コロナ禍で熱狂の郊外シェアオフィス、市場を制するのは誰か|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

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コロナ禍で熱狂の郊外シェアオフィス、市場を制するのは誰か

連載・変革する働く場を狙え #01
コロナ禍で熱狂の郊外シェアオフィス、市場を制するのは誰か

東京電力HDが運営する「ソロタイム自由が丘」。個室を多く配置したが、予約が取れない状態が続いている

首都圏の都市近郊・郊外エリアで個室型のシェアオフィス事業が過熱している。新型コロナウイルス感染拡大に伴ってテレワークの導入が広がり、自宅の近くで集中して働ける場所の需要が急拡大しているからだ。シェアオフィスを手がける各社が法人顧客の獲得に向けた競争力となる多店舗展開を加速しているほか、新規参入する企業も相次ぐ。自宅でも職場でもない「サードプレイス」をめぐるビジネスが熱狂の舞台となっている。(取材・葭本隆太)

「郊外×個室」に圧倒的な需要

「そろそろ利用者からクレームが来るかも」。東京電力ホールディングス(HD)のソリューション推進室事業推進グループに所属する佐藤和之マネージャーは、東京都目黒区で運営する法人向け郊外型シェアオフィス「SoloTime(ソロタイム)自由が丘」の利用状況を前に苦笑いを浮かべる。10月の開業から1ヶ月以上、全20席中11席ある個室の予約がほとんど取れない状態だからだ。すでに混雑緩和などを目的に「(同じエリアでの)2店舗目の出店を狙っている」(佐藤マネージャー)という。

新型コロナの感染拡大は働き方を強制的に変えた。テレワークを実施する企業が相次いだが、仕事とプライベートの切り替えが難しいといった問題を抱えるワーカーは自宅近くで集中して働ける「サードプレイス」を求めた。それが都市近郊や郊外の駅前に立地するシェアオフィスの需要を急拡大させた。特にオンライン会議が利用できる個室の利用が活発化している。

自宅では仕事とプライベートの切り替えが難しいという声は多い(写真はイメージ)

東電HDは19年3月に郊外型シェアオフィス事業に参入した。東京五輪・パラリンピック開催期間に、公共交通機関の麻痺などを懸念してテレワークを実施する企業が増えると見込み、一定程度は恒常化すると予見したからだ。新型コロナという想定外の要因が起爆剤となったが、需要の拡大は期待通りと言えた。とはいえ利用者のニーズが個室に集中するところまでは予測しなかった。

そうした需要は都市近郊・郊外の各地で生まれており、さらに高まるとの見方は強い。首都圏を中心に107カ所でシェアオフィス「ZXY(ジザイ)」を運営するザイマックス(東京都港区)ジザイワーク事業部 企画部の熊手優斗さんは「(山手線の外側に位置する)郊外の拠点の多くで個室の予約が終日取りにくい状態が続いている」と明かす。

同社グループのシンクタンクであるザイマックス不動産総合研究所(同千代田区)の中山善夫社長は「新型コロナの影響を踏まえて(本社を縮小し、分散拠点を設けるといった)オフィス戦略を決断した企業(で働くワーカーによる郊外でのサードプレイス)の需要が顕在化している。ただ、オフィス戦略を決断した企業は全体の半分に満たず、多くはない。今後の各社の決断によって(本社を縮小し、分散拠点を設ける動きがさらに)出てくる可能性がある」と見通す。

好調だった東京オフィスの空室率は新型コロナ感染拡大後に軟調に転じる兆しを見せ始めた。縮小移転の動きが見られ、それが郊外型シェアオフィスの需要につながっているとみられる

新規参入が相次ぐ

「供給が圧倒的に足りていない」(複数の業界関係者)とされる都市近郊・郊外のシェアオフィス市場には新規参入する企業が相次ぐ。穴吹興産は11月に東京都立川市のJR立川駅そばのビルに1号店を開設した。同社不動産開発本部関東支社の大畑寛和さんは「働き方の変化を見据えてシェアオフィス事業を構想していた中でコロナが直接のきっかけになった」と参入の経緯を説明する。1人用個室・ブースを中心にした空間設計で郊外エリアに展開し、今後3―4年で10店舗の開設を目指す。

ダイキン工業などが出資するpoint0(ポイントゼロ、同千代田区)は「全室個室」を掲げて9月に事業参入を表明した。各地で事業主となる不動産会社などのパートナーと組み、ポイントゼロが企画立案や運用サポートを担う形で全国展開する。同社は東京・丸の内においてシェアオフィスを運営しており、同施設で蓄積した知見などを生かす。

石原隆広代表取締役は「(コロナによる)働き方のゲームチェンジを踏まえると(オフィスよりも近くて自宅よりも快適に働ける場所が)圧倒的に足りない。その母数を増やすため、新規プレイヤーの参画を促す」と意気込む。今後3年で全国100カ所の展開を目標に掲げる。

ポイントゼロが東京・丸の内で運営するシェアオフィス「point 0 marunouchi(ポイントゼロマルノウチ)」。ダイキンやパナソニック、ライオンなどの会員各社が空間ソリューションを中心とした新規事業を生み出すための実証実験の場として開設した。今後全国に展開する全室個室のシェアオフィスは、ここで生み出した新規サービスの提供先としても想定している。

また、三井不動産は個室特化型サテライトオフィス「ワークスタイリングSOLO」の提供を8日に始める。オープンスペースなどを10分単位で使える「ワークスタイリングSHARE」は17年4月から展開していたが、首都圏郊外における個室需要の高まりを受け、新サービスを立ち上げた。21年度中に30拠点まで増やす。

ネットワーク化の勝負

「『ジザイ』がものすごい勢いで(シェアオフィス用の)物件を抑えている」。東証一部上場のある不動産会社のシェアオフィス事業担当者はため息を漏らす。郊外のターミナル駅を焦点に個室中心のシェアオフィスの出店拡大を狙うが、シェアオフィス用物件の仕入れに苦戦しているためだ。競合として常に名前が上がるのがザイマックスの「ジザイ」だという。

実際にザイマックスは「コロナによってニーズが拡大した郊外を中心に出店を加速している」(熊手さん)と鼻息が荒い。16年の事業開始から約4年をかけて107拠点を積み上げたが、今年度中にその約1.5倍にあたる150―160店舗まで一気に増やす意向だ。

多店舗展開を加速させる理由は、各地に点在する需要の吸収だけではない。サービス全体の競争力を高める狙いがある。ジザイをはじめ多くのシェアオフィスサービスは企業と契約した上で、その企業のワーカーが利用する。法人顧客に選ばれるためには、居住地が分散する従業員がなるべく平等に使えるサービスの構築が欠かせない。複数のシェアオフィス会社からは「法人顧客を獲得する上で拠点数は大きな競争軸。先に店舗網を広げたサービスが勝者になる」という声が上がる。

多店舗展開を素早く実現する手段として、同種のサービスと連携する動きもある。野村不動産のサテライト型シェアオフィス「H1T(エイチワンティー)」はその一つだ。東電HDの「ソロタイム」や東武鉄道の「Solaie+Work(ソライエプラスワーク)」などと提携し、相互送客する体制を整えている。野村不動産の都市開発事業本部ビルディング事業一部事業二課の吉田篤史課長は「提携先と連携しつつ、(郊外などの)ネットワークを広げていく」と意気込む。

同社は地方都市の展開も重視する。出張者の需要にも応えられる店舗網を構築するためだ。今年度中に札幌や仙台、名古屋での出店を予定する。さらに拡大を続け、2027年度に約300店舗(うち直営は約150店舗)を目指す。

物件仕入れで問われる総合力

多店舗展開という量を揃える戦略は、シェアオフィス事業の覇権を握る上で欠かせない。とはいえ、闇雲に店舗網を広げると収支のバランスが崩れ、事業として立ちゆかなくなる。そもそもシェアオフィスはフロア貸しなどのオフィス事業に比べて建築・運営コストがかさむため、収益化は難しい。各社は無人管理システムの導入によるコスト圧縮などによって利益を捻出している。

その中にあって稼働率は重要で、それを維持するためにシェアオフィス各社の多くは出店先の立地として「駅徒歩5分以内」などを外せない要件にしている。

一方、それは物件仕入れの競争が激しくなることを意味する。「郊外に行くほどオフィス用途のビル自体が少なくなり、仕入れの難しさは出てくる。(その中で)多様なプレイヤーがよい立地を狙っており、これからますます(物件仕入れの)競争が激しくなるのではないか」(業界関係者)といった見通しが聞かれる。その中で、物件仕入れ競争では、各社の不動産事業に関わる総合力が命運を分けそうだ。

郊外のターミナル駅は特に出店を狙う企業が多い(写真はイメージ)

野村不動産の吉田課長は「CRE(企業不動産)戦略を担う部署が常に企業の相談を受けるなど、他部門から(シェアオフィスの出店に資する)多様な不動産情報が入ってきており、(不動産会社大手としての)メリットを感じている」と胸を張る。ザイマックスの熊手さんも「グループ会社で金融機関や小売業者から保有不動産の有効活用の相談を受けている。そのつながりを生かして出店につなげる」と力を込める。

もう一つの競争力

「シェアオフィス事業は2―3拠点では成立しない。多様なプレイヤーが参入しているが、難しいと思って止める事例も今後あるだろう。結果的には(店舗網などを軸に)強いモノだけが残っていく」。ザイマックス不動産総合研究所の中山社長は3―5年後のシェアオフィスの市場環境をそう展望する。新規参入が相次ぎ、事業が乱立すれば、いずれ少数のネットワークに収斂されるのは宿命だ。

では、各地の駅近くに個室型シェアオフィスの店舗網を張り巡らせることだけが事業成長の方法なのか。同研究所の石崎真弓主任研究員はそれに異を唱える。

「現在は在宅勤務をベースに考えた働き方として1人で集中して作業できる個室の供給が増えているが、その用途に限定して展開するのは本来おかしい。(作業)場所が分散するだけでなく、(分散先で)使い方が多様化するフェーズが来ないと業界は発展しない。例えば働く場所が郊外に広がるのなら、その地域とコラボレーションする空間を設けるなど多様な提案を行う必要がある」

新型コロナによってオフィス需要は都心から分散した。分散したからこそできるよりよい働き方の提案ができるか否か、その空間作りの知恵もシェアオフィス各社に求められる。

連載・変革する働く場を狙え(全5回)

#01 コロナ禍で熱狂の郊外シェアオフィス、市場を制するのは誰か(12月7日公開)
 #02 家賃2万円上昇も。都心賃貸「徒歩0分」オフィス設置がトレンドに?(12月8日公開)
 #03 貸会議室大手のTKPが邁進、コロナ禍が変えたオフィス市場の勝ち筋(12月9日公開)
 #04 オフィスから仮想世界を作る。ベンチャーが事業撤退からの再挑戦(12月10日公開)
 #05 コロナ禍で脚光の「ふるさと副業」。成功の必須条件(12月11日公開)

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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
私の自宅の最寄駅でも最近、シェアオフィスがオープンしました。幅広いエリアで出店が一気に増えているように感じます。一方、「特に1人作業用のスペースを中心にしたシェアオフィスは儲からない」という声は多く、多店舗展開によるコスト圧縮は必須で「最低でも10―15カ所展開できないのならやらない方がよい」という声も聞かれます。効率的な集客を可能にする相互送客の観点でも合従連衡の動きはさらに進みそうです。

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