ネジにまつわるトラブルとして代表的な物は、締め込み過ぎてネジ穴を破壊してしまった、ネジが途中で折れた、固く締まったネジを緩めようとしたら工具を掛ける部分が崩れた、ネジをナナメに捻じ込んでしまったなどでしょう。
全て作業者のミスによるもので、注意して作業していれば防げるトラブルです。
ところが、作業者に落ち度が無いトラブルもあります。
ネジをいくら回しても緩む気配が無いとか、締め付けの最後で空転してキッチリ締め付けられないとか、ネジ山が破損しているワケではないのに何故??というトラブルです。
その原因は『ウェルナットの劣化』が原因かもしれません。
でもちょっと待った、そもそもウェルナットって何でしょう?
目次
ウェルナットとは?どの部品のこと?
「空転して緩まなかったり締めきれなかったりする場合はウェルナットが犯人かもしれません」と言われても、ウェルナットがどんな物なのか知らなければ何の事やらサッパリ解らないはず。
そこでまずはウェルナットを簡単に解説します。
ウェルナットは『ゴムの中に金属製のナットが埋め込んである筒状の部品』です。
埋め込まれた金属製のナットは筒の中の一部にしか無く、ナットの無い部分は単なるゴムの筒になっています。
表から見ると単なるゴム製の筒、でも穴を覗き込むと一部に金属のネジ山が見える、そんな部品です。
ウェルナットの用途(使い方)は?
ゴム製の筒の中の一部に金属ナットが埋め込まれている変な部品(ウェルナット)で何をするのか?
これはウェルナットは穴の開いた2枚の板状パーツを結合したり、パイプの穴に別の部品を固定したりするのに使われます。
でもそれってボルトとナットで締めてるからであって、ゴムの筒があるのは関係ないのでは……と思われたかもしれません。
実はソコがポイント。
ウェルナットが単なるボルトとナットの組み合わせではないのは、ゴムを挟むことで『ある程度緩く固定』し、部品と部品をガッチリ固定したくない部分に使用されます。
また、部品の裏に手や工具を入れる空間が無く、表からしかアプローチできない場所でも使用されます。
バイクの場合はこの用途(使い方)で使われている事が多いです。
とても便利なので外装類で多用されています。
ウェルナットの仕組み
最初に書いたように、ウェルナットはゴム製の筒の中に金属製のナットが埋め込んである形状をした物です。
ボルトを締め込む事で部品と部品を固定するための物なのでナットの一種です。
名前もウェル「ナット」ですしね!
普通のナットと違うのはナットを回したり固定するための工具を掛ける部分が存在しないこと。
そもそも工具や手が入らないような空間で使われるのが目的なので、工具で回せるようになっていても意味がありません。
ではどうやってナットが空回ししないようにするのか?
その秘密がナット全体をゴムで包んであるような構造にあります。
基本的にゴム部分と固定したいパーツが擦れる際の摩擦によってウェルナットが空回りしないようになっています。
また、ボルトを締めるとウェルナットのゴム部分が変形し、その変形によってさらに固定力が高まります。
ナットの位置が動かないようにするのも、ボルトの締め込みで部品を固定するのも、全てはゴムが生む摩擦力。
締め込んでいるボルトはウェルナット内に埋め込んである金属製のナットを引き寄せてゴムを変形させているだけ……というのが、普通のボルトとナットの組み合わせと違う部分です。
カウルとカウルの合わせ、ハンドルバーの先端(ハンドルバーエンド)、スクリーン固定などで多用されるので何気なく使っているかもしれませんが、よく考えると「ちょっと特殊なナット」なのです。
ウェルナットの締め方は?
通常のボルトとナットを使用した場合、ボルトによって締め付けが始まるまで(軸力が発生するまで)は抵抗無くスルスルと回り、締め付けトルクが発生しはじめると急速に回らなくなるのが正常です。
部品と部品に隙間がある時は締め付けトルクが発生しないので簡単にボルトが回り、隙間が無くなるとネジの生む軸力によってガッチリと固定される流れです。
締め付け完了時にはボルトがカッチリとした手応えで回らなくなり、その時に「どのくらいの力を掛けた際に回らなくなったと判断するのか?」という数値がサービスマニュアルに書いてある「締め付けトルク」という事になります。
ところがウェルナットの場合はゴムの摩擦によって位置が固定され、ゴムの変形によって部品を固定するので、ボルトを回すといきなり軽い抵抗があるのが普通です。
筒の中にあるネジ部は金属ナットの部分にしか無いのですが、ゴム筒の内側はネジとほぼ同サイズの穴になっているので、ボルト側のネジ山が接触して抵抗が発生するからです。
また、ゴムという弾性体を介して締め付ける関係上、明確な締め付け完了の手応えがありません。
ゴムが変形すると締め付け完了……なので、本当にこれで良いのか?と悩むくらいグニグニした手応えのまま締め付け完了します。
そういうナットなのです。
その構造上、ゴムの変形した感触がしていればOK。
力を込めればまだ回せると思ってグイグイ締めていると、引き込まれたナットによってゴム部分が捻じ切れて破損してしまいます。
ですので、回す力がぐぐっと重くなったらそこでオシマイ。
サービスマニュアルに締め付けトルクの記載がある場合、他の通常のボルトより遥かに小さな締め付けトルクが指定されているはずです。
手の感覚勝負な部分が大きいので、表裏丸見えの部分で締めてみて「どのくらいの力で回すとどのくらい変形するのか?」を確認したり、「どのくらいの力で破壊されるのか?」を試してみるのもオススメです。
緩まない時の原因
ウェルナットを緩めようとしたらどれだけ回しても緩む気配が無い事があります。
これはウェルナットの中に埋め込まれたナットと緩めようとしているボルトのネジ部が緩むより先に、ウェルナットそのものが回っている(空転している)からです。
この際、緩めるボルトの手応えが結構な重さのまま空転する場合は、ウェルナット内のナットとボルトとのネジ部がサビなどで固着してしまっています。
緩むべき部分が緩まないので、ゴムと固定部品の接触抵抗を維持したまま果てしなく空転してしまっている状態です。
ただし、こうなる例は稀です。
構造上ネジの掛かりが浅い(ボルトとナットの接触面積が少ない)ので、ネジ部が多少サビたとしても比較的簡単に固着が外れてしまうからです。
※これとは別に、ウェルナットを貫通したボルト先端がサビると取り外しが非常に困難になります
では通常はどうなるかと言うと、軽い力で永遠に回ってしまうのが典型的症状です。
この場合もボルトとナットのネジ部が固着してウェルナット自体が空転しているのですが、ネジ部がサビて固着している事よりもゴム部が劣化しているのが原因になります。
ウェルナットは埋め込んであるナット以外はゴムですが、ゴムは熱や水分や紫外線で劣化しやすい特性があります。
柔らかいゴムで出来ているタイヤを長年放置しているとカチカチのプラスチックのように固くなりますよね?
アレと同じ事が起こってしまうのです。
また、パンクしたタイヤを長年放置するとパンクして凹んだ形状のままカチカチに固まってしまいますよね?
ウェルナットはボルトを締め込む事でゴムを変形させて部品を固定しているナットなので、変形させたまま長い時間が経過するとそのまま元の形に戻らなくなるのです。
変形したまま固く硬化してしまったとしたら……、ウェルナットをその場に固定しておくべきゴムの摩擦力を生まなくなってしまいます。
こうなるとボルトを回そうとするとナット本体も一緒に回ってしまうので……緩むわけがないです。
例外的ですが、前回の整備でボルトを締めた際に、力一杯締めたせいでウェルナットそのものを途中で捩じ切れてしまい、ウェルナットの中でナットが空転している場合もあります。
ゴム部分は十分過ぎるほど変形しているのでパーツ同士の結合は出来ていますが、ナット部分が固定されていないので緩める事も締める事もできない非常に困った状態です。
空転する時の対処方法
空転してしまうのは、ようするにウェルナットのゴム部分が変形したまま固く硬化して固定摩擦力を生まなくなっているのが原因ですから、何とかしてウェルナットの空転を止めれば緩める事が可能になります。
もし裏から手を入れて押さえられたりペンチで挟んで固定できるなら、ウェルナットを固定してボルトを外すだけです。
でもウェルナットは手や工具が入らない場所で使われる事が多いので、多くの場合は空転するウェルナットを手や工具で挟んで固定する事はできません……。
板状の部分で使われている場合
空転して困るのは、大多数がカウルやスクリーンのように穴の開いた板状のパーツを固定している部分のはずです。
これは片方のパーツを手で浮かすように力を加える事で上手く緩む事が多いです。
手で持ち上げたり押し下げたりする事でウェルナット本体に引っ張る力や押し付ける力が加わるので、それによってウェルナットとパーツとを固定している部分の摩擦力を上げてウェルナットの空転を防ぐという作戦です。
筒状の部分で使われている場合
ハンドルバーエンドやフレームパイプなど、筒状のパーツにウェルナットを埋め込んでパーツを固定している場合では、ゴムが硬化する事で固定摩擦力を失ってしまいます。
そういう場所では空転以前に固定しているパーツが脱落してしまいます。
手で引っ張ったら簡単に抜けてしまうはずなので、機能を失ったウェルナットは交換しましょう。
締め付けで空転する場合
締め付ける際にウェルナットが空転して締め付けられない場合は、そのウェルナットはもう機能を失っているという事です。
ゴム製品の寿命なのですぐに交換しましょう。
今が苦労せず交換できる最後のチャンスです。
緩める時と同じ工夫をすれば(カウルの片方を押し付けつつ締めれば)無理やり締める事も可能ですが、次回外す時はゴムが更に硬化しているはずなので非常に苦労する事になります。
最悪の場合
とても大変な事になるのは筒状のパーツの中に抜け止めの段差が設けてあり、その向こう側でウェルナットが空転してしまっている場合です。
表からは空転しているウェルナットが見えず、段差があるので無理やり引き抜く事もできない……。
この場合は残念ながらお手上げです。
ボルトの頭が飛び出ていればブライヤーで固定してからドリルでボルトを破壊する事ができますが、皿ネジなどではボルトを固定できないので困難になります。
また、何とかボルトを破壊できたとしても、空転していたウェルナットは中に残ったままになり取り出せません。
もう最悪。
イチかバチか、私(門脇)がやった方法は、空転させながらパーツクリーナーなどを大量に吹きかけてゴミや汚れを洗い流し、十分乾燥したところで瞬間接着剤を流し込んでしまう方法です。
こうして外したいパーツもとろもウェルナットを接着してしまい、ウェルナットからボルトを抜いた後で外したかったパーツをウェルナットごと無理やり引き抜くという野蛮な方法です。
成功確率はとても低く、運良くボルトが回せて抜けたとしても、たいていウェルナットが筒のの中に残ってしまいます。
残ったウェルナットを取り出すのは大変な苦労を伴うので、正直オススメできません。
もし空転するウェルナットが嵌っているのが金属性の筒(例えばハンドルバー)ならば、バーナーで炙ってウェルナットを溶かすという更に強引な手段もありますが……、これもオススメしかねます。
頑張ってボルトを斜めにして筒の内側にウェルナットを押しつけ、何とかして緩めたらボルトは完全に抜かずに残しておき、そのボルトを引っ張る事で抜くしかありません。
本当に最悪。
締め切ったのに全然固定されない時の対処方法
ウェルナットにボルトを捻じ込んで、ウェルナットのゴムが変形していく感触があって、もうゴムが変形できない段階までボルトを締め込んだのにパーツが全然固定されない……。
こうなる原因は単純にウェルナットのサイズが合っていないからです。
純正部品を使っているのにこうなる場合は、何らかの作業が間違っているか、固定したいパーツが摩耗して薄くなったり穴が広がっているはずです。
すり減ってしまって本来のウェルナットで固定できない場合、1サイズ大きなウェルナットを使う事で対処できる場合があります。
本来の姿ではないのでオススメはできませんが、応急処置ではそういう使い方も可能です。
ネジのように見えるけれど実はゴム、そのギャップがトラブルを生む
ウェルナットはボルトと一緒に使ってパーツを固定するための『ナット』ですが、普通のナットと違ってほぼゴムで出来ています。
用途はナットですが、作用はゴム。
そのゴムの弾性を使って変形する事でパーツを固定する物なのに、普通のナットのように締め込むと過大に変形してしまいます。
そして、過大に変形すると元の形状に戻る事ができなくなり、緩める事ができなくなってしまうのです。
それに、なにしろゴム製なので通常のナットのように何年にも渡って何度でも繰り返し使える物ではありません。
熱や紫外線や水分によって時間の経過と共に弾性が失われて変形したまま硬化してしまう宿命です。
ゴム部が硬化すると本来の用途を果たさなくなるので、そうなる前に交換するべきパーツです。
特に頻繁に着脱する部分、例えばカウルやスクリーンの固定ボルトは比較的高頻度で着脱する部分のはずなので、弾性が失われてきたと感じたら早めに新品に交換してしまいましよう。
ゴム製品を早めに交換するのは、整備で苦労しないで済むコツの一つです。
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中古のトランザルプ400のスクリーン交換で泣きそうになったのを思い出しました。マジやばかった。でも、あれで学びました(笑)自分で整備ってそれの繰り返しですよねー。