…あっ知らない、よね…」
自分「し、知ってる…!」
友人「銀魂とか好きなんだけど…!」
自分「わたしも好き…!」
彼女とわたしを含め、5人のメンバーでなにかと飲みに行ったり遊びに行ったりしていた。さすがに人が5人も揃えば、誰かしら服装や性格や被りそうなものだが、それどころか趣味やお金の使い方、バイト、考え方、ほとんど被っていなかった。入っている部活も住んでいる場所も私生活も異なっていたのに、それでもなんとなくウマがあって、居心地がよかったので一緒にいた。
うち3人はわたしも含めオタクだったが、ジャンルは被ったり被らなかったりで、お互いの趣味嗜好を晒しあいながら、一緒にイベントに行ったり、授業終わりにサイゼリヤで日がな一日喋ったり、それでも飽き足らず、時間もまったく足りなかった。
社会人になって久しい今、職場や居所もあい変わらずまったく違うが、なにかがあればLINEをするし、時間を作って会う。そんな関係がゆるやかに続いていて、中高からの友人が少ないわたしにとっては非常に貴重な気のおけない存在だ。
その中でも彼女は、わたしが今までこの四半世紀と余年の短い人生の中で出会った中で、誰よりも一番お人好しだ。圧倒的に。
基本的に性善説で人を疑わず、どんな相手でもまず話を聞いて知ろうとするし、美点凝視する。決して無闇に否定をしないし、人のことを悪く言わない。相手に気を遣いすぎて、自分が損しても文句を言わないどころか、「でもきっと事情があったんだよ」とフォローする。そんなわけない、と思うことも多々あるし口に出すが、彼女は苦笑いするだけで考えを曲げることはない。良すぎるくらい、人が良い。それはただ気が弱いのだはなく、彼女の信念の一つなのだ。
自分より先に人の心配をするタイプだ。自分だってストレスや言いたいことが溜まっているだろうに、他の人の話を聞くことを優先する。だからくだらない話に散々付き合わせてしまったあげく、「わたし、結婚することになった…!」と終電間際の帰り道で報告させてしまったりもした。申し訳なさと感動で泣いた。
彼女がいてくれたから、悩んだことや不満に思ったことがあっても、わたしは内心どこかでいつも安心していて、そのおかげで救われた部分が相当ある。だからこそ、普段は控えめな彼女から、なにかいいことがあったときの前のめりの「ちょっと! 聞いてくださいよ!」の出だしの一言があると嬉しく、いつもわくわくしてしまう。
その日、結婚式に参列して、彼女の推しのイメージカラーと同じ色のカラードレス姿をみたとき、こんなお人好しだが信念を貫く彼女に、それを悪いようにしない、必要以上の無理をさせない夫ができてよかった、と思った。それと同時に、わたしは彼女に一回でもなにか助けたり、支えになれたことがあったんだろうか、と考えると、答えがわからず涙が止まらなかった。
式後は、1人海外勤務の友人がいたため5人全員が集まることはできなかったが、集まったメンバーで式のことやら思い出やらを話して、海外にいる友人に写真を送り、安居酒屋で浴びるように飲んだくれた。こんなにすがすがしく嬉しい気持ちは、たぶん人生で何回もない。友人が泊まっていたホテルの部屋から思わず撮った夜景が、月並みだがきれいだった。都内だからじゃない。この先も忘れないと思う。
そんな彼女も先日子供が生まれ、めでたく母となった。写真を送り、名前を教えてくれた。一文字だけわたしの本名と同じ字が使われていて、自意識過剰とはわかりつつ、背筋の伸びる思いがした。
この先なにがあっても、わたしは彼女を尊敬するし、味方でいる。誰かを敵に回すようなタイプではないが。なにかたいそうなことをしてあげる、とわたしがいうのは大変おこがましいので、少しでも恩返しができるよう、彼女が喜ぶことを、可能な限りたくさんしたい。
まずはコロナの収束だが、これからの人生、彼女とご家族にいいことしかないよう、祈るだけだ。