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コロナ禍を受けての意外な展開。世界柔道選手権が史上初めて、オリンピックと同年開催されることとなった。それもオリンピックの後ではなく「前」、開幕は今週末の6日(日)である。まさに異例中の異例、平時ではまったく考えられなかったタイミングでの「もう1つの世界大会」開催である。この模様はJ SPORTSにて無料で生中継・LIVE配信される。
永山竜樹選手
なにしろ五輪本番まで残すところあと1ヶ月半弱。開催が発表された昨年12月の時点では、五輪出場ラインギリギリの選手ばかりが揃う痩せた大会になってしまうのではとも危惧されたが、ここは嬉しい誤算。「世界一」の称号を目指して集ったメンバーは予想を遥かに超える豪華さ、特に女子は常の世界選手権にほとんど劣らぬハイレベル陣容である。
理由の1つは、一部の強国がこの大会まで五輪代表の選考を引っ張っていること。もう1つは超強国・日本が世界王者経験者にパリ五輪を狙う若手と「本気」のフル派遣を行ったこと。加えるに、やはり「世界一」という称号の吸引力は並々ならぬものがあること。そして最大の因は、海外、とくにヨーロッパのトレンドが「隠す」ことよりも、積極的に試合に出ることにあるからだ。技術革新の早い現代柔道では定期的に国際大会に出て周囲の力を肌で感じ、アジャストを続けることがもっかのスタンダード。よほど自分の柔道がしっかり出来上がっているベテラン(たとえばテディ・リネール)以外は、手の内を隠すよりはこの流れに乗って強くなったほうがいい。63kg級のアグベニューや78kg級のマロンガ、48kg級のブクリと五輪金メダル候補3名を送り込んだ強国フランスの一種ドライな派遣姿勢にこのあたりは端的だ。
各選手「世界一」の称号を目指すというところでは一緒だが、抱えるバックグラウンドは常の世界選手権以上に多様。あまりにもみどころあり過ぎて短い原稿の中で紹介するのは難しいのだが、絞っていくつか、お伝えしたい。
出口クリスタ選手
まず先に挙げた「五輪代表決定戦」から。なんといっても注目されるのは女子57kg級のカナダ代表争い、もっかワールドランキング1位の出口クリスタと同2位のジェシカ・クリムカイトの対決だ。出口は2019年東京世界選手権で金メダル獲得、クリムカイトとの直接対決も6連勝だが、カナダの規定ではランキング上位8位以内に複数の選手がいる場合は、3勝勝ち抜けの直接対決方式による「決定戦」を行わねばならないこととなっている。しかしコロナ禍のさなか国際大会以外の国をまたいだイベントを行うことができず、この世界選手権という超ハイレベル大会が最終選考会に選ばれることとなったのだ。直近の対決で「指導2」対「指導3」という僅差まで詰まった2人の実力以上に変数として大きいのが、日本代表のアジア大会王者・玉置桃の存在。現在のエントリー状況であれば、第1シードの出口は準決勝でまず第4シード配置の玉置と戦わねばならない。ようやく掴んだ世界タイトル挑戦の機会を玉置が簡単に手放すわけはなく、得意の連続攻撃で出口の気力体力を削り捲る乱戦に打って出ることは確実。どちらが勝っても「ただの決着では済まない」予感漂うこの試合、そして続く決勝が今大会最大のハイライトとなるだろう。
続いて日本代表について。女子は「全階級で金メダルを狙う」との増地克之監督の言葉が極めて現実的に感じられる強力メンバー、男子もこれに近い成績が期待出来る世界トップチームである。全員について濃く触れたいところであるが、ここでは初の金メダルを目指す選手を、ベテラン組と若手組から何人か紹介したい。
まずは、既に世界一を獲っていてもまったくおかしくない力を持ちながら、なかなか「金」に手の届かなかったベテラン2名。男子60kg級の永山竜樹と女子70kg級の大野陽子に注目したい。
永山は2017年から3年連続世界選手権出場。2度銅メダルを獲得し、この間五輪代表高藤直寿にも勝利するなど明らかに世界一に足る力を持っているが、どうしても頂点には届かなかった。今回は「五輪代表を逃したのは、世界一になっていないから」、また「パリ五輪までもはや代表争いをするつもりはない」と語って並々ならぬ決意を見せている。メンバーを見渡しても、優勝候補の筆頭は間違いなく永山。内股に逆の背負投、さらに裏投と「技」と「力」ともに揃った永山の躍動、そして念願の頂点取りをぜひ見てみたい。
大野陽子選手
大野は2018年バクー世界選手権の銅メダリストだが、この階級における存在感の高さはこの成績だけでは説明できない。打点の高い一本背負投はそのパワフルさ、美しさともに、間違いなく現在の女子柔道選手ナンバーワンの美技。勝つときは常に圧勝、最高到達点の高さでは間違いなく世界一である。圧勝Vと初戦敗退を繰り返す不安定さのために五輪代表は逃してしまったが、今回は念願の世界タイトルを獲る絶好の、ひょっとすると最後のチャンス。同じく五輪を逃した2019年の世界王者マリー=イヴ・ガイ(フランス)との対決がみもの。
若手選手からは90kg級の村尾三四郎と100kg級の飯田健太郎の金メダル獲りに期待。
村尾三四郎選手
20歳の村尾は5月のグランドスラム・カザンを全試合一本勝ちで圧勝。五輪の金メダル候補筆頭のイゴルニコフ(ロシア)も大外刈「一本」に斬り落とし、呆気にとられたIJFのアナウンサーが「いまからでも五輪に出られないのか?」と叫んでしまうほどのインパクトを残した。現時点で90kg級の世界最注目選手と言って過言ではない。2018年の世界王者シェラザディシヴィリ(スペイン)や先輩長澤憲大を向こうに回し、初出場初優勝を目指す。
飯田は高校3年生時の2017年にグランドスラム・パリという超ハイレベル大会に優勝。ニュースター現わると世界を色めき立たせたが、世界王者ウルフアロンの存在もあって大学4年間はこれに勝る成績を残せず。今春から旭化成所属となったこのタイミングで、初めて世界選手権出場の栄を得た。得意技はこれぞ日本柔道という切れ味の内股。あまりに柔道が綺麗であるがゆえの展開的な脆さが課題であったが、4月の全日本選抜体重別(優勝)を見る限り、力・技術ともにかなりの上積みを得ている模様でこの点各段に逞しくなっている。あの頃を思えば、2021年のこの時点で飯田がまだ世界を獲っていない、どころか世界選手権に出ていないことはまさに意外。「天才」と称されたその才能にふさわしい位置を、今回こそは掴んで欲しい。
と簡単に4人を紹介したが、リネール超えで世界の注目を浴びた100kg超級の影浦心、パリに向けて再びのアグベニュー超えに挑む63kg級の鍋倉那美、連覇に挑む66kg級の丸山城志郎に、2度目の優勝を目指す橋本壮市に志々目愛と、語るべき選手は数知れない。日本代表14階級18名は全員が優勝候補。金メダル確実と目される団体戦の代表も含めて、出場する全員が注目選手だ。時差7時間(もっとも気力体力が要るパターンだ)というハードルはあるが、8日間画面にかじりついて、この豪華大会を堪能しようではないか。
文:古田 英毅(柔道サイト eJudo)
※6月1日時点のエントリー情報に基づいて作成しています
古田 英毅
「eJudo」編集長。国内の主要大会はほぼ全てを直接取材、レポートを執筆する。自身も柔道六段でインターハイ出場歴あり。2019年東京世界選手権から、全日本柔道連盟の場内解説者も務める。J SPORTSワールドツアー中継ではデータマンを担当。
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