ハーバード・ビジネススクール 竹内弘高教授(第3回)
ハーバードの学生に人気の「インサイド・アウト」の授業
2016/1/29
日本人で唯一、ハーバード大学経営大学院で教授を務める竹内弘高氏は、いかにして名門へ至ったのか。多くの学生団体の支援を行う横山匡氏(アゴス・ジャパン)が、その半生を聞く。
ハーバードにおける実践重視
横山:1983年から2010年まで所属した一橋大学を退職後、再びハーバード・ビジネススクールに呼び戻されました。最近ハーバードは、実践を重視する授業を始めているそうですね。
竹内:約100年間、ケース・スタディーしかやっていなかったのが、フィールド・スタディーを重視するようになりました。必修科目として、海外に1学年の900人全員を行かせるという画期的なプログラムです。
主として発展途上国の会社に5〜6人のチームを送り、その会社の立て直しをする。これが1年目の必修プログラム。
そして2年目には、IXP(Immersion Experience Program)という選択授業がある。イマージョンというのは「どっぷり漬かる」という意味です。
始まったのは東日本大震災翌年の2012年のことで、日本、中国、ブラジル、インドなどに、1月の休みの期間に2週間行くというものです。
学生が東北を訪れ、震災のときに初動が早かった企業をその年は4社取り上げました。ファーストリテイリング、ローソン、石巻港湾病院、ヤマト運輸です。トップの方にインタビューして、学生がケースを書く。
学生たちは感動して、同じようなことが起きたときに企業がどう行動すべきか、ロールモデルを記録に残す取り組みをしました。
最近では東北の起業家や会社への助言を始めています。たとえばサンマを売る商店に対して、アメリカで売るサポートをできないかといったことです。今年は酒蔵など、8社に携わりました。
インサイド・アウトの発想
横山:今、ハーバードでどんな授業を受け持っているのでしょうか。
竹内:「Knowledge-Based Strategy」という2年目の選択科目を3年間教えました。ナレッジ(知識)やウィズダム(知恵)を戦略の中心に置くのがテーマで、授業で使うケースの85%は日本企業でした。
2年目の学生にはウケが良い。1年目に習ったマイケル・ポーター教授の理論は「outside in」の発想なんです。環境、業界、競争相手を分析して、自分の立ち位置を決めるという考え方。
一方、「Knowledge-Based Strategy」は「inside out」なんです。自分の思い、ビリーフ、ミッションみたいなものから始まって、それで戦略をつくる。
この両方が必要なんだというのが結論です。今、ハーバードでは、優秀な学生はスタートアップ企業を立ち上げたいと考えているものが多い。そういう学生にドンピシャではまりますね。
横山:howよりもwhyが先に来るわけですね。
竹内:そうです。日本の経営が見直されていて、僕としてもやりがいがある。世のため人のためというのが日本では当たり前ですが、アメリカではそうではない。
去年からは、この「Knowledge-Based Strategy」をIXP改めIFC(Immersive Field Course)の中に統合しました。
留学生の質が上がっている
横山:竹内教授から見て、日本人がグローバル社会で活躍するうえでの期待と課題を教えてください。
竹内:期待はものすごく大きいです。僕はインターナショナル・スクールに通った「半ジャパ」ですが、小林亮介さん(HLAB代表理事)、小林りんさん(インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢 代表理事)ら、今活躍している人たちは「純ジャパ」の人が多い。そういう人間が中枢になる社会が来つつある。
横山:留学生の人数が減っていると言われますが、質がすごく上がっている。日本の大学に行けないから留学するというのではなく、日本で一番優秀な学生が留学し始めています。
竹内教授とアドバイザーとして発足時から一緒に活動させていただいているHLAB(エイチラボ:リベラル・アーツをテーマに行われる高校生対象のサマースクール。ハーバード大学など海外の大学生が講師を務める)に日本全国から選出された高校生がくるんですが、世界の中の一員として、境界線を持たずに、やりたいことを世界でやりたいという思いが自然と持てるようになっている。
竹内:HLABは、私のオリンピックのときの経験とダブります。合宿を通じて、ああいうお兄さんお姉さんになりたいと思って決断する。
親から「東大に行ってほしい」と言われても、それを振り切って海外の大学を選ぶ。ああいうお兄さんお姉さんになりたいと思わせる枠組みが大事なんです。
旧制高校の復活を提案
横山:課題はどうでしょうか。
竹内:まず、国際人材としての基礎となる英語力が決定的に足りない。TOEFLの平均点数を見るとアジアでは下から2番目です。最下位は北朝鮮です。
さらに、この前、意見を聞きたいと文科省の人が来たので、旧制高校を復活させてくださいと伝えました。旧制高校はすごく青臭い議論をして、リベラル・アーツを学ぶ「場」そのものでした。
戦後の教育はそれを否定して、変な方向へ行ってしまった。その最たるものが「ゆとり教育」です。
アメリカには日本の「文科省」のような機関はないんですよ。国が全部やろうとしていること自体に無理があると思っています。日本政府の主導でつくったTOEICは、サッカーでたとえれば間違った位置にゴールポストを置いているようなものです。TOEICで900点取っても、英語を話せない人もいる。努力する若者に正しい、成果の出る努力をさせないといけない。
HLABのような取り組みを通して、若者はだんだん気がつき始めている。東大以外の選択肢があるのだと。そういう機運は楽しみですよね。
横山:次の10年で取り組みたいことはありますか?
竹内:さっき言った「純ジャパ」が、主役になるような日本をつくりたいというのが夢です。彼らがどーんと主流になる手伝いをしたい。
【インタビュー後記】
私が初めて竹内教授に会ったのは2001年の5月でした。本業の留学指導の絡みでハーバード・ビジネススクールの「ジャパン・トリップ」のスポンサーをしたことで、レセプションに呼んでもらいました。
それから3年連続でその場に教授が来るんですね。そしてメインゲストスピーカーが講演した後に、毎年竹内ミニセッションが設けられる。すると聴衆を引きつけ、毎年主役を食っちゃう。
「誰なんだ」と思って聞いたら、30歳前後のときにハーバード・ビジネススクールで教えていたとのこと。野球でたとえればヤンキースで活躍していたようなもので、心の底から驚きました。
竹内教授は一橋大学で国立大学初のグローバルMBAプログラム(ICS)を立ち上げていたので、私たちが主催するMBAイベントに参加してもらうなど、さらに交流する機会が増えていきました。
そして、2011年からは ともにHLAB の創立メンバーになり、さまざなかたちで交流させてもらっています。
ご本人は「私や横山さんは日本社会では亜流で」といつもアウトローを語りますが、私はともかく、ハーバード・ビジネススクールの教授が亜流な訳もなく、グローバルの「ド本流」にいるわけです。
次なるグローバルな「ド本流」が続くように、出会った多くの教え子と交流・指導・応援し続ける姿勢を見て、常に刺激と学びを与えてもらってきてきました。
今でこそ「ひろさん」なんて気軽に呼ばせてもらっていますが、私が竹内教授から感じる個性は、義理・人情・浪花節(略してGNN)に厚い「古き良き日本とグローバルの竹内流の融合」と、圧倒的な「心に残るメッセージの届け方」です。
たとえば、HLABで「Wise Leaders」の講演を1回聞いた後、そのセッションのエッセンスがストーンと頭から心におちて残りました。それぞれの人が他人事ではなく自分のこととして聞くことができ、忘れられないメッセージになるのです。
高校生に対しても、社会人に対しても、同じ厳しさと優しさで「本気で触れ合う」姿に、いつも「おまえたち頑張れ、幸せになれ!」という応援メッセージを感じています。
時にシンプルに、時にしたたかに、常に自分に忠実に。そんな姿をこれからも若い世代に伝染させることを期待し、願っています。
アゴス・ジャパン代表取締役
一般社団法人 HLAB 共同創立者・ヘッドコーチ
横山匡
(構成:木崎伸也、写真:大隅智洋)
*目次
前編:ハーバード竹内教授の原点。手紙と交渉で勝ち取った外資系の内定
中編:マッキンゼーとハーバードからオファー。てんびんにかけて下した決断
後編:ハーバードの学生に人気の「インサイド・アウト」の授業