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「歯医者に行ったら歯が悪くなった」“年に1回の歯科検診”思わぬ落とし穴

2025年から始まる「国民皆歯科検診」を知っていますか?
野尻真里

歯科医師の野尻真里

これは全国民が年に1回歯科検診を受けられるようになる制度です。この検診費用を国が負担してくれるというもので、お金をかけずに歯科医院が利用できるのだとお得感を感じた方もいるのではないでしょうか。歯医者から見ても患者さんが多く訪れるチャンスだと感じられるかもしれません。 みんなにとって“良いことづくし”だと思われがちな国民皆歯科検診ですが、じつは「逆に歯の寿命を縮めてしまうのではないか?」「歯がない人を増やしてしまう恐れがある」と不安の声もあがっています。 今回の記事が、制度施行の際にみなさんが正しく利用できるヒントとなればと思います。

“年に1回歯医者の検診に行けば良い”という認識になるのは間違い

歯科検診イメージ

※写真はイメージです

国は年に1回の検診費用を負担してくれますが、“年に1回検診を受けていれば良い”という発表はしていません。 年に1回むし歯を見つけて片っ端から治療のみを行い、また翌年も新たなむし歯を見つけて治療して……の繰り返しでは、歯はどんどんダメージを受けていき、ゆくゆくは歯を失ってしまうことになるでしょう。 また、歯周病に罹っている人が、1年に1回しか検診を受けないようではどんどん進行していくばかりで、歯はいつの間にか抜けてしまうはず。 こうした結果を迎えた患者さんたちは、こう思うはずです。 「1年に1回決められた検診を受けていたのに、歯医者に行ったせいで歯が悪くなった」 このような患者さんが日本に増えていくのはとても悲しいことです。 私たち歯科医師はスクリーニング感覚でこの検診をとらえています。まだ詳細な発表はないものの、おそらく通常の診療で行う精密な検査は項目に含まれないと考えられます。そうした場合、もう一度しっかりと検査を行い、詳細なお口の情報を患者と共有したいと考えます。 むし歯や歯周病というのは、「結果」です。未来を考えるのであれば、治療よりも結果に辿り着くまでの「過程」で何がいけなかったのか問題を見つけることが重要だと思います。 さらっとした検診とその治療だけでは、表面的な解決だけを重視する流れが生まれてくるのではないか。そんな不安要素を抱えているのです。

むし歯の早期発見・早期治療の流れが「悪い結果」をもたらす恐れも

初期のむし歯と歯茎の炎症

初期のむし歯と歯茎の炎症がみられる

むし歯は初期の段階であれば積極的な「予防策」を練ることで進行を抑制し、経過を観察するものです。 しかし、患者さんとしては、せっかく歯医者に来てむし歯を見つけたのだから、来年また来る頃には結局進行しているかもしれないから、といった理由で治療してしまいたいと考えるはずです。 歯科医院によっては、検診で見つけたむし歯は全て治療しましょうと提案があることも考えられます。 検診では、どうしても「今あるむし歯」に焦点が当てられます。どんどんむし歯を見つけてどんどん治療を行う。確かに、治療を行わなければならないむし歯はしっかりと治療を行わなければいけません。 とはいえ、初期のむし歯を早期に治療することは、その歯の寿命を縮めてしまう行為です。経過観察の意味合いを「ただの放置」に変えてしまう恐れがあるので、結果としてその歯の寿命を縮めてしまうのに他ならない行為なのです。 本来であれば今あるむし歯に向き合った上で、これからのむし歯をどう予防していくかということに焦点を向けなければならないものの、国民皆歯科検診のみでは難しいものと予想されます。歯科医院と患者自身が、どれだけ予防に対して知識と理解があるかが問われてくる施策でもあると私は考えるのですが、今の日本のデンタルIQはまだ他の先進国と比較して高いと言えるものではないと思います。 こうした”むし歯治療の洪水時代”が到来することは被せ物、入れ歯もどんどん増やす原因となり、結果的に歯がない人を増やしてしまう恐れもあるのです。
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“その場しのぎ”では意味がない
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一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari

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