プロローグ
私立 摩利亞那高等学校。
創立は百年近くになり、制服も可愛く、多数の芸能人のOBや実際に現在芸能活動をしている生徒などが在籍していることから、世間ではそれなりの認知度とステータスを持つ学校である。
そのマリアナ高校の校門に至る坂道を、いま一人の少女がゆっくりと歩きながら登校していた。
肩下まで伸びた黒髪のロングを風になびかせ、均整の取れたスタイルで颯爽と歩く姿はまるでランウェイを歩くスーパーモデルのよう。
その目鼻立ちは見事なまでに整い、わずかに吊り上がった目尻は気の強さよりも意志の強さを感じさせる。
ーー絶世の美少女。
そんな言葉さえも陳腐になってしまうほどの美貌を持つ彼女であるが、それ以上に人々の目を引きつけていたのは、彼女が持つ圧倒的なまでの存在感だ。まるで他を圧倒するような、それでいてどんな人をも受け入れるような優しげな雰囲気を、その少女は持ち合わせていた。
彼女の名は、『日野宮 あかる』。
マリアナ高校の二年生であり、学校の中では知らぬものの居ないほどの超有名人だった。
ザワ……ザワ……。
実際に彼女の登校する姿を見て、他の生徒達がざわめいている。
「おお、″マリアナの薔薇姫″様の登校だぜ!」
「日野宮さん、本当に綺麗ね……ポッ」
「今日は朝からアカル様が見れてラッキーだぜ!」
「さすがエヴァンジェリストね、立ち居振る舞いがお美しいわ」
「なんでもアカルちゃん、芸能界入りが噂されてるそうよ?」
「えーホント⁉︎ でもあれだけ美人だったら引く手数多よねぇ」
彼らが″日野宮 あかる″に向けるのは、賞賛・感嘆・羨望、そういったものが混ざり合った視線。
だが、彼らは知らない。
この圧倒的なまでの美少女である″日野宮 あかる″ の中身が、実は″男″だということを。
◇◇◇
あーあ、なんか今日も凄いよなぁ。
俺は自分をまるでアイドルを見るような目で眺める他の生徒たちを眺めながら、こっそりとため息を吐く。
俺が女子高生ーー『日野宮 あかる』になってから、既に数ヶ月が経過していた。
女の子の体になったってだけでビックリなのに、いったいどうしてこんな状況になってしまったのか。
「アカルお姉さま、ステキ〜!」
「アカルさま〜! こっち向いて〜!」
後輩らしい若い女の子の嬌声が、俺のことを遠巻きにする集団の中から聞こえて来る。
こらこら、誰がお姉様やねん。こちとら男なんだから、どっちかというとお兄様だっちゅうのに。
そんなことを思いながらも、とりあえずは声がした方に微笑み返しながら手を振る。するとキャーーッ! というすごい歓声が返ってきた。はー、こりゃ気にするだけ無駄だな。もう知らんがな。
こいつら、もし俺が「実は中身は男なんでーす」って知ったらどう思うんだろうか。ビックリするかな? それともドン引きするかな?
まぁ実際俺自身がビックリしてドン引きしてるんだけどさ。
そんなことを思いながらも、思い返すのはこの身体になってしまった時のこと。
なぜ俺はこんな風に--女の子の身体になってしまったのか。そしてどうしてこんな--お姉様だの何だのと言われるような状況になってしまったのか。
俺は改めて、自分の身に降りかかったここ数ヶ月の出来事を思い出したんだ。
それは、俺が女子高生『日野宮 あかる』になってからの激動の日々。
そう、この日々は……あの日俺が目を覚ましたときから始まったんだ。