【ディープテックを追え】脳の“門番”を超えて、病気を治療する技術の正体|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

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【ディープテックを追え】脳の“門番”を超えて、病気を治療する技術の正体

#30 ブレイゾン・セラピューティクス

2021年6月、エーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」が米食品医薬品局(FDA)の承認を受けた。これまで数多くの製薬会社が創薬に挑戦し、失敗してきた分野だけに大きな期待を受けている。

アルツハイマー病など、脳に原因がある病気の創薬は難しいとされる。主因は脳の門番「血液脳関門」の存在だ。この“門番”は脳に異物を通させないバリアーの役割を持つ一方、薬の成分を脳の患部に届けることができず、治療できない病気の原因にもなってきた。

東京大学と東京医科歯科大学の技術の社会実装を目指す、ブレイゾン・セラピューティクス(東京都文京区)はこの血液脳関門を突破する可能性を秘めた技術を活用し、創薬開発に取り組む。

脳を守る血液脳関門

血液脳関門は、脳に異物が入り込まないようにするバリアーのような機構のことだ。グルコースやアミノ酸など、身体活動に不可欠な物質は受け付けるが、そのほかほとんどの物質は脳へたどり着くことができない。この機構により、ウイルスなどから脳を守り、身体機能を維持する仕組みだ。

だが、病気の治療においては話が変わる。アルツハイマー病や脳腫瘍のように、脳に原因がある病を治療する際、このバリアーが障壁になり薬を届けることが難しかった。脳をターゲットにした薬を静脈注射で投与した際、実際に脳へ届く割合はわずか0.1%と言われる。薬の効果を高めるため、頭蓋内注射や薬物ウエハの埋め込む方法などあるが、侵襲性が高く危険も伴う。

薬を脳に効率よく届けることができれば、対症療法的処置や大量の投薬の必要がなくなり、予期せぬ副作用も抑えられる。また、少量の薬で治療できれば患者にとって経済合理性の観点からも有益だ。

脳へ直接薬を届ける

ブレイゾンが開発するのは、脳に薬を効率的に届ける高分子ポリマーミセルだ。

脳に作用する薬を内包したミセルにリガンドを付ける。同社独自の技術で、ウイルスほどの大きさの30ナノメートルから50ナノメートルほどにナノ粒子化する。

このミセルを静脈注射し、血流に乗ったミセルは脳の毛細血管から血液脳関門を突破して脳内に透過する。ミセルの先端に装着したリガンド分子が「カギ」の役割をすることで脳へ到達する仕組みだ。鰐渕文一社長は「この方法であれば、注射した量の数%が脳へ到達する」と強調する。

ミセルのイメージ。外側に位置するリガンドがカギの役割をする

また、薬の中身が特定の医薬品に限られないのも大きな特徴だ。同社によれば、低分子医薬品から核酸医薬品、たんぱく質や抗体まで、幅広くミセルの中に内包できるという。

同社はアルツハイマー病や脳腫瘍、特定のうつ病など脳に起因する病気をターゲットに幅広く技術を活用する。

ミセルが脳へ届ける仕組み(同社ホームページより)

25年ごろの臨床試験を目指す

鰐渕社長

同社は他社とミセル技術の共同研究を展開する「プラットフォーム事業」と、既存の薬をミセル技術で脳へ届ける「自社パイプライン」の2本を事業の柱に据える。鰐渕社長は「他社との共同開発を進めつつ、病気ごとに最適な『カギ』を研究開発する」と話す。今後は開発と並行し、毒性試験などで安全に使えるのかを調べていく。

これまでに約10億円の資金調達を実施。22年には、さらなる資金調達を行う予定だ。同社は25年ごろの新規株式公開(IPO)と共同研究成果の臨床試験を目標にしている。

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小林健人
小林健人 KobayashiKento 第一産業部 記者
脳起因の病気は多く、アルツハイマー病やALSから、統合失調症など多岐に渡ります。この多くの分野に活用できるのが同社の技術です。実際、東京医科歯科大学などの研究では、これまでよりも良い結果が得られています。今後は工業的に生産した際の品質や、人間での結果を見守りたいです。

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