プラス(十字)溝が刻まれたネジ、プラスネジは日常生活でもよく見る身近な存在で、バイクにも使われています。しかしこの身近さと扱いやすさは直結しておらず、トラブル、つまりナメてしまった経験がある人は多いでしょう。ここではプラスネジをナメないための基礎知識、正しい緩め方、そしてトラブル時の対処について解説します。

プラスネジの規格

プラスネジにはざっくりといって2種類あり、よくみる十字型の溝を持つフィリップス形と、その十字型溝の間に小さな4つの刻みがあり米の字型に見えるポジドライブ形があります。ポジドライブはフィリップス形を改良したもので、よりトルク(回す力)を掛けやすい特徴があります。世界で最も使われているのは前者ですが、ヨーロッパでは後者が普及しています。一見どちらも同じ工具が使えそうですが溝の上下方向の形も異なり、それぞれ専用品が必要になります。

 

 

 

工具にはそれを見分けるための記号が付けられていることが多く、フィリップス形ではPHやH、ポジドライブ形にはPZやZが記されています。バイクに限らず輸入製品の場合、どちらが使われているか確認することが大切です。

 

また厳密に言うとフィリップス形でも、日本で使われるJIS規格と世界基準であるISO規格のものでは異なります。互換性はありますが、JISのネジに対してISOのドライバーは奥まで入らないので後述するカムアウトの危険性が高まります。こだわるのであればISO規格のネジならISO規格の、JISネジならJIS規格工具を使うのがベストですが、ISOネジにJISドライバーを使うデメリットはないので、JIS規格のドライバーを用意すれば問題ないと言えます。ただ海外製のドライバーでも日本仕様としてJISネジに適合した製品が用意されていることもあり、日本製のバイクでも海外製造のネジを使っていることも多くなっているので、この相性問題は以前より神経質になる必要性は減ってきています。

 

ドライバーの種類

ここでは一般的なフィリップス形用ドライバーについて解説していきます。ドライバーにはまず普通形(非貫通型)と貫通型に分けられます。普通形はネジを回す金属軸がグリップの途中で止まり固定されているのに対し、貫通型はグリップを貫通し、そのおしり部分に露出しています。貫通形ではネジにドライバーをあてがいつつ、この露出した部分をハンマーで叩き衝撃を与えることでネジの固着を解く効果があります。

 

 

プラスドライバーのサイズ

プラスドライバーには工業規格で定められたサイズがあります。JIS規格ではH形(フィリップス系)として1番から4番まで規定されており、数字が大きいほど太くなります。

 

JISではネジの呼び径(ネジ山のある部分の太さで一般的にM◯と表記されます)が~2.9mmまでのネジに対応するのが1番、3~5mmに対応するのが2番、5.5~7mmに対応するのが3番、7.5mm以上に対応するのが5番と規定されます。バイクで考えると、3mm未満のネジはあまり使われておらず、6mm付近から太いものは近代車においてプラスネジが使われることは稀なので、2番が最も使用頻度が高く、たまに3番を使うというのが一般的です。このサイズも規格通り精度良く作られ、また強度が高いものであってこそ意味があります。コンビニで売っているような家庭用セットやノンブランド品ではなく、しっかりとしたメーカーの物を手にすることが安全な作業につながります。

 

 

プラスネジの緩め方

では実際に緩める手順を解説していきましょう。まずネジの十字溝に隙間なくピッタリドライバーをセットします。これはドライバーのサイズが適正であること、ドライバー先端が奥まで十字溝にはまっていること、そしてドライバーがネジに対して曲がっていないこと、この3点ができていて初めて実現できることなので、しっかり確認しておきます。これができていないとネジをナメる可能性が大幅に上がるからです。

 

それからドライバーを回していくのですが、大切なのが力の入れ方。ただ緩む方向に回せばいいと思いがちですが、それでは駄目なのがプラスネジなのです。フィリップス形のプラスネジの十字形溝と、それに噛み合うドライバーの先端が斜めになっています。この構造により回す力を加えると溝に対しドライバー先端が浮き上がる「カムアウト」が発生します。

 

カムアウトが発生するとサイズが合っていないドライバーを使った時や、サイズが合っていても奥までドライバーを差し込んでいなかった時と同じく、十字溝とドライバー先端の接触面積が減ります。その状態で強い力を掛けると十字溝が負荷に耐えられず変形したり削れてしまいます。これが「ナメる」という状態です。
なのでドライバーをしっかり十字溝の奥まで差し込んだ上で、カムアウトを防ぐためにドライバーをネジに”押しつけながら”回すことが重要になります。一般に押す7:回す3の力加減とされますが、頑固に固着したプラスネジを回すことが多いレストアショップでは「押す9:回す1」くらいでないとダメと聞いたほど、ネジをナメずに回すには「押す」ことが重要です。

 

 

しかし「押す」ことに多くの力を分配した時に困るのが、回す力が弱くなってしまうことです。もともと一般的なドライバーはグリップが細く、手で回す方向に強い力を加えるのは苦手と言えます。でもこの欠点を解決してくれるドライバーがあります。1つがグリップの根元が六角形の金属(ボルスター)になっていたり、軸そのものが四角形になっているドライバーで、ここにレンチを掛けることで大きな回転方向の力を加えられます。

 

次におすすめしたいのがTバー形のドライバーで、これは構造的に押すと回すの双方に強い力を掛けることができます。

筆者も比較的最近導入したのですが、使い勝手が非常に良く、なぜ早く使わなかったのかと後悔したほど。ただ取り回しが悪く使用に広いスペースがいるなどの欠点もあります。

 

諦めのハードルを下げるのが肝心

正しい使い方をしているはずなのに緩まない、そんな時にそのまま頑張るのは危険です。無理に頑張って十字溝を変形させ、それが進めば進むほどリカバリーは難しくなるからです。最悪の事態を避ける上で大切なのが諦めるハードルを下げること。これは緩めること自体を諦めるというのではなく、「今やっている手段を諦める」ということです。つまり通常通りやって緩まないとなったら、力技で何とかしようとするのではなく、すぐ別の手段に切り替えるのです。まずファーストステップといえるのが浸透潤滑剤をネジ山に浸透させること。サビがあり回りにくそうと思ったら、緩める前に使うのもおすすめです。

 

それでも手強い場合、インパクトドライバー(ショックドライバーとも)を使います。インパクトドライバーは様々なネジに対応できるよう軸部分が交換できる、固着したプラスネジやマイナスネジを外すための工具です。

 

グリップ部を押すと設定した方向に軸が回る構造になっていて、実作業ではより強い力をかけるためにドライバーのグリップ部後端をハンマーで叩いて使います。この衝撃により固着を解除する効果もあります。

 

太いネジが使われている場合、そもそも固く締まっていることが予想されるので、最初からインパクトドライバーを使うのもおすすめですが、樹脂製部品や厚みの薄い金属部品など強度が低い部品に使われたネジに対しては、装着部品そのものを壊してしまう恐れがあるので使用は控えましょう。これは手動式ですが、電動インパクトレンチもとても有効です。強く押し付けて使うのを怠るとひどくナメてしまうことになるので注意が必要ですが、衝撃を加えながら瞬間的に強い力で回すので、固く締まったネジも容易に緩めることができます。

 

「そうは言ってもめったに使わない道具を用意できないよ」。それも当然の考えでしょう。これはプラスネジだけに限りませんが、自分の手に負えないと思ったらプロにお願いするのが第一です。それらを含め諦めのハードルを下げることが、トラブルを防ぐこと、傷を浅くすることにつながり、費用を抑えることにつながります。

ネジをナメてしまったら?

その程度が軽微なら、ねじ滑り止め剤を使うことでリカバリーできることがあります。これはドライバーが噛み合わないほど溝を傷めてしまった場合でもドライバーのすべりを防止してくれ、塗るだけと使い方簡単ながら大きな効果を発揮してくれます。

 

またネジの頭をハンマーで叩き、変形を修正するとドライバーのかかりを改善できることもあります。これでうまく外せたら、ナメたのが僅かであってもネジを新品交換しておくのが安心です。

 

では十字溝を完全にナメてしまい、ドライバーがまったく噛まなくなってしまったら? プライベーターが実施できる手段は、3つあります。1つ目はナメたネジを回すために作られたネジザウルスや強い力で掴めるウォーターポンププライヤーで掴んで回す方法。もっとも手軽ですが、ネジの頭が掴める形状かつ掴める位置にないと駄目なので使える場面は意外と限られます。

 

残り2つはいずれもドリルを使うもので、ネジを揉む方法とエキストラクターを使う方法になります。

 

ネジを揉む方法では、ネジの呼び径より細いドリルを使い(細いドリル刃から使い始め、段階を踏んで太い刃に替えていくと作業しやすいです)、ネジ(十字溝)の中心に穴を開けていきます。

 

この過程でネジの頭が飛ぶと残ったネジ山部が回るようになることもあり、そうなったらポンチで叩いて回す等して外していきます。それでも回らないなら、取り付けられている部品側のネジ山を削らないギリギリまで穴を拡大していき、薄くネジを破壊して取り除いたり、タップを使って除去します。ネジの頭が部品に食い込んで緩み難くしている皿ネジで特に有効なことが多いです。

 

後者のエキストラクターを使う方法では、まず使用するエキストラクターで指定されているサイズの穴をドリルで開け、そこに渦巻き状の山が刻まれたエキストラクターを叩き入れます。この山はエキストラクターを反時計回り、つまりネジが緩む方向に回すとエキストラクターがよりネジに食い込むよう設計されています。ですのでエキストラクターにタップハンドルを取り付け反時計回りに回していくと、エキストラクターが空回りすることなくネジを緩める方向に回すことができます。

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エキストラクターは広く使われていてホームセンターでも入手可能。1本売りが多いですが、このDRAPERスクリューエキストラクターセット カーボンスチール 5点入りのようなセットもあります。

 

 

エキストラクターは必要とする道具の数は多いですが揉んで外す方法より手軽で、ナメたネジや折れてしまったボルトを外す時の代表的な方法ですが、実はトラブルの代名詞でもあります。エキストラクターは非常に硬い素材で作られており柔軟性がありません。なのでネジがあまりに固着しビクともしない状況で無理にエキストラクターを回すと、想像以上に簡単に折れてしまいます。観察しながら作業し、ネジが全く動いていないのにタップハンドルを取り付けた部分は回っている、つまりエキストラクターがねじれているのが少しでも確認できたらすぐに使用を止めましょう。前述したようにエキストラクターは非常に硬く、折れてしまうとその除去はプロでも非常に苦労するので、扱い方には十分注意してください。破損を避ける上で可能な限り太いエキストラクターを使うことも重要です。

まとめ

身近で手軽な存在と言えるプラスネジ。トラブル無く扱うには様々な知識とノウハウが必要になってきます。ただそれを身に着けていれば、ほとんどの場面で問題なく作業できるはずです。それでもナメてしまった場合、トラブルが起きても自力で解決するのはDIYメンテの醍醐味ですが、解説したように諦めのハードルを下げ、大惨事になる前にプロに頼む方が結果として時間も費用も抑えられる場合が多いということも心に留めておいてください。

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