2ストロークでも4ストロークでも、エンジンからシリンダーを抜き取るメンテナンスは高難度で知識と経験が必要です。組み立ての際にはピストンリングを破損しないよう細心の注意を払う必要があるのと同時に、4気筒エンジンの場合はシリンダーベースガスケットを傷めないように配慮しなくてはなりません。そのアイデアのひとつが、ガスケットをシリンダー側に付けた状態でクランクケースにセットする方法です。
4気筒エンジンのピストン挿入方法はメカニックごとに十人十色
ピストンリングを組み込んだピストンをコンロッドに取り付ける際に、最も緊張するのがピストンピンクリップの取り付けだ。クリップ溝から滑って外れてクランクケース内に落下したら目も当てられないので、クランクケースの穴にはウエスなどを押し込んでから作業する。ペーパーウエスはギュウギュウに押し込んだつもりでも思ったより隙間があるので、布ウエスがおすすめ。
ピストンベースを製品として販売しているメーカーや工具ショップもあるが、ピストンの水平を確保できればどんな材料を使っても良い。4気筒エンジンのピストンの高さを揃えると全体的にピストンが下がってしまうので、1、4か2、3のピストンが上死点にある状態で先に2気筒分のシリンダーを挿入した方が作業しやすいというメカニックもいる。
圧縮圧力の低下やブローバイガスの増加などが原因でピストンリングを交換するする場合、バイクのエンジンではクランクケースからシリンダーヘッドとシリンダーを取り外すのが一般的です。2ストの原付スクーターやホンダ横型の4ストロークをきっかけにエンジンいじりに興味を持ったライダーにとって、シリンダーヘッド、シリンダー、クランクケースの3階建て構造は当たり前の光景のはず。一方で自動車のエンジンを見ると、多くはクランクケースとシリンダーが一体式で、その上にシリンダーヘッドが載る構造になっています。
両者のエンジン組み立て時に直面する最大の違いは、大半のバイクが「ピストンにシリンダーをかぶせる」のに対して、自動車のエンジンは「シリンダーにピストンを挿入する」ことが多いことです。シリンダーとクランクケースが一体の自動車のエンジンは、クランクケース下部からにしてもシリンダー上部からにしても、ピストンとコンロッドをセットにした状態でひとつずつシリンダーに挿入します。この時、コンロッドはまだクランクシャフトに組み付けられていないので、シリンダーに対してピストンを挿入する作業はさほど難しくありません。
これに対してバイクのエンジンは、事前にクランクシャフトに組み付けられたコンロッドとピストンにシリンダーを被せるように組み立てるのが一般的です。そしてピストンはピストンピンを軸に首を振るため、シリンダーに対して傾けることなく真っすぐ挿入するための難易度が上がります。
単気筒エンジンならピストンの傾きに応じて、スタッドボルトとの干渉を考慮しつつシリンダーも傾けることができますが、4気筒エンジンではそうはいきません。ヤマハYZF-R1の270°クロスプレーンクランクのような特殊な例もありますが、通常は1、4番と2、3番ピストンがセットとなり180°位相がずれた位置にあり、複数のピストンを同じタイミングでシリンダーに収めなくてはなりません。
ピストンが傾いた状態でシリンダーに入ると、両者が干渉して引っかかるのはもちろん、シリンダースリーブの端部でピストンリングを破損するおそれがあります。それを防ぐためにピストンリングコンプレッサーがありますが、コンプレッサーを装着したピストンが首を振った状態でシリンダーを被せると、やはりリングを破損するリスクがあります。
カワサキZ1/Z2の場合、かつてはメーカー純正専用工具として4個のピストンを同時にホールドできるピストンリングコンプレッサーを用意していました。これは4個のピストンを同じ高さに揃えてピストンリングを縮めておき、シリンダーを被せるものでした。
4気筒のピストンを同時に挿入する難しさから、1、4と2、3ピストンをセットで組み付けるパターンが多い中、4個のピストンが傾かないよう専用工具を用意するというのはさすがメーカーの発想ですが、機種ごとにボアやシシリンダーピッチが異なることからこの方式を採用した汎用工具は存在しないようです。
- ポイント1・4気筒エンジンの組み立て作業ではピストンを真っ直ぐシリンダーに挿入することが、リング破損を防ぐために最も重要
- ポイント2・メーカー純正専用工具には4個のピストンのリングを同時に圧縮できるコンプレッサーがあった
ピストンベースでベースガスケットを傷つけないようシリンダー側に仮止めする
ピストンベースにはピストンの重量が加わり、さらにシリンダーを挿入する際の位置調整でこじられる可能性もある。そうした不安要素を取り除くための手段が、シリンダーベースガスケットをシリンダー側に仮固定しておく方法だ。液体ガスケットで貼り付けると、次にシリンダーを外した時に固着して剥がれづらいこともあるが、輪ゴムならそんな心配も無用。
ピストンベースを使っても、個々のピストンの角度が完全に揃わないこともある。そのような場合はシリンダーを途中まで入れて調整を行うが、この時にクランクケース側にガスケットがないのでピストンをシリンダーに挿入することだけに専念できる。
シリンダースリーブ下端のスカートのテーパーも利用してピストンリングを挿入する。トップとセカンドはこの方法でうまくいくことが多いが、オイルリングが3分割タイプの場合、薄いサイドレールの噛み込みに要注意。スリーブに対して明らかに引っかかっている時はシリンダーが入らないが、サイドレールが部分的にはみ出しているような場合はちょっと強めに押すとリングを曲げながら入ってしまうことがある。もちろんこの状態でエンジンを始動すればシリンダーは傷だらけになってしまうので、慎重に挿入することが重要。そしてシリンダーが収まったらクランクシャフトを回して、ピストンがスムーズにストロークすることも確認する。
ピストンベースを取り除きシリンダーが完全に下がりきる前に輪ゴムを切断する。シリンダー上面のエッジ部分でドライバーの柄などを押しつければ、輪ゴムは簡単に切れて回収できる。
古いピストンピンなどをカラー代わりにしてシリンダーをクランクケースに押しつけておくと、クランクシャフトを回した際のシリンダーの浮き上がりを防止できる。スムーズに回らず何か引きずっているような手応えがあるときは、躊躇せずシリンダーを外してリング破損がないか確認する。
4気筒エンジンのシリンダー組み付け方法はプロのメカニックでも人それぞれで、2気筒ずつセットにして組む人もいれば、4気筒まとめて挿入する人もいます。4気筒分のピストンを同時にシリンダーに挿入するには、ピストンが首を振らないように支えることが何より重要で、そのためにはクランクケース上にセットするピストンベースが必須アイテムとなります。
専用品でも流用品でも構いませんが、シリンダーに対してまっすぐ挿入できるようピストンベースでピストンを保持できれば、組み付け作業はかなり楽になります。もちろん、ピストンリングの圧縮は不可欠ですが、純正シリンダースリーブの下端は裾広がりとなるようスカート状になっていることが多いため、リングに近づいたところで少し圧縮してスカートの裾に入れば、スタッドボルトに沿って自重で下がろうとするシリンダーは思いの外スムーズに入る場合もあります。
本来的にはピストンリングコンプレッサーを使用すべき作業なのでお勧めはできませんが、ベテランになると4つの高さが揃ったピストンリングにスリーブのスカートが触れるたびに圧縮し、スカート部分のテーパーを利用して器用に組み付けるメカニックもいます。
ピストンベースを使用する場合、クランクケースとシリンダーの間に挟まるシリンダーベースガスケットはあらかじめクランクケース上にセットしておくのが一般的なやり方です。しかしこれだと、ピストンベースがガスケットを押して傷つけてしまう可能性があります。そこで編み出されたのがガスケットをシリンダー側に仮止めするテクニックです。
液体ガスケットを接着剤代わりにするというのはよくある手法のひとつですが、ここで紹介するのは輪ゴムを使う方法です。方法というほど大げさなものではなく、単にシリンダー下面に置いたベースガスケットにいくつもの輪ゴムを掛けて落下しないようにするだけの話ですが、これだけのことでピストンベースがガスケットに与えるダメージの懸念がなくなり、ピストンリングの挿入に多少手こずっても剥がれて垂れ下がることはありません。またガスケットを併用した際にしばしば発生する、エンジン外部へのガスケットはみ出しも発生しないため、レストア作業では仕上がりのクオリティ向上にも役立ちます。
ガスケットを輪ゴムで吊った状態でピストンを挿入し、ピストンベースを取り外したところで輪ゴムを切断すれば、ガスケットは所定の位置にピタリと収まります。一カ所切断すればクランクケース内に破片が落下することなく回収できるのも輪ゴムを利用するメリットです。
ピストンリングコンプレッサーを使わない、ガスケットを輪ゴムで吊るといった手順はサービスマニュアルには記載されていません。しかし目的を達成するための手段としては充分に機能しています。ピストンベースに4連ピストンコンプレッサーを組み合わせればさらに低リスクで確実な作業ができるはずです。現場の知恵とも言えるこうしたテクニックがあることを知っておくことで、さまざまな作業で応用できる時がくるかもしれません。
- ポイント1・ピストン下部とクランクケースの間にピストンベースをセットすることで、シリンダー挿入時のピストンの傾きを防止できる
- ポイント2・シリンダーベースガスケットを輪ゴムでシリンダー底面に吊って組み付けることで、ピストンベースでガスケットを傷つけるリスクを回避できる
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