日本のロケット産業は「イプシロン」打ち上げ失敗を糧にできるか|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

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日本のロケット産業は「イプシロン」打ち上げ失敗を糧にできるか

日本のロケット産業は「イプシロン」打ち上げ失敗を糧にできるか

打ち上げられるイプシロンロケット6号機(12日午前、鹿児島県・内之浦宇宙空間観測所)

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、固体燃料ロケット「イプシロン」6号機の打ち上げに失敗した。次世代機「イプシロンS」へとバトンを継ぎ、輸送事業を民間に移管するというゴールが見えてきたところでの手痛い事故となった。小型人工衛星打ち上げの需要は世界で高まる見通しで、日本のロケット産業にもチャンスが広がる。今回の失敗を糧にし、世界のライバルに伍して戦う力を身に付けられるか、踏ん張りどころだ。(飯田真美子、戸村智幸)

イプシロン6号機は12日9時50分に内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝付町)から打ち上げられた。だが2―3段目の分離時にロケットの姿勢が予定通りにならず、人工衛星などを決まった軌道に入れられないと判断し、9時57分に破壊信号を出した。同日開かれたJAXAの会見で山川宏理事長は「打ち上げ失敗の原因を早急に調べて対策を打ち出すことが、日本の信頼を取り戻すために重要」と言及した。

文部科学省とJAXAはそれぞれ対策本部を設置し、18日に2段モーターに搭載したガスジェット装置(RCS)の機能不全が姿勢制御に異常をもたらした原因の一つと発表した。10月中にも製造検査データを解析し、調査がより本格化するとみられる。

同機には、宇宙での実証機会を提供するJAXAの「革新的衛星技術実証プログラム」の一環で、大学や企業などが開発した部品や機器、人工衛星を搭載していた。静岡大学が開発した宇宙ゴミを捕獲する新技術の実験や、早稲田大学の金属3Dプリンターで作ったフレームを使ったネジゼロ衛星筐体(きょうたい)の実証などが予定されていた。

また宇宙ベンチャーのQPS研究所(福岡市中央区)が開発した観測衛星は、イプシロンで初めて搭載された民間の商業衛星として注目された。QPS研究所の大西俊輔社長は「次号機の打ち上げに向けて歩みを止めずに取り組む」とした。

「H3」への影響も懸念

打ち上げに成功したイプシロン5号機

宇宙ビジネスにおける地球観測や通信などの分野は年々拡大しており、これらに必須の小型衛星を打ち上げる輸送事業は今後も需要が高くなると見られている。特に、複数の小型衛星を地球周辺に配置して活用する「衛星コンステレーション」を構築することで機能が強化されるため、安価で輸送機会が多いサービスが求められる。日本のロケット産業にもチャンスはある。

イプシロンは、JAXAと、IHIの子会社のIHIエアロスペース(東京都江東区)が低コストをコンセプトに2010年に開発を始めた。人件費などを抑えるために数人で1―2台のパソコンを使って打ち上げる「モバイル管制」などを採用したことで、従来の小型衛星輸送ロケットの3分の2程度となる約50億円で輸送できる技術を確立した。

開発計画では、23年度に後継機のイプシロンSを打ち上げ、24年度にはIHIエアロスペースに輸送事業を移管する予定。その過程で打ち上げ費用を約30億円まで引き下げ、日本独自の輸送ビジネスを確立する絵を描いている。

だが今回の6号機の失敗で計画が崩れる危機的状況になっている。文科省事務局は「イプシロンSの23年度の打ち上げに今のところ変更はない」と述べているが、最終的にどうなるかは未定だ。

QPS研究所の商業衛星の受注は、IHIエアロスペースが担当し、輸送事業の民間移管に向けた動きを進めていた。同社はイプシロンSの開発と、打ち上げの民間移管への影響について「原因究明の結果次第だ」とみる。原因が明らかになった上でJAXAと協議して次の打ち上げに向けて進むという。

打ち上げ事業の顧客となり得る海外企業は、原因究明を含めて打ち上げ再開へのプロセスをみており、確実に進められるかが重要になる。IHIは「JAXAの原因究明の調査に全面的に協力する」とコメントした。

現在開発中で22年度中の打ち上げを目指す新型の大型基幹ロケット「H3」への影響も懸念される。H3で採用する姿勢制御装置と同様の弁をイプシロンで使っており、今回の打ち上げ失敗の原因の一つ。JAXAはH3の地上燃焼試験に関して今回の事故の事象と直接関係しないため、計画通り11月に実施するとしている。だが姿勢制御装置については打ち上げへの影響を精査するという。

輸送ビジネスの地位再確立へ

今回の打ち上げ失敗によって、日本が築いてきた輸送ビジネスの安全・信頼性にミソが付いた。宇宙開発に詳しい角南篤笹川平和財団理事長は「早急に原因を突き止めて世界に公表し、対策を明らかにすることが信頼回復につながる」と強調した。実際に仏宇宙企業アリアンスペースは、小型ロケット「ベガ」の打ち上げに数回失敗したが、適正な対応をすることで信頼を回復して現在は輸送ビジネスの地位を再確立できている。

原因究明後に打ち上げや開発を滞らせないことが重要だ。19日に開かれた自民党政務調査会の宇宙・海洋開発特別委員会は、イプシロン6号機の打ち上げ失敗やロシアによるウクライナ侵攻を受けて宇宙関連予算や打ち上げ能力の強化が必要だとした。同委員長の新藤義孝衆議院議員は「打ち上げ失敗にひるむことなく前に進めたい」と話した。

その姿勢は日本の宇宙ベンチャーに見られる。インターステラテクノロジズ(北海道大樹町)は、数多くの失敗をくり返しながらも原因究明をしつつ、失敗から約1年後には新たなロケットを打ち上げてきた。今回のイプシロン打ち上げ失敗について、同社の稲川貴大社長は「開き直ることなく、慢心することなく、という気持ちが大事」と会員制交流サイト(SNS)を通じて発信。最近打ち上げたロケットでは、宇宙空間到達に到達して積み荷の射出と回収に成功している。さらに超小型人工衛星打ち上げロケット「ZERO」の開発を進めている。JAXAもベンチャーのようなスピード感を持った原因究明や打ち上げ機会が必要なのかもしれない。

日刊工業新聞 2022年10月24日

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