経営体制刷新や事業会社設立…大改革へ総仕上げの産総研、理事長が語る自己評価とこれから|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

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経営体制刷新や事業会社設立…大改革へ総仕上げの産総研、理事長が語る自己評価とこれから

経営体制刷新や事業会社設立…大改革へ総仕上げの産総研、理事長が語る自己評価とこれから

産総研の石村理事長

科学技術が産業振興や外交、経済安全保障などの武器となり、国の戦略を実行する国立研究開発法人の責任が増している。各理事長に展望を聞く。初回は産業技術総合研究所AIST)の石村和彦理事長。2024年度は5年任期の最終年度に当たる。経営体制の刷新や事業会社設立と機能移管など、大改革の総仕上げに入る。

-改革の変化幅は大きいですが、改革自体は意外と丁寧に進めてきました。幹部と職員の直接対話AISTalk(アイストーク)の進捗(しんちょく)は。
 「当初は役員3人、現在は4人で対話を進めてきた。最高執行責任者(CEO)と研究開発責任者(CTO)、運営統括責任者(COO)、社会実装責任者(CMO)がそれぞれ5、6人の職員と車座になって話をする。私は約80回、全体で230回ほど開催し、1300人ほどと対話した。24年度も開催するが3000人弱の職員全員と話すのは難しいだろう。それでも幹部と話していては聞けない現場の声を拾うことができた。アイストークを始めたころ、若手がみな必ず言うのがテニュアトラック制度への不満だった。約5年間は任期付研究員として働き、内部審査に合格するとパーマネント職員に採用される。『精神的につらい』『このままでは結婚できない』『短期的な研究しかできない』と口をそろえた。これだけ言うならと幹部と話し合った。実態は5年後にはほとんどの人がパーマネントに移行していた。ならば負担になる制度はない方がよいと廃止を決めた。民間企業の試用期間は3カ月だ。5年もあるというのも信じられなかった。廃止後アイストークでは、まず感謝されるようになった。現場の不満や本音を直接聞いてアクションをとる。これができたと思っている」

-修士卒職員の博士号取得支援も始めました。
 「2030年に向かって約1000億円の事業規模を2000億円にする。そのためには当然、人が要る。採用の幅を広げる必要がある。そこで修士卒者の採用を増やした。24年度からは博士号取得を産総研の業務に位置付ける。学費などは産総研が負担する。メンターと育成責任者を付け、大学と連携して博士号を取る。従来は職員が自費で取っていた。研究テーマも産総研の仕事と分けなければいけない。負担が大きかった。だが職員を育てて組織の力になってもらう。これは当たり前のことだ。産総研として仕組みを整え、導入してみると国研では初めての試みになった」

「人事制度も変えた。従来の業績評価はみんな一緒だ。ほとんど差が付いていなかった。がんばっても変わらない。『なんだ。こんなものか』となってしまう。そこでがんばったらボーナスは上がり、昇級も昇進も明確にメリハリを付けるようにした。また研究者は管理職にならないと給料が上がらない仕組みになっていた。そこで上級首席研究員を設けた。研究しかやっていなくても役員なみの待遇になる。研究に集中したい者、マネジメントに進む者、社会実装や事業開発に進む者、多様な人材が評価され活躍していくべきだ。そのためのキャリアパスを用意できたと思う」

-アイストークを始めたころと現在では意識は変わりましたか。
 「最近は感謝が多く悩みを聞けていない。1000人も声を聞いていると意見自体は出尽くした感はある。自分はまだ話せていないと思ってくれている職員がおり、アイストークを続けている。この4年を振り返ると、最初は戸惑っただろうし、相当不安だったろうと思う。基礎研究2割、応用研究5割、出口に近い研究が3割と方針を出し、組織改革の全体像が見えるようになってから理解してくれる人が増えてきた。産総研ビジョンをボトムアップで策定したことも、その一因だと思う。まだ第5期中長期計画のまっただ中だ。やるべきことは出そろっている。新しく追加することはほぼない。きちっと実行してやりきる」

-純民間資金の目標獲得額が200億円でした。20年度から24年度で2倍以上に増やすというかなり高い目標になります。
 「23年度実績は120億円の見込みだ。内心では(目標達成は)厳しいかもしれないとは感じている。それでも大きな共同研究提案は仕込んでいる。それらが実れば達成不可能な数字ではない」

-これまでの産総研には研究者の草の根の共同研究提案と理事長のトップセールスしかありませんでした。
 「事業子会社のAIST Solutions(AISol)を設立してマーケティングの機能を設けた。技術にビジネスモデルを組み合わせて提案できるようになった。従来は産総研の持つシーズが企業のニーズとはまるかどうか。トップセールスも初めからぴたりとかみ合うことは多くない。一般に、研究機関がすでに持っていた技術だけで企業の研究ポートフォリオを変えることはほぼないだろう。トップセールスでトップ同士で合意したら、企業の目指す方向性と産総研のシーズ群をすり合わせる。シーズを見れば産総研のポテンシャルはわかる。シーズを組み合わせ、足りない部分は新たに立ち上げ、大きなプロジェクトになっていく。日立製作所とのサーキュラーエコノミー連携研究ラボはまさにそうして立ち上げた。この過程でマーケティングの力が大切になる。技術の市場価値を計りながら投資の規模を決める。AISol設立でスピードも民間企業のペースになる」

-民間で分社化して新事業を立ち上げる際は、組織のベースを支える事業とともに分社化するか、成功しなければ解散と決めてしまことが多いです。AISolは解散とはいかないためベースを支える事業が必要だと思います。
 「工夫はしている。例えば大規模計算資源のAI橋渡しクラウド(ABCI)の利用はAISol経由とし、経費が落ちるようにした。産総研の共同研究も契約主体はAISolに変えていく。AISolの体制は160人だが、大部分は産総研からの移管で純増は大きくない。AISolが提案している価値が認められれば成長していくだろう。例えば半導体分野では一般社団法人OpenSUSIを設立した。国内の事業者が独自にASIC(特定用途向け集積回路)を設計できるよう支援を始めた。国内のレガシーファブとも連携し、ロングテール製品向けの製造生産環境の整備を進める」

温室効果ガス(GHG)排出量の算定に用いられるインベントリデータベース『IDEA』もAISolに業務を移管しサービス提供を始めた。二酸化炭素(CO2)排出量の算定はカーボンプライシングの要になる。IDEAは世界の三大LCAイベントリデータベースに数えられている。今後、多くの事業者の脱炭素を支えていくことになる。継続的にアップデートし、日本の産業が世界と戦う競争力の源泉としたい。そのために事業として成立させ投資を呼び込んでいく」

-研究DX(デジタル変革)は産総研とAISolの両方の強みになりつつあります。
 「研究機関の産総研としては全所で推進するために、研究戦略企画部に研究DX推進室を設置した。マルチモーダルAIプロジェクトには150人以上の研究者が参加している。画像やテキスト、計測データなど、複数の形式のデータを処理できるAIを開発している。高分子複合材料開発に導入し、製造条件を変えた際の物性変化を予測できるようになった。材料・化学領域から始まったが、現在は情報・人間工学領域など、多分野から研究者が集まっている」

「この知見を元にAISolではマテリアルスクール事業を展開する。講師陣は各種材料のトップ研究者だ。製造プロセス装置や分析評価装置も利用できる。スクール形式にしたのは企業のニーズが多様なためだ。研究DXやAI活用の方法は同じでも、どのようにデータを集めるか、どうデータを解釈するかなど、企業の課題ごとに対応が必要になる。そこで共通の課題は集合型スクールで教え、企業個別の課題には1対1型で伴走支援する。課題を解いて終わりでなく、企業の中で使っていけるように人材を育成する」

-大学で製造技術の研究室が減っていることに危機感があります。
 「産総研にくる前から危機意識を持っていた。日本の強みはモノづくり・製造業だと認識されているが、その土台となる製造技術が弱くなってきている。大学などでも基盤技術の継承を積極的に行っていない。塑性加工の研究室がいつのまにかナノやバイオなどの、研究費がとりやすい研究にシフトしていたりする。学術研究として最先端を追い求めることは重要なことだ。一方で日本としては、それでいいのだろうか。以前は溶接ならどこ、塑性加工ならどこ、切削加工ならどこと代表的な研究室があった。成熟した分野でも研究を続け、アップデートし続けてほしい。そこで産総研では『ものづくり基盤加工技術拠点』を立ち上げようと準備している。ものづくりに関連する技術全般をカバーして試作や人材育成を行う場としたい。もちろん産総研だけですべての技術を支えられない。大学や高等専門学校、公設試験研究機関と産業界と連携してモノづくり技術を支える基盤を作りたい。企業が困ったらどこの研究室を訪ねればいいか案内できるようにしたいと考えている」

-論文の書きやすい分野に研究予算が流れているのに研究者はあらがえますか。
 「デジタル技術を活用して新しい軸を立てる。国内製造業が独自に発展させてきた技術とデジタルを組み合わせて継承し、融合し、強化したい。経験やノウハウに頼っていたものをデータ化し、AIで高度化する方法はある。準備室を設けて業界団体などと話を進めている。日本の競争力の土台を立て直す仕事だ。必ず実現したい」

-この4年間、大きな改革でしたが仕組みは整い、最初の成果が出始めるところまできました。まだ気が早いですが経営者としては何点でしたか。
 「60-70点だろうか。『優』は付かないが『良』はもらえるだろうか。落第ではないと思う」

-自己評価が低過ぎませんか。
  「改革は実行し、仕組みはできた。やるべきことも明確だ。ただ足元の成果はまだだ。外部資金獲得や産総研のブランディングはまだ道半ば。一般に、製造業の経営は自分の代の改革や経営判断が業績となって現れるまで10年程度かかる。産総研も変わった。だが、この効果が現れるまでもう少し時間がかかる。改革が大きかった分、反動で逆戻りしないようにしないといけないと議論している。人事制度やAISolなど仕組みは簡単には戻らない。ただマインドセットが戻るのは簡単だ。この1年間を大事にしたい」

小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
石村理事長は産総研を経営者が経営できる組織に変えた。それまでは各研究部門の力が強く、トップダウンは効かなかった。研究ポートフォリオの再構成は産総研出身の副理事長に預けた。研究者を尊重した形だ。経済産業省との折衝を担う理事は任期が4年になった。この体制が大改革を支えた。次の経営に生かせるか。

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