新市場の開拓者求む…ラボラトリーオートメーション、拡大の好機|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

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新市場の開拓者求む…ラボラトリーオートメーション、拡大の好機

新市場の開拓者求む…ラボラトリーオートメーション、拡大の好機

モジュールの組み合わせで一連の実験を自動化する(デンソーウェーブのデモ)

研究にロボットや人工知能(AI)技術を取り入れるラボラトリーオートメーション(研究自動化)の市場が拡大している。大量のデータを学ぶ基盤モデルが台頭し、データの質と量を向上させる自動化ニーズが高まっている。従来、対象は創薬研究が中心だったが、素材などの製造業にも広がった。分析機器などの標準化も進み、周辺機器をつなぎやすくなる。課題はシステムインテグレーター不足だ。新たな担い手が求められる。(小寺貴之)

分析機器標準化、環境整う

「足かけ4年の標準策定がようやくまとまった」と日本分析機器工業会(JAIMA)技術委員会の石隈徹前副委員長は目を細める。同委員会は欧米業界団体と分析機器の相互運用性標準「LADS」を策定した。このLADSは産業用標準規格「OPC UA」の上で機能する。分析機器や実験装置、ロボットなどをつないで自動化しやすくする。

標準策定の背景には独BASFの働きかけがあった。分析機器メーカーに対してメーカー間の相互接続を求め、独のハイテク機器工業会が標準化を主導することになった。それまで分析機器のプログラムはメーカーごとにバラバラでメーカー間の機器接続は想定されていなかった。欧米の分析機器メーカーは製品ラインアップをそろえてユーザーの囲い込みを図ってきた。

だが一般的にユーザーは複数のメーカーの機器を使う。そこで標準化でメーカー間の接続性を担保し、さらに標準化活動が欧州で閉じないよう米国のOPCファンデーションやJAIMAを巻き込んだ。

同委員会の杉沢寿志委員長は「インダストリー4・0(第4次産業革命)の波がラボにも及ぶようになった」と説明する。研究室でのデータを製造部門で使い、製造部門のデータを研究に反映する。一連の流れを自動化で加速するためにLADSが策定された。

今後、分析機器メーカーはLADS対応の製品を開発する。既存の機器に対してはゲートウェイ端末を用意してLADSに対応させる見通しだ。

データ面ではJAIMAが、経済産業省の事業として分析機器の共通データフォーマット「MaiML」を開発した。日本産業規格(JIS)化とISO化を進めている。測定データをAIに学習させやすくなる。

ロボット面では日本ロボット工業会が主体となり、異なる機器をつなぐミドルウエア「ORiN」を開発してきた。ミドルウエアは柔軟性の高さが特徴だ。機器間接続や測定データ、自動化など、各階層で標準化が進んでいる。

海外調査会社によるとラボラトリーオートメーションの世界市場は推計でおおむね65億ドル(約9700億円)程度で6%台の年平均成長率が予想されている。

卓上ロボ、競争でコスト減 システム設計別に最適提案

ロボットメーカーもラボラトリーオートメーションに注目している。デンソーウェーブは重点分野に位置付けて攻勢をかける。卓上協働ロボット「COBOTTA」で粉体秤量や混合撹拌などの基本作業をまとめたモジュールを複数用意した。モジュールの組み合わせで一連の実験を自動化する。

デンソーウェーブFAシステムエンジニアリング部の沢田洋祐部長は「モジュール提案はエンドユーザーからの反響が大きい」と説明する。従来はユーザーとロボットメーカーで自動化できる作業に関する“相場観”が合わなかった。実は粉末を計って溶媒に溶かすといった人間には簡単な作業がロボットには難しいためだ。そうしな中、実際に卓上ロボットが働く様子をユーザーに見せると、その性能や限界を把握してもらいやすい。モジュール化で導入費用も計算しやすくなった。

DOBOTは安さと扱いやすさが評価されている

COBOTTAの市場を狙うのが、中国・シンセン・ユージェン・テクノロジー製のDOBOTだ。同社はもともと教育用で事業を始め、安さと扱いやすさが評価されて大学研究者に広がった。東京大学の長藤圭介准教授は「ロボットは実験データを集める間だけ保てば十分。壊れても買い替えられる値段だった」と振り返る。

その後、製造業からのニーズを取り込み耐久性や性能を磨き、産業分野で認められた。最新のDOBOTマジシャンE6はCOBOTTAの置き換えを狙う。販売代理店のテックシェア(東京都江東区)の宮島健プロダクトマネージャーは「卓上小型6軸の市場を取りにいく」と意気込む。アームだけを比べると数分の1の単価で提案している。

ただ実験作業を自動化するには周辺機器を含めたシステム化が必要だ。DOBOTは周辺機器との連携は外部コンピューターで調整する。対してCOBOTTAはハンドカメラが付き画像認識機能などを載せられる。沢田部長は「実験装置のボタンを押したり、試料を見て向きを判断したりといった人がしてきた動作を担える」と説明する。

特注機などの既存の装置がすべて相互接続するとは限らない。人間がやっているようにロボットが見て操作できればシステムに組み入れられる。こうした自動化は高度な機能が求められるため、COBOTTAに一日の長がある。システムの設計次第でどのロボットが最適なのかは変わるが、競争で導入コストが下がっていくことは確実視されている。

システムインテグレーターの人手不足課題、VB参入促す

研究室の自動化を支援するシステムインテグレーターの不足が課題だ(イメージ)

課題はシステム構築を担うシステムインテグレーターが足りていない点だ。石隈前副委員長は「分析機器メーカーだけでは到底やりきれない。ベンチャーなどにどんどん参入してもらう必要がある」と説明する。

システムインテグレーターにはロボットやAI技術に加え、科学実験への知見が求められる。試料調製や分析技術にも明るくないと研究者と対話できない。研究者は自動化に不案内なため、システム設計に半年以上かけて最小限の自動機導入に落ち着いた例もある。ファクトリーオートメーションに比べてラボラトリーオートメーションはまだまだ未熟だ。

ただ生命科学や化学、半導体、材料など幅広い分野にデータ駆動型の研究手法が広がった。研究用の基盤モデル構築も国プロが立ち上がる。これらのデータ量は人手では生成できない規模になっている。需要が増え、環境が整っていく方向にはある。新市場を開拓する挑戦者が求められている。

日刊工業新聞 2024年03月19日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
アカデミアを取材しているとラボラトリーオートメーションの世界市場が65億ドルなんて本当なのかと思ってしまいます。日本の調査会社が出している製造業向けロボットの世界市場が1兆3000億円なので、円安効果を差し引いてもかなり大きな市場です。しかも成長市場だそうです。ロボット屋さんは事業を展開しなくて大丈夫なのかと思ってしまいます。一方で、まともな標準もユーザーの見識もなくて、そのくせニーズは多様で難しいことばっかり要求される領域でした。LADSで解決するとは言いませんが、徐々に事業環境は改善しています。体力のある企業は力業でやりきってきましたし、AIに背中を押されて挑戦する企業は増えると思います。若手が減り熟練者がどんどんリタイアしていく会社は早急に転換しないと保ちません。日本では約10年前にアカデミアがマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を始めて、それを眺めていた産業界では5年前くらいから火が付いています。アカデミアは個々のラボが小さく着手こそ早かったけど、連携が難しく個々のラボでできる小さな問題を解いています。海外のラボは連携よりも特定のラボにドカンとお金を積んで生まれた成果が派手に輝いて見えます。それも研究者から見るとハリボテで、なかなか実用的な成果は出てきていません。そんな中、日本ではそろそろ産業界がアカデミアを追い抜く段階に入ります。一社でできることが大きく、研究と開発、開発と製造などの多部門でのデータ連携が進んできました。苦労は多いですが、うまくいったもの、いかなかったものも含めて、知見は大学よりも産業界に存在するようになります。特にオートメーションは圧倒的に産業界の方が強いです。24年度の文科省戦略目標には「自律駆動による研究革新」が入りました。春にCRESTなどが立ち上がります。産業界がやっていることを再発明しても寂しいので、産業界から学ぶ仕組みが必要だと思います。製造業が生産技術という組織を抱えたように研究技術の組織があってもいいのかもしれません。アカデミアとしては産学連携でそんな組織を養い、産と学の両方を先導できた方がいいように思います。データ連携やオートメーションの標準化活動の本丸になると思います。

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