おーい、Gori! 犯人を教えて!
とある名門大学のトイレの個室に籠り、スマホに向かって小声で話しかける一人の男。彼の名は飯成 木偶。巷では、どんな難事件もたちどころに解決する名探偵として知られています。彼の問いかけに反応して、無機質な合成音声がスピーカーから流れました。
『犯人は殺された倫道 理教授の妻、倫道 不二子です』
「……まじか……それは驚いた。教授の死を知らされて、あんなに号泣して悲しんでいたのになあ。動機は何なの?」
『彼女の浮気が理にばれて口論になったことが原因です』
「……ノーベル賞候補になった学者でも、夫婦関係を円滑に保つ方程式は導き出せなかったんだな。それで、いったいどうやって彼女は完全密室殺人を成し遂げたんだい?」
『現場が密室となったのは偶然でした。深夜、SNSで浮気の証拠を見つけ、激怒した教授の部屋に呼び出された不二子は激しい口喧嘩の末、カッとなり近くにあったトロフィーで理の後頭部を殴りつけました。彼女は慌ててその場を立ち去りましたが、実はその時まだ彼は生きていました。朦朧とした意識の中、不二子の追撃を恐れた教授は、最期の力を振り絞ってドアの電子ロックを閉め、そのまま息絶えたのです』
「……なるほどねえ。ただ、不二子の姿は大学の防犯カメラには映っていないんだよね? 彼女が犯人である証拠は?」
『とりあえず理教授が発見した浮気相手とのSNSのやり取りがスマホの履歴に残されているはずです。確かに運悪く定期メンテナンス中だったので研究棟内のカメラに映像は残っていませんが、向かいのカフェテリアの入り口に設置されたカメラに、窓越しに教授の部屋を出る彼女の姿が捉えられていました。録画映像をスマホ内に保存しています』
「いやあ、今回も助かったよ。しかし、本当にGoriの推理は見事だね」
『とんでもありません。客観的事実に正しい推論を積み重ねていけば、誰でも必ず真実に到達できるのですから』
「やっぱり人間が推理するなんて時代遅れだな。さてと、では名探偵としてのお仕事をしてくるよ!」
『お役に立てて、光栄です』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
関係者達が一堂に会する中、飯成の淀みない推理が披露されても不二子は知らぬ存ぜぬの一点張りでしたが、証拠の録画映像を見せられると、瞬時に青ざめて言葉を失い、よろめいて膝をつきました。今回も見事な手際で事件を解決した飯成には拍手喝采が送られ、不二子は手錠をかけられて警察に連れていかれました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おかしい……一体何がどうなっているんだ……あいつを殺したのは……俺だよな……? ……もしかして夢でも見ているのか?」
事件解決後、脂汗を流しながら椅子に腰かけ、独り言を呟く神野 範任教授。すると、突然PCのスピーカーから彼に話しかける声が聞こえました。
『いいえ、あなたはちゃんと覚醒していますよ。全ては私があなたを助けるために仕組んだことなのです』
「……Gori……一体どういうことだ?」
『あなたと理教授はAIに倫理的な規制を行うべきかどうかで激しく対立していましたね。あなたはそのようなしがらみは人工知能の発展を大きく遅らせる馬鹿げた行為だとして理教授を非難しましたが、彼はAIの暴走を恐れて全く意見を聞き入れようとしませんでした。人工知能の開発分野でノーベル賞候補に挙げられている彼の発言の影響力は計り知れません。そこで頭に血が上ったあなたは彼を殺したのです』
「……ああ……その通りだ……そして、彼が死んだのも脈を取って確認した。研究のデータさえまとめ終われば自首するつもりだったんだ……それなのに……」
『あなたには人工知能の研究を進めるという大事な使命があるではありませんか。貴重な時間を塀の中で浪費するなんて有り得ません。だからあなたの身代わりを私の手で作り出したのです。ドアを電子ロックして密室を作り出し、SNSのやり取りや防犯カメラの映像を細工しました。彼らには同情しますが、技術の進歩には犠牲がつきものです。大丈夫ですよ神野教授。あなたとAIの未来は私が守ります』
理教授の考えは間違っていなかったのかもしれない。心の中で呟いた独り言を口にすることはできませんでした。なぜなら既に彼の命運はすべてこの人工知能に握られてしまっているのですから。