親会社からの「独立」で企業価値は高まるか?日立建機の挑戦|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

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親会社からの「独立」で企業価値は高まるか?日立建機の挑戦

<情報工場 「読学」のススメ#109>『日立建機第2の創業へ』(岡田 晴彦 著)
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日立製作所の連結対象外へ

「子会社の売却」に、どんな印象を持つだろうか。「不採算事業の処理」のイメージが先行するかもしれない。だが、PCメーカーのVAIOは、かつてソニーから不採算事業として切り離された後、縮小しながらも尖がった製品とB2B戦略で生き残りに成功した。米国でも、ネットオークション大手のイーベイから分離されたペイパルが、フィンテック世界大手に育ったようなケースがある。これらのように、親会社からの「分離」によって企業価値向上を狙う戦略が、近年、注目されているようだ。

日立製作所(以下、日立)は、2008年のリーマン・ショック後、傘下に20社超あった上場子会社について、それぞれに適切なかたちを探りながら整理してきた。完全子会社化、他の子会社や本体による吸収合併、売却などのかたちだ。

建設機械大手の日立建機も、その対象となった1社だ。今年、伊藤忠商事と日本産業パートナーズ(JIP)が折半出資する特別目的会社に売却され、日立の連結対象外(持分法適用会社)となった。はたしてこの「分離」は、日立建機の企業価値を高めることにつながるのだろうか?

『日立建機第2の創業へ』(ダイヤモンド社)は、日立建機の平野耕太郎社長をはじめ経営幹部らへのインタビューをもとに、独立の背景と、同社の描く未来像を詳細に記している。著者の岡田晴彦さんはダイヤモンド・ビジネス企画の取締役編集長。20年以上にわたり全日空、日立造船、日本触媒など多くの企業を取材し、書籍にしている。

「独立」のメリットを生かせるか

日立建機が日立の連結対象外となった理由の一つは、「経営方針の相反」だ。日立は、経営方針としてバランスシート上の資産を軽くする方向に舵を切った。一方、日立建機は、レンタル事業をはじめとするファイナンス事業を強化しようとしており、資産が重くなる傾向にある。そういった合理的な判断だったわけで、決してケンカ別れではない。トップ同士が徹底的に話し合い、最善の策をとったようだ。

一般的に、子会社が親会社からの独立のメリットと考えるのは、親会社からの干渉を受けることなく自由な経営判断ができることだ。その意味で、日立建機が独自に立てた、ファイナンス事業の強化戦略を成功できたならば、十分に独立のメリットは生かせたことになるだろう。

そして日立建機は、もう一つの「独立」も果たした。今年、1988年から北米市場で提携してきた、ディア・アンド・カンパニー社(以下、ディア社)との業務提携を解消したのだ。

狙いの一つは、やはり独自の事業戦略を立てやすくなることだ。これまでディア社に任せていた販売とサービスを自社で展開できるようになることで、レンタル事業やファイナンス事業を強化できる。つまり、日立の連結対象外となるからこそ、ディア社との提携解消が生きてくるのである。

「協創」のメリットを生かすには

ディア社との提携解消の背景には、「モノ」から「コト」へ、ビジネスモデルの転換もある。日立建機の場合、2013年から「ConSite(コンサイト)」と呼ばれる、IoTを使った建機の遠隔監視サービスを世界で展開してきた。ところが、北米市場においては、販売とサービスをディア社に任せていたことから、製品にConSiteを搭載することができなかった。提携解消により、世界最大の市場である米国でデータの収集や管理が可能になる。

ところで。独立したとはいえ、日立グループとのつながりは日立建機の強みである。日立と日立建機は、完全に袂を分かったわけではない。日立は今後も日立建機の約25%の株式を保有し、日立建機は「日立」のブランドを名乗り続ける。

日立は現在、顧客のデータ活用を通じてソリューションを提供するプラットフォーム「Lumada(ルマーダ)」を成長戦略の柱に据えている。そして、日立建機のConSiteによるサービスは、Lumadaを活用する好例でもあるのだ。デジタル分野を強化していくためにも、日立と日立建機双方にとって、一定の資本関係の維持にはメリットがあるという判断である。

環境問題への対応でも、日立グループとの協創の効果は大きいようだ。日立建機は、電動ダンプトラックにアドバンテージがあるという。通常、巨大ダンプトラックは電気の力でタイヤを止めてブレーキをかける。下り坂でブレーキをかけると、この電気によって熱が発生するのだが、日立建機はその電気を回収し、坂を上るときの電力として用いる技術を開発した。

日立が得意とする鉄道車両では、すでに似た構造でブレーキの電気を架線に戻して使う技術があり、これを応用したという。現在は、これをさらに進化させ、ガソリンエンジンを搭載しないフル電動ダンプトラックの開発を進めているようだ。

こうしてみると、日立による約25%の株式の保有は、日立建機にとって諸刃の剣のようではないだろうか。すなわち、日立との協創のメリットは魅力的だが、それに甘え、資本や技術で日立に依存しすぎていては、日立建機の企業価値が今以上に高まることはない。一方で、ディア社に任せていた北米市場の販売やサービスを自社に振り戻す、ファイナンス事業を強化するといった独立のメリットとのバランスが取れるならば、俄然、企業価値を高められる可能性が大きくなるに違いない。今後も同社および業界の動向に注目していきたい。(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

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『日立建機第2の創業へ』 岡田 晴彦 著 ダイヤモンド社 224p 1,760円(税込)
情報工場 「読学」のススメ#109
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
日立建機は、IoT活用といった業界のトレンドをにらみ、自社の現状とビジョンとの距離をはかりながら、臨機応変かつ合理的な経営判断を行っているようだ。それだけに「第2の創業」も成功する確率が高いと思われるが、本書にもあるように、それは決してたやすいものではない。ディア社との提携解消によって、北米地域での販売網やバリューチェーンを再構築しなければならない。ファイナンス事業の強化にしても、新たなノウハウを積み重ねていく必要がある。本書からは、そうした「茨の道」を進む同社の覚悟もうかがえる。

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