METI
認知症700万人時代の到来、対策最前線
介護手法の検証や最新の予防技術まで
年をとれば誰にも起こりうる認知症。2012年の患者数は462万人と65歳以上の7人に1人の割合だったが、2025年には約700万人に上り5人に1人が認知症と推計され、高齢者全体の増加率を上回るスピードで増えることが見込まれている。患者だけでなく家族の負担や社会的費用も大きいこの問題とどう向き合っていくのかー。官民双方で新たな取り組みが始まっている。
科学的なデータや可視化しにくい経験値をAI(人工知能)に蓄積することで、介護をめぐる社会環境を根本的に改善できないか。2016年設立のスタートアップ企業、エクサウィザーズが挑むのは認知症患者などの介護現場の改革。
石山洸社長は、かつてリクルート人工知能研究所の初代所長を務めた人物で、2017年に認知症情報学の第一人者である静岡大学の竹林洋一特任教授らが立ち上げた大学発ベンチャーに参画。同年、京都大学発のAIベンチャー「エクサインテリジェンス」との合併により、エクサウィザーズは生まれた。
同時進行で進むさまざまな事業のひとつに、フランス発で40年以上の歴史を持つケア技法「ユマニチュード」の普及と、これに基づく効果解析、正しいケア手法の浸透がある。
一例が、独自の動画共有アプリとAIを活用した介護人材の育成サポート。「例えば、認知症の方とコミュニケーションを図るには20センチ程度の距離から、相手の視線を捉えて声をかける必要があります。正しい技法を知らずに横から声をかけたり身体に触ったりすると介護される側は驚き、拒絶反応につながる恐れがあります」(石山社長)。
そこで同社は、介護者が自身のケアの様子を撮影し動画を送ると、AIが相手との視線の距離などを測定。さらに介護の達人が「ここは視線を合わせやすいよう、顔を正面に持っていくといいですね」など動画に赤ペンとコメントで指導を入れることができるサービスの開発を進めている。
このサービスが浸透することで、介護者本人が自身のケアを振り返るきっかけになることはもちろん、施設全体の介護の質の向上に寄与する効果が期待される。「正しい介護手法を習得すれば介護拒否を低減でき、ひいては介護者の負担も減らすことができるのです」(同)。
同社はこの3月から自治体が保有する介護関連データを無償で解析するサービスにも乗り出した。認知症は時間の経過とともに症状が進行していくため、認知症ケアの介入効果の検証が困難だったが、AIで介護度の推移が予測できれば介入効果が可視化でき、自治体にとっては将来の財政見通しや適切な予防事業につながる効果が見込まれる。
ところで、加齢による脳の機能低下には抗いようがないのかー。どうやらそうではないらしい。近年の研究では、前頭前野に負荷を与えるトレーニングによって認知機能が向上することが実証されている。しかし、日常的な環境で手軽にトレーニング効果を把握することは困難だった。
こうしたニーズに応え、脳機能維持のための「未病ソリューション」として2018年末に発売されたのが頭に装着するウェアラブル計測端末。日立ハイテクノロジーズと東北大学が共同出資するスタートアップ、NeU(ニュー)が開発したもので、脳の司令塔と呼ばれる前頭前野の活動状態を血流から測定できる。
スマートフォンやタブレット端末に無線で接続し、脳活動レベルを測りながらトレーニングを行い、その結果をスコア化する仕組みだ。装着から測定開始まで手軽なことも特徴で、「脳トレ」で知られる東北大学加齢医学研究所長の川島隆太氏が監修した。
根底にあるのは、1995年に日立製作所の基礎研究所で生まれた光トポグラフィ。ヘッドキャップを装着するだけで脳の活動を計測、画像化できるこの技術はALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の意思伝達装置などに取り入れられてきたが、NeUの長谷川清CEO(最高経営責任者)は、早くから脳科学の産業応用に着目し、日立グループの新規事業として育成してきた経緯がある。
ここへきて、超高齢化社会の進展のみならず健康志向の高まりから、あらゆる世代で「自身をセンシングする文化が根付きつつある」(長谷川CEO)ことに手応えを感じている。
腕などに装着し、歩数や心拍数などさまざまな活動を計測するデバイスが人気を集めるのはこうした傾向のひとつ。同社では、この脳活動計測装置をスポーツクラブや量販店などの健康コーナーを中心に拡販を目指す。
「認知症への対応は喫緊の課題」。安倍晋三首相は2018年末に開かれた認知症対策の強化に向けた関係閣僚会合の初会合でこう述べた。予防研究や地域で社会参加できる方策などを議論し、2019年5月にも各施策の指針となる大綱を取りまとめる予定だ。
政府は2015年に認知症施策推進総合戦略、通称「新オレンジプラン」に基づき、認知症の高齢者を地域で支える施策を中心に講じてきたが、新たな大綱では、予防を大きな柱と位置づけ、予防法の研究や構築や新薬開発に取り組んでいく方針だ。
経済産業省も認知症を予防する機器やサービスの市場育成を目指している。自治体と企業が連携して効果を実証する枠組みを作り、専門機関を通じて評価の指標も作る。認知症は患者だけでなく家族の負担も大きく、関連する社会的費用を踏まえると、「幅広い生活産業との連携が求められ、新たな機器やサービスの開発の普及が必要」(ヘルスケア産業課)と考えるためだ。
2018年に策定した政府の成長戦略では、次世代のヘルスケアシステムの構築を柱のひとつに掲げ、介護分野では、AIやロボット、センサーの開発や導入を加速させると強調。「効果検証から得られたエビデンスを活用し、次期以降の介護報酬改定で評価する」方針を示している。
エクサウィザーズの石山洸社長は、「エビデンス取得とこれを活用するプラットフォームづくりの両輪で、いかに官民が連携できるかが今後のカギ」と指摘する。
革新的な技術やサービスが広く社会に普及し、利用者が恩恵を受けられる仕組みづくりはまさにこれから。生涯現役社会、人生100年時代の実現へ向けた試金石でもある。
AIで介護現場に革新を
科学的なデータや可視化しにくい経験値をAI(人工知能)に蓄積することで、介護をめぐる社会環境を根本的に改善できないか。2016年設立のスタートアップ企業、エクサウィザーズが挑むのは認知症患者などの介護現場の改革。
石山洸社長は、かつてリクルート人工知能研究所の初代所長を務めた人物で、2017年に認知症情報学の第一人者である静岡大学の竹林洋一特任教授らが立ち上げた大学発ベンチャーに参画。同年、京都大学発のAIベンチャー「エクサインテリジェンス」との合併により、エクサウィザーズは生まれた。
同時進行で進むさまざまな事業のひとつに、フランス発で40年以上の歴史を持つケア技法「ユマニチュード」の普及と、これに基づく効果解析、正しいケア手法の浸透がある。
一例が、独自の動画共有アプリとAIを活用した介護人材の育成サポート。「例えば、認知症の方とコミュニケーションを図るには20センチ程度の距離から、相手の視線を捉えて声をかける必要があります。正しい技法を知らずに横から声をかけたり身体に触ったりすると介護される側は驚き、拒絶反応につながる恐れがあります」(石山社長)。
そこで同社は、介護者が自身のケアの様子を撮影し動画を送ると、AIが相手との視線の距離などを測定。さらに介護の達人が「ここは視線を合わせやすいよう、顔を正面に持っていくといいですね」など動画に赤ペンとコメントで指導を入れることができるサービスの開発を進めている。
このサービスが浸透することで、介護者本人が自身のケアを振り返るきっかけになることはもちろん、施設全体の介護の質の向上に寄与する効果が期待される。「正しい介護手法を習得すれば介護拒否を低減でき、ひいては介護者の負担も減らすことができるのです」(同)。
同社はこの3月から自治体が保有する介護関連データを無償で解析するサービスにも乗り出した。認知症は時間の経過とともに症状が進行していくため、認知症ケアの介入効果の検証が困難だったが、AIで介護度の推移が予測できれば介入効果が可視化でき、自治体にとっては将来の財政見通しや適切な予防事業につながる効果が見込まれる。
認知機能の向上を見える化
ところで、加齢による脳の機能低下には抗いようがないのかー。どうやらそうではないらしい。近年の研究では、前頭前野に負荷を与えるトレーニングによって認知機能が向上することが実証されている。しかし、日常的な環境で手軽にトレーニング効果を把握することは困難だった。
こうしたニーズに応え、脳機能維持のための「未病ソリューション」として2018年末に発売されたのが頭に装着するウェアラブル計測端末。日立ハイテクノロジーズと東北大学が共同出資するスタートアップ、NeU(ニュー)が開発したもので、脳の司令塔と呼ばれる前頭前野の活動状態を血流から測定できる。
スマートフォンやタブレット端末に無線で接続し、脳活動レベルを測りながらトレーニングを行い、その結果をスコア化する仕組みだ。装着から測定開始まで手軽なことも特徴で、「脳トレ」で知られる東北大学加齢医学研究所長の川島隆太氏が監修した。
根底にあるのは、1995年に日立製作所の基礎研究所で生まれた光トポグラフィ。ヘッドキャップを装着するだけで脳の活動を計測、画像化できるこの技術はALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の意思伝達装置などに取り入れられてきたが、NeUの長谷川清CEO(最高経営責任者)は、早くから脳科学の産業応用に着目し、日立グループの新規事業として育成してきた経緯がある。
政府の対策、予防に軸足
ここへきて、超高齢化社会の進展のみならず健康志向の高まりから、あらゆる世代で「自身をセンシングする文化が根付きつつある」(長谷川CEO)ことに手応えを感じている。
腕などに装着し、歩数や心拍数などさまざまな活動を計測するデバイスが人気を集めるのはこうした傾向のひとつ。同社では、この脳活動計測装置をスポーツクラブや量販店などの健康コーナーを中心に拡販を目指す。
「認知症への対応は喫緊の課題」。安倍晋三首相は2018年末に開かれた認知症対策の強化に向けた関係閣僚会合の初会合でこう述べた。予防研究や地域で社会参加できる方策などを議論し、2019年5月にも各施策の指針となる大綱を取りまとめる予定だ。
政府は2015年に認知症施策推進総合戦略、通称「新オレンジプラン」に基づき、認知症の高齢者を地域で支える施策を中心に講じてきたが、新たな大綱では、予防を大きな柱と位置づけ、予防法の研究や構築や新薬開発に取り組んでいく方針だ。
経済産業省も認知症を予防する機器やサービスの市場育成を目指している。自治体と企業が連携して効果を実証する枠組みを作り、専門機関を通じて評価の指標も作る。認知症は患者だけでなく家族の負担も大きく、関連する社会的費用を踏まえると、「幅広い生活産業との連携が求められ、新たな機器やサービスの開発の普及が必要」(ヘルスケア産業課)と考えるためだ。
2018年に策定した政府の成長戦略では、次世代のヘルスケアシステムの構築を柱のひとつに掲げ、介護分野では、AIやロボット、センサーの開発や導入を加速させると強調。「効果検証から得られたエビデンスを活用し、次期以降の介護報酬改定で評価する」方針を示している。
エクサウィザーズの石山洸社長は、「エビデンス取得とこれを活用するプラットフォームづくりの両輪で、いかに官民が連携できるかが今後のカギ」と指摘する。
革新的な技術やサービスが広く社会に普及し、利用者が恩恵を受けられる仕組みづくりはまさにこれから。生涯現役社会、人生100年時代の実現へ向けた試金石でもある。