自然を回復させるネイチャーポジティブ、企業はまず何をすべき?|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

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自然を回復させるネイチャーポジティブ、企業はまず何をすべき?

自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ #3 〈専門家インタビュー〉馬奈木 俊介氏 九州大学主幹教授

気候変動対策なら二酸化炭素(CO2)削減、サーキュラーエコノミー(循環経済)なら資源の有効活用が取り組みとして真っ先に浮かぶ。それでは、自然を回復させるネイチャーポジティブに向けては、何をしたらよいのだろうか。九州大学の馬奈木俊介主幹教授は、ビジネス創出のヒントが地域にあると指摘する。国連の報告書に参画し、自然資本の評価などを研究する馬奈木主幹教授に企業に求められるネイチャーポジティブについて聞いた。

自然資本50%減、世界のGDPの半分以上は自然に基づく

―ネイチャーポジティブの受け止め方は。
 生物多様性条約は、気候変動枠組み条約と同じ1992年に採択されました。国際社会では生物多様性、気候変動とも同時期に対策が始まったものの、気候変動が注目を集めてきました。
 科学の立場から影響を分析する機関としてIPCC(気候変動に関する政府間パネル)、IPBES(生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学―政策プラットフォーム)があります。IPCCとIPBESは2021年6月、初めてとなる共同報告書を発刊しました。私も総括代表執筆者の1人として加わりました。
 生物多様性の損失と気候変動は、どちらも人間の経済活動によって引き起こされ、相互に強く影響しています。共同報告書では気候変動対策が自然へ影響を及ぼし、その逆も起こることを明らかにしました。そして生物多様性と気候変動への対策は、「それぞれ」ではなく「共に行う」ことが、利益を最大化してグローバルな開発目標を達成すると提言しました。

―それではなぜ、生物多様性への取り組みが遅れたのでしょうか。
 きれいな植物なら「守ろう」となりますが、中には大切にされない植物がありますよね。病気の予防や治療に役立つ遺伝資源を持った植物は保護されますが、利用価値がないと思われた植物は守られず、場合によっては絶滅してしまいます。
 すべての生物を守ることが大切とは理解していますが、すべてを保護するのは難しいです。そこで自然の価値を評価する議論があります。
 経済発展はGDP(国内総生産)で評価できますが、自然の価値はGDPでは表せません。また、GDPが拡大しても自然の価値が増えるとも限りません。そもそもGDPでは、自然を含めた「豊かさ」を測ることに限界があります。
 そこで国連は2012年、豊かさを評価する「新国富指標」を新国富報告書として公表しました。この指標には自然の価値を貨幣価値に変換した「自然資本」も含みます。森林や農作地、海などの自然も金銭に置き換えると価値をつかみやすいです。
 イギリス・財務省は2021年、新国富報告書を参照に、今後の経済成長と生物多様性の損失との関係を分析した英ケンブリッジ大学のダスグプタ教授による報告書「ダスグプタ・レビュー(The Economics of Biodiversity:The Dasgupta Review)」を発表しました。私も顧問側として参加し、1992-2014年に世界人口1人当たりの自然資本が50%減少したと新国富報告書の結果を支持しております。そして生産と消費、金融に自然資本を採り入れる変革が必要だと提案しました。
 自然資本が50%減ったのだから、私たちは何とかしないといけないと思います。自然を貨幣価値に変換した効果です。
 世界のGDPの半分以上は自然に基づいています。自然が減ると将来のGDPも減るので、ビジネス界も困ります。そこで自然の価値を上げる必要性が共通認識となり、ネイチャーポジティブという言葉が出てきました。2021年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)やCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)でも合意されました。

馬奈木 俊介 九州大学主幹教授

ビジネスで自然資本に貢献、地域に人・資金の循環生み出す

―世界各地で自然災害が多発し、人々は気候変動への危機意識を強めています。自然資本が減少しているということですが、気候変動ほどの危機感がないように感じます。
 少しずつ変化しています。例えば欧米のグローバル企業は大規模な植林計画を打ち出しています。CO2の吸収だけでなく、生態系保全も目的としており、気候変動と生物多様性の課題の同時解決を考えています。すぐに利益が出るわけではありませんが、まずはプロジェクトに入り込み、次のステップを考えています。
 2022年12月に国内で発足した「ナチュラルキャピタルクレジットコンソーシアム(NCCC)」も、CO2削減と生態系保全の価値創造を民間主導で取り組む組織です。森林や農作地、海洋、都市開発のCO2吸収量や削減量を評価・測定し、クレジットを創出します。そのクレジットを購入した企業は自社の排出削減実績に加えられます。森林や農作地の維持は社会的な課題であり、クレジット取引による収入が保全や地方経済の活性化につながります。
 CO2削減だけが目的なら”カーボンクレジット“コンソーシアムと名付けたはずです。”ナチュラルキャピタル(自然資本)“としたのは、自然資本の減少に危機感を持ち、ネイチャーポジティブを必要だと思ったからです。大企業から地域企業までの33社が同じ想いを持って参加しました。

―気候変動と生物多様性の解決を一緒に考える企業が増え、さらに長期視点で解決や利益を考える企業が増えているということでしょうか。
 その通りですが、短期でも利益を得ることができます。NCCCにもセンサー技術を自然の計測に活用する企業、都市開発に携わる企業も参画しています。まだ勉強中という企業もありますが、参加するということは意識や関心の表れです。

―ビジネスで自然の回復に取り組む企業が増えていることが分かりました。自然資本が減少するとどのような悪影響が出ますか。
 豊かな緑や貴重な自然がある地域は、人々が訪れますよね。観光地が代表的です。生物多様性が失われると魅力に乏しくなり、行く価値がなくなります。
 地方ほど自然が豊かです。自然が失われ、訪れる人が減ると地方経済は衰退します。仕事がなくなり、暮らす人も流出すると地域社会は成り立たなくなります。人の手が入らなくなるので自然の劣化も進みます。
 人口の減少を食い止める手段と言えば、かつては産業誘致でした。今、工場を建設しても働く人の確保が難しい場合があります。自然が豊かであれば、そこでの生活に価値を感じて暮らす人がいます。緑が観光資源であれば、訪れる人がいます。地域に人が集まれば、地元の商業施設も潤います。自然を保ち、回復させ、地域に人や資金の循環を生み出すことが、これから求められるはずです。

(「自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ」p.52-57より抜粋)

<書籍紹介>
書名:自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ
著者名:松木 喬
判型:四六判
総頁数:160頁
税込み価格:1,650円

<著者略歴>
松木 喬(まつき・たかし)
日刊工業新聞社 記者
1976年生まれ、新潟県出身。2002年、日刊工業新聞社入社。2009年から環境・CSR・エネルギー分野を取材。日本環境ジャーナリストの会副会長、日本環境協会理事。主な著書に『SDGsアクション<ターゲット実践>インプットからアウトプットまで』(2020年)、『SDGs経営“ 社会課題解決”が企業を成長させる』(2019年)、雑誌『工業管理』連載「町工場でSDGsはじめました」(2020年1-10月号、いずれも日刊工業新聞社)。

<販売サイト>
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<目次>
第1章 ビジネスは生物多様性に依存している
1-1 企業経営に生物多様性は不可欠なもの
1-2 昆明・モントリオール生物多様性枠組みは企業活動の参考となる活動指針
1-3 「30by30」達成へ、企業緑地も評価する「自然共生サイト」スタート
1-4 求められる情報開示、自然と企業活動との関連は?
1-5 ネイチャーポジティブ達成の道標「生物多様性保全国家戦略」

第2章 専門家が語るネイチャーポジティブ
2-1 〈インタビュー〉馬奈木 俊介氏 九州大学主幹教授
2-2 〈解説〉TNFDの目指すものとその最新状況 TNFDタスクフォースメンバー MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス TNFD専任SVP/MS&ADインターリスク総研 フェロー 原口 真
2-3 〈解説〉海洋におけるネイチャーポジティブの実現と、それを阻むIUU漁業 シーフードレガシー 代表取締役社長 花岡 和佳男
2-4 〈インタビュー〉藤井 一至氏 森林総合研究所主任研究員

第3章 実践企業に学ぶネイチャーポジティブ
3-1 NEC 我孫子事業場 四つ池
3-2 パナソニック 草津拠点「共存の森」
3-3 MS&ADグループ
3-4 キヤノン
3-5 アレフ

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自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ
自然再生をビジネスに活かすネイチャーポジティブ
自然回復を優先する「ネイチャーポジティブ」型経済への移行に向けた議論が急速に進んでいる。2022年末に世界目標として合意され、日本は国家戦略を策定した。環境省はネイチャーポジティブ型経済が30年に125兆円の経済効果をもたらすと試算した。企業にはこれまでとは次元が異なる生物多様性回復の行動が求められる。

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