エリスの回想 〜ハインツに向かう乗合馬車にて〜
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抜けるような青空。
山の向こうにそびえ立つ巨大な入道雲。
そして、照りつける暑い太陽。
夏の足音は、確かにすぐそこまでやってきていた。
ゴトゴトと揺れる馬車の窓から、私はあちこちに見える夏の兆しをボンヤリと眺めていた。
私はいま、乗合馬車に乗ってちょっとした旅をしていた。
つい数ヶ月前までの私であれば、自分がこのように馬車に乗って遠出をすることになるなんて、夢にも思わなかっただろう。
なにしろ、自分自身でさえ未だに激変する身の回りの環境について行けない部分もあるくらいなのだから。
「良い天気だねぇ、夏は近いね。そう思わないかい?」
「……ええ、そうですね」
隣の座席に座る優しげな雰囲気の初老の女性に問いかけられ、私は笑顔で頷きながら適当に相槌を打つ。
だけど、瞳が映す景色とは裏腹に、心の中ではまったく別のことを考えていた。
私の手は、首から下げられた古ぼけた【 鍵 】を無意識のうちに弄んでいた。
私が思い出していたのは、つい先日までの出来事だった。
自分の人生を劇的に変えることとなる、大きな決断をしたあの日のことを。
そして、その決断をするにあたって過ごしてきた思い出深い日々のことを。
それまでの私は、他人に決められた人生が嫌で、反発して、でもやりたいことがあるわけでもなくて……不満と不安に押しつぶされそうな、ちっぽけな存在だった。
まるで、先の見えない真っ暗闇の迷路のなかを手探りで歩いているかのようだった。
光の指すところを探し求めて、でもなにも見えなくて。
思い返してみると──私はたぶん幼かったのだと思う。
ほんとうに些細なことで一喜一憂してばかりだった。
今となっては、自分の行動を思い出して恥ずかしいばかりだ。
だけど、過ごした日々はステンドグラスのようにキラキラと輝いていて、私の心の一角で眩しいほどの輝きを放っていた。
その輝きの中心に居たのは──間違いなく【 彼女 】だった。
私の決断に、もっとも大きな影響を与えた存在。
黄金色の髪の【 彼女 】と、私を導くこととなる不思議な【 鍵 】。
この二つとの出会いを契機に、私の人生は大きく動き出すことになる。
そう、すべての始まりは数ヶ月前──まもなく春を迎えようという季節にまでさかのぼる。
もうすぐ十五歳になってしまう。
そのことが、そもそものきっかけだった。