「仕込みは終わった」…産総研理事長が語る大改革の現在地|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

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「仕込みは終わった」…産総研理事長が語る大改革の現在地

「仕込みは終わった」…産総研理事長が語る大改革の現在地

石村和彦・産業技術総合研究所理事長

産業技術総合研究所の石村和彦理事長は、この3年間で産総研を大改革した。理事会のスリム化や経営と執行の分離に始まり、技術の社会実装を担う事業子会社を立ち上げた。研究だけでは社会課題の解決や産業競争力の強化は実現できないためだ。マーケティング機能や事業構想機能を導入して社会実装を自ら押し進める。

-怒濤の経営改革が続いています。
 仕込みは終わった。改革メニューは出そろい、これ以上大きな変化はない。あとは決めたことを徹底的に実行するのみだ。2021年にガバナンス強化のために組織運営体制を見直し、経営方針を明確に示してアクションアイテムを作った。22年に各施策が始動したが、全部が全部そのまま動いたわけではなかった。個別に検討する中で最大の課題は、社会実装をどう加速するのか。そこで22年7月に所内に社会実装本部を作って体制を整え、23年4月にAIST Solutionsを設立して機能を移管した。それまでは研究開発と運営管理の機能しかなかったが、3本目の柱として社会実装を立ち上げた。内部で運営してきてスピードが不足している感じてきた。外部法人化することで業務のスピードアップが望める。民間のスピードで進むようになる。

-改革も一段落ですか。
 法人設立が目的ではない。エネジーソリューションやエッジAI半導体など6領域で事業を展開する。これまで蓄えてきた知的財産を活用する。共同研究自体も大型化したい。従来の共同研究に留まらないよう、市場分析から研究を立ち上げていく。産総研発のユニコーン(企業価値10億ドル以上の未公開企業)も生み出す。産総研グループを挙げての大きな仕事になる。

-広報部をブランディング・広報部に改めました。ブランディング強化の狙いは。
 「すべてが社会実装につながっている。企業が共同研究や新事業を考える際に、産総研とやろうと思ってもらわねばならない。プロジェクトを進める過程でも発信力は重要だ。対外的な認知度を高めるだけでなく、産総研内部への効果も大きい。外部に認められることで研究者や職員一人一人のモチベーションにつながる。ブランド力を高めることで社会実装を加速できる。

ー理事長トップセールスの手応えは。
 「100社を掲げてトップセールスをかけている。60社以上訪問して20社以上で共同研究を締結した。日立製作所と東邦ホールディングスとは大型連携の〝冠ラボ〟を設立した。トヨタ自動車とはスマートシティーやカーボンニュートラル温室効果ガス排出量実質ゼロ)について幅広く共同研究している。アンモニア合成や水電解による水素製造、エネルギーマネジメントシステムなど、進捗を見ながらテーマを動かす。そのため年に2回トップ同士で方向性を確認し合う。経営者がコミットした共同研究ができている。

ー経営方針では2030年度以降に事業規模2000億円を目指しています。ここに産総研発ユニコーンの資産価値なども含まれるのでしょうか。
 経営方針を考えたときにはAIST Solutionsは存在しなかった。新会社が生み出す価値をどう算定するか整理する。ユニコーンの企業価値をそのまま換算するのか、産総研の貢献分を試算するのか。目標に関わることなので精査して明確にしたい。

ー量子分野では産総研の「量子デバイス開発拠点」が「量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル拠点」と機能を拡張します。
 ビジネス開発が明確なミッションになる。量子コンピューターは量子技術だけでは成り立たず、既存のコンピューティング技術と融合させて、いかに使っていくかが大切だ。産業界にとっては自社のビジネスに組み込むか、試して検証する場が必要だった。この実証環境を提供する。

ー海外では量子や人工知能(AI)など、エマージングテクノロジー(新興技術)は投資を集めて研究チームが急激に大きくなります。日本はどこも人手不足と言われます。産総研の対応は。
 奇手はなく、本当の意味でのオープンイノベーションを進めることだ。イノベーションを実現するには多様な人材が必要になる。エマージングなマーケットをどう作るかという観点からはAIST Solutionsが役割を果たせるだろう。ニーズからバックキャストしてどんな技術が必要か分析し研究開発計画を組み立てる。産総研の技術シーズで足りなければ外部の技術を探して組み合わせて提案する。この過程で技術や人材を集めていく。

ーポスドク育成制度のイノベーションスクールが平均の約7倍の民間就業率を実現しました。
 産総研イノベーションスクールは産総研のために行っている事業ではない。若手博士人材が社会で活躍できるよう、技術経営の基礎や企業の研究開発、起業などを学ぶ制度だ。研修では企業の現場を体験する。2ー4カ月で具体的な課題を解く。産総研や大学を含め74%が正規就業する。民間企業への就業率は44%だ。博士人材の多くは就職時に研究テーマを継続したいと考える。そしてニーズのないテーマに固執してしまうこともある。これがミスマッチの一因になっている。イノベーションスクールでは意識を変え、視野を広げてもらう。博士課程進学時の研究テーマを一生続けられる研究者は多くはない。能力を活かして広い分野に挑戦してみてほしい。

日刊工業新聞 2023年06月01日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
日々の取材で産総研の雰囲気は変わったと感じる。大学のような牧歌的な空気が民間企業の雰囲気になり、一人ひとりから緊張感がにじむようになった。特に事務方の変化が大きい。新しい方針の下で一人ひとりは手探り状態なのかもしれない。成功体験を重ねれば空気は柔らかく、組織はイノベーティブになると考える。

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