【昭和電工】初の抜本的な構造改革、個人の意識改革が最も重要だった |ニュースイッチ by 日刊工業新聞社

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【昭和電工】初の抜本的な構造改革、個人の意識改革が最も重要だった

【連載#12】ポスト平成の経営者 昭和電工最高顧問・大橋光夫氏
 昭和電工の大橋光夫最高顧問は、1997年の社長就任以来、自社を“ぬるま湯体質”と語り、厳しい姿勢で経営再建に取り組んだ。その根底には一人ひとりに自覚を促す意識変革があった。次世代の企業人に求められるものを聞いた。

一人ひとりが企業の信用築く


 -社長就任後の企業改革の基盤となったものは何でしたか。
 「当時の昭和電工は生ぬるい雰囲気で、問題が起きても関係者のみで処理し情報を全社に公開しておらず、同じ過ちを繰り返していた。そこで、問題を起こした原因を個人まで降ろし、全ての情報を全事業部、工場で共有することにした。一見関係のないことでも、再発防止のヒントは全事業に必ず見つかるはず。罰するためではなく、再発を防止するための情報共有だ。法令順守はもちろんだが、社長に就任し、『企業倫理』と同時に『社会正義』も追及した。企業は社会に貢献して、初めて価値が認められる」

 「独占禁止法違反は最たる問題だ。当社も複数回、公正取引委員会の立ち入り調査を受けた。1人の企業倫理にもとる行いで、企業は信頼を失うのは一瞬だが、信頼を再構築するには10年かかる。企業への信頼は社員一人一人が日々の『自分がお客さまと接している“その時”に、一人ひとりの努力の総和で企業の信用を築いている』自覚を持たなければいけない。現代も同じだ」

会社は戦場


 -経営再建では、同業他社との事業統合も実施しました。
 「統合する際に譲らなかったのは『50対50の対等合併はやらない』ということ。対等合併は、社内の主導権争いで消耗し、建設的なエネルギーを社外に向けられない。若手社員の頃、実際に出向先でこの問題を経験した。主導権を明確にすると、少額出資側に不満は残るが、同じエネルギーなら社内に使わずに外に向けて努力する方が会社全体として必ず良い結果を出せる」

 -意識の変化を促すために、表現を工夫したそうですね。
 「わかりやすい言葉として、『会社は戦場、憩いは家庭で』と言ってきた。会社は楽しくてもいいが、甘えがあると成長しない。職場に入ったらムードを切り替え、自分を磨いてほしい。また『設備投資とゴルフは手前から』と説いた。ゴルフの難しいコースで、一か八か打てば、池やバンカーにはまる。短く手前から刻むといい。設備投資の際も、顧客からの需要予測の合計よりやや控え目に設備能力を新設することが鍵だ」

政治と経済はもっと近づく


 -当時とビジネス環境が変わった今こそ、必要なことは。
 「情報が瞬時に手に入る今は、経営者も新入社員も同様に、政治や国際情勢を含めた幅広い知識と洞察力が問われる。世界市場で戦うのだから、営業も自社製品の知識だけでは不十分で、特に海外投資には政治、経済、軍事など全ての分野に関心を持ち判断しないとミスを犯す時代に入った」

 -政治と経済の接近は現代の特徴です。
 「相互の関連性は更に深く広くなっており、今後もっと近づくかもしれない。その現実を捉えた上で、自分はどうするか考えるべきだ。ポピュリズムの蔓延も情報化時代のマイナス影響と見ている。情報だけに左右されない人間力を磨くため、歴史に関する本を幅広く読んでほしい。歴史から学ぶことは多い。現代はどのような職場にいても自分の知識や職務の遂行能力だけでなく、トータルとしての人間力が試される時代となった」

国土が狭いからできる


昭和電工・大橋光夫氏

 -日本の景気は長期拡大傾向が続きました。
 「今の状態はむしろ、問題を先送りしているだけで、楽観的には見られない。最たるものが消費増税だ。財政破綻のリスク、社会保障の一体改革など、景気後退を恐れて問題を先送りしてきた。政治は、将来に責任を持ち、政策への国民の理解度を高めることが仕事だ。広大な中国や米国に比べ、国土の狭い日本なら、国民の知的水準を上げることは可能なはずだ。ポピュリズムとは異なる真の民主主義を定着させ、世界に範を示せると思う」

 -顧客産業の変化に対し、素材業界には何が求められますか。
 「マーケットから何が求められているかしっかり把握した開発が重要。以前は規模を拡大して大きなシェアを持った会社が価格決定権を持てた。だが、今は最先端技術で開発し、市場の評価に耐えうる素材でなければ、一瞬にして他社にビジネスを奪われてしまう。マーケットが何を求めるのかを見誤れば、素材は価値を失う。緊張感はこれまでになく大きい」

日本の化学業界はさらなる統合も


 「当社は幸いにして有機・無機・アルミなど幅広い事業を持つ。その幅広さを活かすため、横串を通しての開発を進めている。マーケットが将来何を望むか、技術者にもこの予測能力が求められる」
 「日本の化学メーカーは世界的に見ると規模が小さいので、技術者と研究費を確保する観点ではハンディキャップを背負っている。さらなる統合も必要になるかもしれない」

 -若い世代に期待することは。
 「歴史から学ぶ一方、刻々と変化する国際情勢への感度を高め、我々の時代を乗り越えてほしい。意見が異なる相手に寛容と調和の精神で接する能力は日本人の優れた資質だ。ITやAIの技術革命真只中の現代でも、国際社会で日本と日本人の存在価値がさらに評価される時が来ると私は信じている」

昭和電工・大橋光夫氏

連載「ポスト平成の経営者」


激動の平成を支えたベテラン経営者と、今後を担う若手経営者に「ポスト平成」への提言・挑戦を聞くインタビューシリーズ
(1)キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎氏「世界の情勢に乗るな。自ら需要を創り出せ」
(2)キヤノン会長兼CEO・御手洗冨士夫氏「米国流に頼るな。グローバル経営に国民性を」
(3)テラドローン社長・徳重徹氏「『世界で勝つ』は設立趣意。不確実でも踏み込め」
(4)ユーグレナ社長・出雲充氏「追い風に頼るな。ミドリムシで世界を席巻」
(5)プリファードネットワークス社長・西川徹氏「誰もが自在にロボット動かす世界をつくる」
(6)元ソニー社長・出井伸之氏「これが平成の失敗から学ぶことの全てだ」
(7)日本生命保険名誉顧問・宇野郁夫氏「経営に『徳目』取り戻せ。これが危機退ける」
(8)オリックスシニア・チェアマン・宮内義彦氏「変化を面白がれば、先頭を走っている」
(9)東京電力ホールディングス会長・川村隆氏「日本のぬるま湯に甘えるな。今、変革せよ」
(10)JXTGホールディングス会長・渡文明氏、10兆円企業の礎を築いた合併・統治の極意
(11)ダイキン工業会長・井上礼之氏「二流の戦略と一流の実行力。やっぱり人は大事にせなあかん」
(12)昭和電工最高顧問・大橋光夫氏、初の抜本的な構造改革、個人の意識改革が最も重要だった
(13)パナソニック特別顧問・中村邦夫氏、次の100年へ。中興の祖が語る「改革」と守るべきもの
(14)住友商事名誉顧問・岡素之氏、終わりなき法令遵守の決意。トップは社員と対話を
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(17)ispace CEO・袴田武史氏、宇宙ベンチャーの旗手が語る、宇宙業界を変える民間の力
日刊工業新聞2019年3月13日掲載から加筆
梶原洵子
梶原洵子 Kajiwara Junko 編集局第二産業部 記者
「会社は戦場」という言葉は、今の時代、そう思わない人もいるかもしれません。ただ、何かを追求しようとする人には、昔も今も同じ真剣さで挑んでいると思います。

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