ホイールやエンジン内などで軸を受ける部分に組み込まれているベアリングは、滑らかな回転に不可欠な部品です。エンジン内部のようにオイルで潤滑されるものや、ホイールベアリングのようにグリスで潤滑されるものがありますが、どちらのタイプも潤滑不良や異物の混入によって機能が損なわれた場合は交換しなくてはなりません。その際に使用する代表的な工具が「パイロットベアリングプーラー」です。

圧入相手が「軸」か「ハウジング」かによって使用工具が異なる

回転する部品の荷重を受けつつ、軸をブレさせず滑らかに回転させるために使われているのがベアリングです。存在を意識するか否かは別として、バイクの部品の中で最もよく知られるベアリングといえばホイールベアリングでしょう。あるいは自分でエンジンまで分解組立するような方であれば、クランクシャフトやミッションシャフトとクランクケースの支持部に組み込まれているベアリングを思い浮かべるかもしれません。
バイクのベアリングは、受ける荷重の種類や求められる性能に応じてボールベアリングタイプの名称で知られる「玉軸受け」や、ニードルローラーベアリングやテーパーローラーベアリングなどの「ころ軸受」が使い分けられています。そしてそれらは、内輪か外輪のどちらか一方を圧入して使用しています。

ホイールベアリングの場合、ホイールハブのハウジングに対して、ベアリングの外輪を圧入します。内輪にアクスルシャフトが貫通しますが、両者は圧入でなはく手で抜き差しすることが可能です。
一方、ミッションシャフトの中には、シャフトにベアリングの内輪を圧入しているタイプがあります。ベアリングが圧入されたシャフトをクランクケースに組み付ける場合、ベアリングの外輪とクランクケースのハウジングは圧入ではありません。
圧入する相手が軸なのかハウジングなのかによって、ベアリングをセットする際に押す場所が異なるとともに、交換などでベアリングを取り外す際に必要な工具の種類も変わります。
ホイールベアリングを見ても分かりますが、ハウジングに圧入されたベアリングは外輪を外側から掴んで引き上げることができません。貫通したハウジングに圧入されたベアリングであれば、内輪を叩くことで反対側に抜くことが可能な場合もありますが、ハウジングが「行き止まり」だとこの手は使えません。

このような場面で活躍するのがパイロットベアリングプーラーです。

ベアリングプーラーの要はベアリング内輪の内径サイズに応じたチャック

行き止まりのハウジングに圧入されたボールベアリングを取り外すための専用工具であるパイロットベアリングプーラーは「内輪を内側からグッと掴んで引き上げる」という動作で機能します。
ホイールベアリングとアクスルシャフトの関係のように、シャフトが内輪の内側を貫通する=内輪内径よりシャフト直径が細い場合は、内輪の内側を掴むことはできません。そうはいっても、内輪内径より太いシャフトはそもそも内輪を通りません。この板挟み状態を切り抜けるため、内輪に挿入する「チャック」と呼ばれる部品の直径が僅かに拡張するように設計されているのがパイロットベアリングプーラーの最大の特徴です。

チャックは先端部分から根元に向かって十字の切れ込みが入っていて、根元から先端に「プッシュボルト」をねじ込みます。プッシュボルトの先端はテーパー形状で、ねじ込むに従ってチャック先端を外側に押し広げていきます。それがベアリング内輪に押しつけられることで固定され、プッシュボルトと一体となったチャックを引っ張り上げることでハウジングに圧入されたベアリングが抜けてくるという仕組みです。
ベアリング内輪にチャックをしっかり押しつけるには、双方の寸法差が小さいほどベターです。寸法差が大きいほどチャック外径の変化量が大きくなり、ベアリング内輪に押しつけるために大きな力が必要になります。裏を返せば抜けやすいということです。
このため、セット工具として販売されているパイロットベアリングプーラーは、ボールベアリングの内径に応じたサイズのチャックが複数用意されているのが一般的です。

ボールベアリングの寸法規格は4桁の数字で示されており、十の位と一の位の2桁が内径寸法を表します。この寸法は実際の内径ではなく記号で、00なら内径φ10mm、01はφ12mm、02はφ15mm、03はφ17mm、04はφ20mm……となっています。
当記事で使用しているパイロットベアリングプーラーセット、は工具ショップアストロプロダクツの製品で、下はφ8mmから最大φ35mmまで10個のチャックが入っています。セットによってはチャックのバリエーションがこれより少ない製品もあります。
チャックの入り組みがどの程度であれば足りるかは、作業内容によって変わるため一概には言えません。ソケットレンチセットのソケットが19mmまでで良いのか、24mmまで欲しいのかの違いのようなものです。

ただ差込角が同じなら、メーカーやブランドが違っていてもソケットは後から買い足せるのに対して、パイロットベアリングプーラーのチャックは単品で購入できるとは限りません。
アストロプロダクツの製品例では、最大チャックサイズφ25mmのセットもあります。しかし後に紹介する作業例で使用したスプロケットハブに圧入されたベアリング内径はφ30mm立ったので、最大φ25mmのセットでは取り外すことができません。「大は小を兼ねる」の言葉通り、チャックの入り組みも多い方がより多様な作業に対応できることは確かです。

内輪にチャックを固定すればベアリングは気持ちよく抜けてくる

パイロットベアリングプーラーを使って圧入されたボールベアリングを引き抜く作業で、最も重要なのはベアリング内輪サイズにマッチしたチャックを選択することです。
先に説明した通り、ボールベアリングの内径は規格によってサイズが決まっており、φ11mmやφ14mmという寸法はありません。ですから、内径がφ10mmなら10mm用のチャック、φ17mmから17mm用チャックを使用します。
ここで若干迷うのは、内輪にチャックを挿入する際にサイズが合っていてもスムーズに入らない場合です。チャックの先端をよく見ると、実はツバが広がっています。このツバは内輪を反対側まで貫通した時に抜けにくくする「返し」となる部分で、そのため挿入時に引っかかりを感じるのです。

しかしこの時、内径φ17mmのベアリングに15mmのチャックを挿入するようにワンサイズ小さくすると、プッシュボルトを締め込んでチャックが拡張しても内輪の保持力が充分に確保できず、空振り状態で抜けないトラブルにつながります。
したがって、チャックを手で押さえただけではスムーズに内輪に入らなくても、双方のサイズが合っていれば、チャック根元を軽く叩いて挿入すると良いでしょう。また、返し部分が内輪の内側にある状態でプッシュボルトを締めても、チャックの接触面積が不十分で引き抜けません。チャックが内輪を貫通し、すぼまった返しが広がった手応えを感じた時点で、プッシュボルトを締め付けることでチャックが内輪に密着します。

ベアリング内輪にチャックがしっかり密着したら、ベアリングホルダーやその他の部分にプーラー本体の足を掛け、センターボルトをプッシュボルトにある程度ねじ込み、ボルトの途中にあるナットを締めます。センターボルトを回り止めした状態でナットを締めると、センターボルト先端のチャックが保持したベアリングが抜けてきます。
この工程で注意すべきは、センターボルトを支える横柱とチャック(プッシュボルト)のクリアランスです。プーラー本体の門形の足の着地点の高さによっては、ベアリングが抜ける前にチャックが横柱に当たってしまうことがあります。
こうなるとベアリングは抜けないので、本体をセットする際の足の着地位置を見当しなくてはなりません。足をどこにおいてもチャックと横柱の隙間が不足するようなら、足の下にソケットレンチのソケットを入れて高さを稼ぐのも有効です。ただしその場合、センターボルト引き上げ中に足が倒れないよう安定を確保することと、足が左右で傾かないように高さが揃えることが重要です。

パイロットベアリングプーラーは軸方向に大きな力を加えながら内輪を引き上げます。そのためボールが転がる軌道面に打痕や傷が付く恐れがあるため、一度取り外したベアリングは再使用せず新品に交換するのが原則です。
潤滑不良やサビなどで交換する場合はそもそも再使用することは無いと思いますが、ホイールを再塗装する際に性能面では問題なくても一時的に取り外したい、ということがあるかもしれません。しかし想定外の方向から力を加えて引き抜いているため、新品ベアリングに交換することをおすすめします。

ハウジングに圧入されたベアリングを取り外す際は、ハウジングにダメージを与えないことが何より重要です。ベアリングを無理にこじってハウジングを変形させてしまえば、次に組み付けるベアリングが本来の性能を発揮できない可能性もあります。そんなリスクを回避するためにも、パイロットベアリングプーラーを正しく活用しましょう。

POINT

  • ポイント1・ベアリングは軸に圧入して使用する場合と、ハウジングに圧入して使用する場合がある
  • ポイント2・ハウジングに圧入されたベアリングを取り外すためにパイロットベアリングプーラーは、ベアリング内輪にセットするチャックが重要
  • ポイント3・ベアリング内径サイズに適合したチャックを使用することで、ハウジングを傷めることなくベアリングを引き抜くことができる
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