パワー半導体に再編圧力、経産省補助金・交付条件「事業規模2000億円以上」の影響度
パワー半導体業界に再編圧力がかかっている。経済産業省は炭化ケイ素(SiC)パワー半導体工場の能力増強投資に対する補助金の交付条件として「原則、事業規模2000億円以上」を設けた。巨額の事業規模を条件に明示するのは異例。国内メーカーが単独で投資するには規模が大きく、支援を受けるには複数社の連携が必要になりそうだ。欧米勢に規模で見劣りする国内メーカーは選択を迫られている。(編集委員・錦織承平、同・池田勝敏)
「あくまで最低ライン。少なくともこれくらいの規模が必要だ」。経産省デバイス・半導体戦略室の荻野洋平室長は、2000億円の線引きの意味合いをこう説明する。国内メーカーの中で、SiCパワー半導体の世界シェアが最も高いロームが2025年度までに最大2200億円の投資を計画していることからすると、この線引きは1社単独でたやすくクリアできる条件ではない。
補助率は上限3分の1で、関連素材を含めたパワー半導体全体の予算枠は1523億円。2000億円で申請すると単純計算で2件分をまかなえるが、経産省は2000億円を優に超える申請を期待しており1件のみ支援する考え。単独での申請も排除していないが、複数社で連携した申請を想定している。
欧米勢の大規模投資相次ぐ シェア上位との差大きく
海外に目を転じると欧米勢の大規模投資が相次ぐ。世界シェアトップの独インフィニオンテクノロジーズはドレスデンの新工場建設に約50億ユーロ(約7000億円)を投じる。米ウルフスピードも独に工場を建設し、研究開発拠点と合わせて30億ドル(約4000億円)を充てる計画。2000億円の線引きはこうした海外動向を踏まえたものだ。
日本勢は三菱電機、富士電機、東芝、ロームなどが健闘しており、欧州・米国と並びパワー半導体市場の一角を占める。しかし、シェアを分け合っており、個社で見るとシェア上位の欧米勢との差は大きい。国際競争が激化する中で、規模に劣る国内メーカーが個別に事業を続けていることに経産省は危機感は強めている。
過去にパワー半導体メーカー同士で連携を模索する動きはあったが、LSI(大規模集積回路)など他の半導体と違って、構造やプロセスが個社ごとに大きく異なることもあって実現していない。それでも一定の規模や利益を維持できた。規模や利益を維持できるからこそ連携の必要に迫られなかったという側面もある。しかし今後は維持することが難しくなるかもしれない。パワー半導体に汎用化の波が押し寄せているからだ。
例えば、SiCパワー半導体の有望市場として電気自動車(EV)向けがある。モーターやインバーターなどを組み込んだ「eアクスル」のように、自動車メーカーがモジュールとして部品調達をするようになると、モジュール内に搭載されたパワー半導体は差別化の必要性が薄まり汎用化する。荻野室長は「従来通り独自技術で作り込むことが必要な製品も残るため、すべてが汎用化するとは思わない。しかし汎用化される製品は他のメーカーと協力する動きが出てくるのでは」と見る。
今回のパワー半導体支援策は経済安全保障推進法に基づく。経産省では日本のパワー半導体産業の将来像を「世界で不可欠な存在となり、自律性を確保した上で、世界の供給拠点となる」(荻野室長)と描く。経済安保の観点から、国内メーカーにこだわっておらず、海外メーカーの申請も排除していない。初回の認定は4月下旬を予定。巨額投資を誘導する今回の支援策は業界再編の呼び水になる可能性がある。
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