Twitterでつぶやいたのをまとめておく。なお、私の分野は計算機科学系(応用含む)なので、分野のバイアスがかかっていることにご注意。
よく修士2年の学生や博士課程が「先生、論文を書きたいんですけど」と相談にくる。で、私やボスが「それで、何について書くの?」と学生に尋ねると「わかりません」と返事されてしまう。どうやら、論文と言うのは、成果がないと書けない性質のものであるということが分かっていないらしい。
論文も報告書の一種なので、誰かに何かを報告するのがその存在意義。誰に報告するかといえば、広く言えば人類、狭く言えば、ある分野における専門家がその相手。何を報告するかといえば、筆者が見出したもの/生み出したもの/改善したものが人類全体あるいはある分野において価値があるものであるということ。研究は未知のものを既知にする行為であるため、価値は新規性と独創性によって決められる。応用分野においてはこれに有用性が加えられる。
言い直すと、研究成果というのは人類あるいはある分野において、新規的で、独創的で、有用なものであるもののことを言う。
なので、どういうことをやり終わったら論文を書けるかといえば、自分が主張する成果(価値あると主張している物事)について、その論文の読者が「なるほど、これは確かに価値がある」と納得するだけの材料がそろったとき明確になったときに論文を書くことができる。たとえば、成果が「従来の〜を行うアルゴリズムAよりもより効率的なアルゴリズムBを提案した」ということであるならば、「〜をおこなうアルゴリズム」の効率を測定するための妥当な方法を提示し、その方法において、アルゴリズムBはアルゴリズムAよりも良い測定結果を得られた後た後、論文を執筆することが可能となる(論文を書き上げるにはその方法において、アルゴリズムBはアルゴリズムAよりも良い測定結果を得ることが必要)。
以上をふまえて、論文を書くことを終着点として研究計画を立てるときは以下の手順で進めるべき。
- まず論文で説明したい「成果」を明確にしなければならない。成果こそが論文の中心であり、成果が載ってない論文はありえない。
- 次に、その成果をどこで発表するのか決める必要がある。理由は、相手を納得させられるデータが分野や媒体によって異なるため。
- そして、予定している発表先では、どのようなデータをそろえると納得してもらえるのかを調べる。具体的には、過去に発行された会議録や学術雑誌を読んで、自分と同系統の成果ではどういう説得の仕方をおこなっているのかを調べる。
- ここまで、はっきりしたらやっと論文投稿を前提とした研究計画を立てられる準備が終了。実際に計画を立てる。
- 論文投稿締切から逆算して自分の手持ち時間を明確にする。
- 論文執筆開始前と論文執筆開始後で作業を列挙し、手持ちの時間に割り振っていく。
ありがちはFAQは以下のとおり。
- Q:論文投稿まで時間が足りません。
- A:先輩や先生に協力を仰いで短縮できる作業を探しましょう。手を動かす作業を短縮する場合には、並列処理 or 委託しか方法はない。発想が必要なことや頭で考える作業が狙い目。短時間で複数回の相談 or ミーティングで考えを固めるのがオススメ。
- Q:「〜という作業」をどの程度やれば終わりになるのかわかりません
- A:成果の価値を目減りさせないと言うことが重要。論文投稿締切が決まっている場合は、成果に価値があることを納得させるに足るデータを一通りそろえることを最優先とする。その後、論文執筆と並行して可能な限りデータの質や量を増やすようにするべき。
論文を投稿するということは、自分の研究成果を外部の人に評価してもらうこと。なので、身内の目(指導教員、研究室の先輩・同僚)だけを気にしていてもしょうがない。外部の人の目からみて、自分が提示している成果は価値があるものと言えるのかを検討することがとっても重要。
追記:論文を先に書いてからデータを埋めるというやり方は上記の話と矛盾しないということ
- steel_eel 『論文と言うのは、成果がないと書けない性質のものであるということが分かっていないらしい。』 まず最初に論文書け!それから実験しろ!とか、免染しただけのデータで良いからとにかく書け!とか言われて困るw
私の説明で悪いところが見つかりました。ありがとうございます。
重要なのは、論文の核となる成果(価値があると主張したいこと)をはっきりさせ、そして、その成果の価値を読者に納得させるだけのデータをはっきりと認識していることです。成果と成果の価値を読者に納得させるだけのデータをはっきりと認識していれば、IMRAD形式の論文において、Introduction, Methods, Resultsの前半、Abstractの7割がもう書けます。
よく「論文を先に書いておき、あとは実験でデータをとるだけにしておきなさい」という教えがありますが、これは成果と成果の価値を読者に納得させるだけのデータをはっきりと認識させるための教えです。
追記2
これは非常の策。Twitterから転載。
「 論文投稿を前提とした研究計画をたてるときに注意すること http://d.hatena.ne.jp/next49/20100623/p1」についてボスに相談したら「それは、つまらない研究のやり方だから学生に正しいやり方として教えるのは良くない」と言われた。確かに。
研究のおもしろさは取り組む問題の重要性にあり、研究の価値はそのおもしろい問題を解決できた(緩和できた)という点にある。解決できた結果を報告する媒体が論文なのだから、論文を書くために研究するのは逆転した話。「あなたも論文を書くために研究しているわけではないでしょ?」と言われた。はい
一方で、修了のために論文がどうしても欲しいという人に対しては、先の「 論文投稿を前提とした研究計画」は必須とのこと。つまり、アレは非常の策なので、常策として学生に教えてはいけないとのこと。指導側は両方知っておき、ケースバイケースで学生に伝える方が良いとのこと。
(承前)確かにおっしゃるとおり。学生に研究計画を立てさせたい理由は、たどりつきたい点をはっきりさせた上で、研究を進めてもらいたいから。たどり着きたい点がはっきりしていなければ、方向転換すらできないし。
(Twitter:next49)
なので、学生に配る予定の図がお蔵入りしたのでこちらで再利用する。
この図は、研究成果が何であるかを決めるためには、問題がはっきりしていなければならないというように見る。すなわち、何を先に決めていないといけないかの図。
- Problem:解決すべき問題
- Contributions:成果
- Conference:投稿先
- Story:成果の価値を説明するための物語
- Materials:論文に載せる材料(実験結果、数式、ソフトウェアなど)
- Works:成果と論文に載せる材料を得るためにおこなうべき作業
- Time:手持ちの時間
- Schedule:いつ何の作業をおこなうのかの情報