水素エンジン量産視野、トヨタの訴え「脱炭素化の多様な選択肢」は広がるか|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

ニュースイッチ

水素エンジン量産視野、トヨタの訴え「脱炭素化の多様な選択肢」は広がるか

水素エンジン量産視野、トヨタの訴え「脱炭素化の多様な選択肢」は広がるか

タイで開かれた耐久レースに出場したトヨタ自動車の水素エンジンカローラ。豊田章男社長も乗車した

自動車が進める水素社会実現に向けた仲間づくりが、海を越えて広がってきた。中心的な役割を担うのは、開発中の水素エンジン車だ。2022年はベルギーでデモ走行を行い、タイで耐久レースに出場。タイでは現地の大手財閥と、水素の製造や利活用で協業も始める。開発面では水素エンジンの本格的な量産段階を見据え、専門チームが動き出した。「脱炭素化の多様な選択肢」を訴えてきたトヨタ。そのうねりは高まりつつある。(名古屋・政年佐貴恵)

タイ最大級の財閥と協業、東南アで温室ガスゼロ探る

タイ東北部のブリラムにある「チャーン・インターナショナル・サーキット」。22年12月17日、日差しが照りつけるコースを、水素エンジンを搭載したスポーツ車「GRカローラ」が疾走した。東南アジアの地を水素エンジン車が走るのは初めてのことだ。

CPグループと水素利活用で協業する(豊田トヨタ社長〈右〉とチャラワノンCPグループ上級会長)

自らもハンドルを握った豊田章男社長は「アジアでもカーボンニュートラル温室効果ガス排出量実質ゼロ)の新しい道が拓けるのではないか。水素の取り組みはアジアでも間違いなく広がる」と、手応えを示す。表情が普段よりも晴れやかだった理由は、トヨタの車づくりが根付き、自ら新興国向け戦略車プロジェクトを主導したタイに愛着を持っていることや、水素エンジン車を走らせた達成感だけではなかった。

水素エンジン車が耐久レースに出場した5日前。豊田社長は、タイ最大級の財閥であるチャロン・ポカパン(CP)グループのタニン・チャラワノン上級会長に対し協業に向けた最後の提案に臨んでいた。

内容は小売りや畜産といった幅広い業種を抱えるCPグループと、トヨタの電動化や水素技術などの知見を活用し、水素の利活用や物流効率化といったカーボンニュートラル達成に向けた取り組みを共同で進めようというもの。3時間に及ぶ議論の末、タニン上級会長は協業を承諾。豊田社長に対し「目をつぶってあなたについて行きます」と語りかけたという。

今後はCPグループが保有する養鶏場から発生するバイオメタンガスを使い、水素を製造。同社が抱える1万2000の小売店舗で活用する配送トラックをトヨタが燃料電池車(FCV)化し、製造した水素を利用する。

またトヨタやいすゞ自動車などが共同出資する商用車の企画会社「コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ(CJPT)」が、コネクテッド技術を活用した物流効率化などを実施していく方針だ。

CPグループは大規模な複合企業だ。水素導入をトップダウンで決断すれば、エネルギーから車両、物流まで迅速かつ広範な効果が期待できる。豊田社長は「タイで(脱炭素化の)選択肢の幅が広がるテストケースができれば、他国にも展開できるのでは」とみる。

ベルギーでデモ走行、レースで存在感発揮

21年5月以降、トヨタは日本での耐久レースにおける水素エンジン開発を起点に「敵は内燃機関ではなく炭素だ」と訴えてきた。電気自動車(EV)を脱炭素化の解として規制や優遇策を推進する欧米諸国に対し、EVは有力な手段でありつつも、国や地域の市場動向やエネルギー事情に合わせて多様な選択肢を用意すべきだ、という戦略をメーンに据える。

石油精製の副産物として得られる水素を充填した水素タンク

日本ではレースへの参戦回数を重ねるごとに周知が拡大。水素以外の脱炭素燃料分野も含め、エネルギーを「つくる」「つかう」「はこぶ」の各段階で協力先が増え、連携する企業・自治体の数は当初の8から28になった。モータースポーツ事業を統括するトヨタの佐藤恒治執行役員は「国内での認知は進んだ」と受け止めた上で、「世界に対して我々の考え方を伝える」との意思を示す。

22年に入り、トヨタはその動きを具体化させてきた。同年8月にベルギーで開かれた世界ラリー選手権(WRC)の場で、水素エンジン車のデモ走行を実施。豊田社長は「EV化を加速しようという世論のある欧州では批判されるかと思ったが、賛同の手応えがあった」と実感する。佐藤執行役員も「想像以上の反応があり、欧州にも多様な選択肢の必要性があると感じた」と話す。タイでの海外初となる耐久レース出場は、こうした活動の節目とも言える。

実際に参戦したことで分かった課題もある。最も苦労したのは水素運搬の領域だ。タイには設備がないため、日本のレースで使用している移動式の給水素設備を大会の1カ月前から運び込み、連携する大陽日酸の現地拠点で整備するなど準備してきた。

ただ運ぶ際の規格が固まっていないなど通関手続きが煩雑で、「関係省庁などいろいろな人に協力してもらい何とかなった」(佐藤執行役員)状況だったという。グローバルで水素をより柔軟に利用するためには、どんなインフラ整備をすべきなのか、一つ一つ解決していく必要がある。

一方、燃料は現地の大手エネルギー会社であるバンコク・インダストリアル・ガスが供給する、石油精製の際に発生する副産物から得た水素を使用した。「日本から持ってきた水素ではなく、タイの企業に協力を得られたのはとても大きい」(同)。海外でも少しずつだが、連携が広がる機運が見え始めている。

向上するエンジン性能、液化水素使い試験走行

水素エンジンの開発は想像以上の速度で進んでいる。22年の耐久レースでは3月の初戦から同11月の最終戦まででエンジン性能は出力が7%、トルクが5%向上。航続距離は15%伸びた。21年5月から比べると、出力は24%、航続距離は30%の改善だ。水素エンジン車開発を担当する高橋智也GR車両開発部長は「実用化を山頂とした山登りで例えれば、4―5合目に差し掛かっているのは間違いない」と断言する。

水素運搬の領域でも樹脂製タンクや、トラックの荷台スペースを活用できる搬送ユニットなどを採用し、1台のトラックで運べる水素の量を21年シーズンと比べ5・5倍となる83キログラムに引き上げた。

22年9月には、エンジンの量産に向けた30人規模の専門開発チームを発足。さらに同年10月からは液化水素を使った走行試験を行っている。現在の気体燃料に比べて約2倍の水素量を搭載できるが、マイナス253度Cという低温の維持や、低温環境下でも耐えられる周辺部品などが課題だ。トヨタは2月から公式テストが始まる23年シーズンに液体水素を使った車両を投入し、開発を加速させたい考えだ。

水素エンジンに対しては、国内外のさまざまな自動車メーカーやサプライヤーから問い合わせや連携したいとの声が寄せられているという。佐藤執行役員は「潜在的な技術ニーズや、世界中で選択肢を模索する動きはある」と力を込める。

問い合わせ内容からは、各社も力を入れて開発に取り組んでいることが判明した。しかし佐藤執行役員は「各社の開発は研究室レベル。リアルの場で起きている現象や課題を把握している点で、一番先を走っているのは間違いない」と自信をみせる。

トヨタは水素関連技術をオープンにしていく方針。仲間づくりの視線をグローバルに引き上げ、社会実装につなげる。


【関連記事】 トヨタも注目、熱源を操り省エネを実現する愛知の実力企業
日刊工業新聞 2023年01月04日

編集部のおすすめ