“日韓半導体”はどう変わった?…輸出管理厳格化の3年半を検証する
日本政府は、主に半導体製造に使うフッ化水素、フッ化ポリイミド、レジストの3品目の対韓輸出管理について、2019年7月に実施した厳格化措置を緩和することを決めた。この3年半で日本の材料メーカーや半導体装置メーカーの韓国事業にどのような影響が出たのか。また韓国の半導体産業はどう変化したのか。検証し今後を展望する。(特別取材班)
3年半にも及んだ3品目の対韓輸出管理の厳格化措置が日本企業のビジネスに与えた影響は少なくない。特に半導体製造の洗浄工程などに使われる高純度フッ化水素は、韓国で日本製から現地生産品への切り替えを図る動きが活発化した。
ステラケミファの高純度フッ化水素の総出荷量は20年3月期に前期比26・4%減と大幅に減少した。この時期は新型コロナウイルス感染拡大や米中貿易摩擦もあり、対韓国輸出規制以外も複数の要因が影響したという。同社は韓国市場の変化を受けて増産計画も保留した。森田化学工業(大阪市中央区)やレゾナック・ホールディングス(旧昭和電工)は出荷量を明らかにしていないが、同じ素材を生産している。
ただ各社ともに対韓国輸出は続けており、日韓の半導体・材料業界の強い結びつきを根本から揺るがすことはなかったようだ。「韓国向けの輸出量は減ったが、一定量の輸出は続いている。顧客にとって当社製品が必要であり、他国からの輸入や自国生産による置き換えが進まなかったと認識している」(ステラケミファ)。日本企業の持つ高純度化技術や品質管理は簡単にはまねできない。
一方、JSRや東京応化工業、住友化学などが展開する極端紫外線(EUV)露光向けフォトレジストでは、輸出管理厳格化の影響はほとんどなかったようだ。住友化学の岩田圭一社長は、「適切に手続きを取れば問題ない」と話す。現地生産化した企業もある。フォトレジストは日本企業が世界シェアの約9割を占め、特に最先端の半導体製造に使われるEUVレジストは日本勢がリードしてきた。韓国メーカーによる最先端半導体の生産に日本勢のEUVレジストも寄与したとみられる。
日本の半導体材料各社は、韓国への投資を積極的に続けており、東京応化工業は22年までに韓国仁川市の拠点を増強し、EUVやフッ化アルゴン(ArF)露光向けを中心にレジストの生産能力を18年比2倍以上に高めた。JSRは、現地との合弁で運営していた韓国の販売・サービス拠点を完全子会社化し、研究開発を強化する。住友化学やレゾナック・HDも韓国で半導体関連投資を進める。
輸出管理の厳格化措置の緩和決定を受け、日本化学工業協会の福田信夫会長は「半導体や電気・電子関連の機能商品にとって良い材料になる」と語る。
韓国、内製化などで供給継続
韓国の半導体産業は日本による19年の輸出管理厳格化以降、材料、部品、装置の供給力強化を図った。日本製の材料に代えて米国、中国、欧州の製品を使用するほか、外資系企業を誘致したり、韓国企業の生産拡大を支援したりして、安定的な供給を継続した。
一方、半導体が経済安全保障の軸となる中、新たな問題が生じた。米国が中国に対し輸出管理規制を強化したため、同国を主要市場とする韓国サムスン電子やSKハイニックスなどのデバイスメーカーは大きな影響を受けている。対中投資計画の見直しやサプライチェーンの再構築を迫られており、サムスン電子がソウル近郊に約31兆円を投じて新工場を建てる計画を発表するなど、自国生産を強化する動きとして現れ始めている。
半導体製造装置分野では、韓国への輸出管理が厳格化された19年以降も、日本からの輸出額はおおむね右肩上がりで増えた。19年度こそ前年度比約46%減の2740億円に落ちたが、「メモリー不況が主因だった」(メーカー関係者)。実際、その後は20年度に同58%増の4348億円、21年度に同37%増の5972億円と、韓国の半導体メーカー大手の設備投資の伸びと軌を一にしてきた。
メーカー自らも対応策を図ってきた。東京エレクトロンは包括輸出ライセンスを取得していたため、「厳格化措置後も変わりなく輸出できた」(同社)。このため今回の緩和を機に「大きな変化は起きない」(業界関係者)との見方が多い。
輸出管理の厳格化にかかわらず、韓国企業の半導体関連投資が拡大したことで、日本からの製造装置輸出は増えた。ただ今後については楽観できない。韓国国内では19年以前の時点で、サムスン100%子会社のSEMESが枚葉式洗浄装置で、同じくサムスンが出資するKCテックがCMP装置でそれぞれ日本勢のシェアを上回るなど、世界全体とは異なる状況が生じていた。輸出管理厳格化後に、この傾向はさらに進んだとの指摘もある。韓国で失った分のシェアをどこで取り返すのか、日本の製造装置メーカーにとっての課題となっている。
政府、経済安保で協議も ホワイト国復帰は慎重に見極め
3品の対韓輸出管理をめぐっては、韓国当局の輸出管理が適切に運用されているか確認できないなどとして、19年に厳格化した。今回、輸出管理の実効性が確認できたことから、手続きを簡素化できる元に近い状態に戻す。韓国が日本に対する世界貿易機関(WTO)の紛争解決続きを中断し、政策対話を再開できるようになったことで事態が進展した。
経産省は19年8月、3品目とは別に、輸出管理に関する優遇制度「ホワイト国(現グループA)」から韓国を除外した。この措置は今後の政策対話で協議する。西村康稔経済産業相は17日の閣議後会見で、「(ホワイト国に分類するか否かの)国カテゴリーの取り扱いは韓国の取り組み状況次第」と述べた。政策対話を通じて、3品目以外の幅広い品目について、韓国側による輸出管理の制度や運用の実効性を検証する考えだ。
日韓首脳会談後の会見で岸田文雄首相は、半導体サプライチェーン(供給網)の協力強化を念頭に、経済安全保障に関する協議会を立ち上げると表明した。「半導体でこれまで以上に韓国との連携が広がる可能性がある」(経産省幹部)と歓迎する向きもある。
しかし、西村経産相は「日韓の経済関係を健全な形で発展させることは重要だが、そうした協力関係を議論する前に、韓国側に厳格な対応を求めていきたい」と話した。輸出管理をめぐる対処と両国の関係改善ムードとは一線を画す。
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