トヨタ・中国メーカーなど台頭狙う…いすゞはタイの“牙城”守れるか
選べる動力源、武器に
いすゞ自動車がタイで販売シェア首位を握るピックアップトラック(LCV)の脱炭素対応で攻勢をかける。タイの年間自動車全需のうち3―4割を占め、「国民車」と呼ばれるLCV。いすゞは電気自動車(EV)モデルを開発し、2026年にタイ市場に投入する。ハイブリッド車(HV)モデルも準備しており、多様化する需要を取り込む考えだ。競合のトヨタ自動車や中国メーカーが台頭を狙う同国で、競争力を持ち続けられるか。(バンコク=大原佑美子)
「いすゞ自動車はカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)を目指すタイ政府の方針を支援する準備が整った」―。タイで4月7日まで開催中の自動車見本市「バンコク国際モーターショー」。ピックアップトラックの輸入・販売などを手がけるトリペッチいすゞセールス(TIS)の波多隆社長は、世界初公開したLCV「D―MAX」のEVモデルを前に意気込みを語った。航続距離300キロメートルを目指し開発中の同モデルは、厳しい環境規制を敷く欧州のノルウェーに25年に先行導入し、右ハンドル仕様を開発してタイ、英国、豪州に順次展開する計画だ。
タイ市場のLCV販売でトップを走るいすゞは、EVモデル投入に先駆け、モーターが発進時にエンジンをアシストして燃料消費を抑える簡易型ハイブリッドシステム(マイルドハイブリッド)搭載モデルも4月をめどに発売する。タイで50年間LCVを生産し、多岐にわたる用途や同国特有の道路状況などを知り尽くした上で用意した“選べる動力源”とブランド力を武器に、同市場で他社を引き離す戦略だ。
タイのLCV市場における最大のライバルであるトヨタも、25年末までにEVモデルを投入する。4月下旬から同国パタヤで乗り合いタクシー用途として観光向けに実証を始める。トヨタ・モーター・タイランドの山下典昭社長は「経済性や実用性の面で(ディーゼル車に比べ)LCVのEVモデルが、どこまで優勢を保てるかがポイント。HV、燃料電池車(FCV)も検討している」と他の電動化技術を搭載する可能性を視野に入れる。
今回のモーターショーでは、中国・長城汽車(GWM)のタイ法人がLCVのHVモデルを投入することを発表した。中国メーカーはタイのEV市場攻略に向けた同国への投資を拡大している現状があり、今回の発表は注目された。トヨタ・モーター・タイランドのスパコン・ラタナワラハ副社長は「LCV市場ではブランドへの信頼性が非常に大事。残価の算定など、信頼されているブランドの方が長期的な経済性がある」と冷静に見る。
三菱自動車は今回、完全新設計のラダーフレーム、新開発のクリーンディーゼルエンジンを搭載した新型LCV「トライトン」を提案。今後について「EVの開発を検討中」(担当者)という。
設備投資1300億円 現地政府の補助、追い風にライン新設
タイ政府は、EV産業の継続的な成長やEV生産への投資を促進するため、24―27年の4年間にわたるEV推進支援措置「EV3・5」を打ち出した。ピックアップトラックでは、タイ国内で製造され、価格が200万バーツ(約830万円)以下、バッテリー容量50キロワット時以上の車両について24年から27年まで一律10万バーツ(約40万円)の補助金を受けられる。いすゞはEVモデルをサムロン工場(サムットプラカーン県)で生産する計画。価格は現時点で非公表だが補助金対象枠内に設定する公算が高い。
いすゞは今後5年間でタイの生産拠点で、LCVの電動化などを目的に計320億バーツ(約1300億円)の設備投資を実施する。自社でバッテリーパックを生産するほか、EV専用の組み立てラインをサムロン工場に新設し25年に生産を始める。将来、ゲートウェイ工場(チャチューンサオ県)での生産も視野に入れる。当初、欧州向けのEVには韓国LGエナジーソリューションの電池を搭載。その後、他メーカーからの調達も検討する。
一方LCVのEVモデル普及には課題もある。タイ電気自動車協会(EVAT)によると現在国内に1479カ所ある充電ステーションの多くは都市部に集中している。青果市場に商品を積んで未舗装の道など長距離を走る使われ方も多くされるLCVの特徴から、郊外での充電スポットの充実が必要だ。また補助金対象とはいえディーゼルエンジン車に比べ高額な価格も普及のハードルになる。輸出用のEVモデルを含め、量産によるコストメリットを出せるかも重要になる。
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