神子姫様()とか面白い
「神子姫様()は帰りたい」の舞台裏であったお話。
なにあれウケる。
初めて神子姫様(笑)を見た私が思ったのは、そんなことだった。
地球の日本でうっかり死んで、「手違いで殺しちゃった!めんご!代わりに転生させたげる!(意訳)」とテンプレを経てこの世界に生まれ落ちた私。生まれた先は異世界の大国の有力貴族で、「逆ハーフラグキタコレ!?」と興奮したのはいい思い出だ。
……まあ、美形揃いのその他上流貴族に囲まれてこりゃ逆ハーとか無理ですわと悟ったけれど。内面平凡、容姿中の上の私に男を手玉にとる能力なんてなかった。
代わりに、身分がそう高くないクセして実力で宰相になったとかいう父上のため、大人の事情で王族に嫁ぐ事がきまった。とりあえず第一王子の婚約者だった。「あっこれ私人生勝ち組じゃん」と喜んだのが懐かしい。結婚に夢見てないから、よっぽど生理的に受け付けない人じゃなきゃてきとーに幸せになれる自信がある。
そんな私の人生に神子姫様(笑)が登場して、「悪役フラグキタコレ!?」と興奮した。何せ相手はほんわか美少女。しかも穢れを祓ってくれる重要人物。王子たちが彼女にあっさり堕ちて、めろめろ(死語)になるのは必然だろう。そうしたら王子の婚約者たる私がライバルとして立ち塞がるところまでがテンプレ。よしきた待ってろ。立派にヒロインの恋のスパイスになっちゃる。
……まあ、逆ハー員たちのあまりのガードの硬さと神子姫様(笑)のあまりの天然っぷりに「こりゃ無理だ」とそうそうに諦めたけど。そこまでのガッツはなかった。
そういうわけで私は陰ながらひっそりと神子姫様(笑)たちを観察するだけにしたのだった。
なにあれすごい。
観察してて思った。神子姫様(笑)は凄かった。逆ハーっぷりも凄かったが、何より男の扱いが凄かった。何人も侍らせつつ貢がせつつ、けれど決して修羅場が悪化しすぎることもなく希望を適度に残しつつ隙は意外とつくらない、とかどんな鬼畜ゲー。可能なのは乙女ゲームぐらいだこんなの。綿密に計算でもしなきゃ無理です。
悪女かビッチか!? と罵りたくなるのを通り越して尊敬した。私にゃむりだあんなもん。天然にしても計算にしても凄すぎる。
あっさり陥落してる男どもと彼女の素晴らしいテクニックに、すげーすげーとひっそり笑いまくったのだった。
なにあれ憐れ。
神子姫様(笑)たちを見てひとしきり笑った後。落ち着いた私は改めて彼らを観察して、いろんな意味で彼らが可哀想になってきた。
まず逆ハー員たち。やつらはとにかく報われない恋をしてる。そんでもって恋に全力すぎて華麗に空回りして、他の事が見えてない。そのせいでどんどん人望が落ちていっているという。しかも神子姫様(笑)の様子だと、誰にも勝機が無さそうだ。報われない。
最近ではやつらは病んできているようだし、恋ってまじ怖いっす。
そして神子姫様(笑)。彼女は、無邪気なまま、逆ハー員たちにかしずかれて、甘やかしてもらいまくっているせいで、評判がひそかに落ちてきている。まあ、逆ハー員たちのせいだな。
そして何より、逆ハー員たちがヤンデレと化している。
重要なのでもう一度言おう。ヤンデレだ。
観察中に、うっかり神子姫様(笑)の具体的な調理方法だとか監禁計画だとか邪魔者排除報告書だとか聞いてしまった私の気持ちを察して欲しい。有力メンバーに限らず一般の男までもが妄想を語っているのだから恐ろしい。
うわあ……、と思わず可哀想なものを見る目をしてしまった。そんでもってヤンデレホイホイと化している神子姫様(笑)が可哀想になってきた。よく生きてる、えらいぞ神子姫様(笑)。
なにあの子ウケる。
まあそんな状態がいつまでも続くはずがないよねってことで。
度を越してきた逆ハー員たちにとうとう国の上層部がキレて、宰相である我が父上が本人たちに殴り込み(意訳)をしにいった。逆ハー員の中に我が婚約者どの(笑)もいるので私怨も若干混じっていたと思われる。
「-―と、いうことがあったんだ。いったい、私にも何が何だか……」
はあ、とため息をつく我が父上に、私はとうとう爆笑した。
ウケる。ちょーウケる。
まさか神子姫様(笑)がただ帰りたい一心で逆ハー員たちの機嫌をとっていただなんて誰が思おう。そんでもって贅沢も極上の男も捨てて、神様に祈りを捧げようだなんて! その発想はなかった!
逆ハー員たちによって傾いた財政は神子姫様(笑)のお陰で立ち直りそうだし、国中の人間は彼女を尊い神子姫様だと敬愛し始めている。
フラれた男どもはショックで寝込んでいるとかいないとかだが、ざまあ(笑)としか言えない。ざまあ(笑)!
……うん、でもそうだな。丁度陛下から第一王子との婚約も破棄されたし、面白そうだし。
突然笑いだした娘に戸惑ってる父上に、私は向きおってにっこり笑みを向ける。あー疲れた。脇腹痛い。
「父様」
「な、なんだい?」
「わたくし、巫女院に入りますわ」
「えっ? ちょ、ちょっとま……!」
「心配しなくても一年ほどで帰ってきます。行儀見習いとして行くものも多いですし、巫女院にいたというだけで箔がつくでしょう?」
「そうだけど、でもだな……!」
「わたくし、神子姫様(笑)に会ってみたいんですの!」
「ちょ、ま、」
必死で止めてきた父様なんてしーらない。私はさっさと支度をして巫女院に向かったのだった。
ずーんと沈んでいた父上にはちょっと申し訳なかった気がしなくもない。
「……年頃の女の子って、わからない…………」
なにこの子すげー。
巫女院に潜り込んだ私は、宰相の威を借り見事神子姫様(笑)付きにおさまった。たまには権力も使わなきゃ。うんうん。我が父上からは頻繁に手紙がくるけれど。ごめんねー。
そして、神子姫様(笑)と実際に接して思ったこと。
この子馬鹿だわ。ぼけっとしてほわっとして頭の中までゆるふわだわ。前世の私だったら絶対近寄らない。私はまずあきれて、それから彼女の話を聞いているうちに段々尊敬しはじめてきた。
彼女は馬鹿だ。そしてそれを自覚している。
彼女は美しい。そしてそれを自覚している。
神子姫様(笑)……美衣子は、自分のことを正しく認識している。その上で、生きるには、生き抜くにはどうすればいいか考えて行動している。
男を食い物にするような生き方だが、それを恥じても誇ってもいないその姿は潔い。
女ばかりの巫女院だからか、美衣子はひじょーに素直だった。素直にバカだった。馬鹿正直に前向きだった。
時に男の扱い方を請われるままにレクチャーしていた彼女は、巫女院では大層可愛がられ尊敬され好かれていた。すげー。
「ありがとう」
「いいのよ、美衣子」
はにかむように笑う彼女は可愛い。髪の毛編んだげただけでこの笑顔。見れない男どもざまあ。
すっかり友人になった私たちは名前で呼び会うようになって。
残念ながら、残念ながら三年粘った私は最終的に父上どのの泣き落としに負けて還俗した。そして、第三王子と結婚した。
第一王子はどうしたって? 彼ら逆ハー員は皆恋の病に倒れました。や、マジで。
ホントに病気かは知らない。でも、神子姫様(笑)に恋い焦がれるあまり気が狂ったとか、逆ハーしてるときにはっちゃけてたときの罰で謹慎してるとかあったけど、公式には神子姫様(笑)に倣い部屋で祈りを捧げているという。宰相(父様)情報によれば、そう長くはないとのこと。……病気なのか病気にさせられているかは知らないし興味ない。所詮大人の事情だ。
まあ、第三王子と結婚した私はそれなりに大事にされて子供も一姫二太郎で大変幸せである。
たまに家出と称して美衣子ちゃんのところに遊びにいったり、そうでなくても文通したりしているが、彼女は彼女で大変楽しそうである。早く帰りたいとだけはずっと言っているが、案外彼女はこの世界でも幸せになれるんじゃないかね? まあ、決めるのは彼女だけど。多分。
邪気のない彼女は、確かに神子姫様だった。
でも、自分のために真っ直ぐ馬鹿正直に生きていた。
「あんな彼女が、ねえ……」
神子姫様(笑)だとか、世界はホントに面白い。
……ちなみに、五十年祈り続けた彼女が帰れたかは知らない。帰れてたらいいとは思うが……うん。
美衣子、会ったことがある私が思うに、あの神様はヤンデレ化するタイプだと思うから気を付けろ。