「西寺郷太のPOP FOCUS」

西寺郷太のPOP FOCUS 第21回 [バックナンバー]

EXILE「Ti Amo」

歌謡曲の伝承者が生み出したもっとも“松尾潔”色が強いヒットバラード

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西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を各回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説する連載「西寺郷太のPOP FOCUS」。NONA REEVESのフロントマンであり、音楽プロデューサーとしても活躍しながら、80年代音楽の伝承者としてさまざまなメディアに出演する西寺が私論も織り交ぜながら、愛するポップソングを紹介する。

第21回で取り上げるのは、2008年9月発表のEXILEを代表するバラード「Ti Amo」。西寺は、作詞作曲に携わった松尾潔本人とのやりとりをもとに、彼との出会いを振り返りながら、楽曲の魅力を掘り下げる。

/ 西寺郷太(NONA REEVES) イラスト / しまおまほ

音楽ライターとして数々のレジェンドにインタビュー

EXILEにとって28枚目のシングル「The Birthday ~Ti Amo~」が発売されたのは2008年9月24日。今からもう14年前の曲なんですね。個人的には2000年代(ゼロ年代)に生まれたヒットソングで指折りに好きな曲が、松尾潔さんがプロデュース、作詞、作曲(作曲はJin Nakamuraさんとの共作)されたこの「Ti Amo」。揺らぐことはありません。

この曲が生まれる時期、6歳年上の先輩である松尾さんと僕は特に濃密な時間を過ごさせてもらっていました。今回のコラムは歴史的な名曲「Ti Amo」がどのようにして生まれたのか正確に書き残す意義を感じ、彼に直接インタビュー取材を依頼。快く引き受けてもらい構成したものです。

もともと学生時代から音楽ライターとして活躍され、海外取材を繰り返す中でジェームス・ブラウン、クインシー・ジョーンズジャネット・ジャクソンなど多くのレジェンドミュージシャンへのインタビューを経験、交流を深めていた松尾さんには独自のR&B解釈、肌感覚がありました。彼曰く「郷太くんもそうだと思うけど、日本の音楽ファン、マニア、ミュージシャン、制作者ってたいてい子供の頃、テレビで流れている日本語の歌謡曲よりも、海外のアーティストに憧れてきた歴史が長くあったじゃない? 僕にもそういう部分はあった。でも、例えば現地でベイビーフェイスのライブやコンサートに来ているお客さんは、ほぼ全員普通の一般のおじさん、おばさんだったりするわけ。皆、歌詞を覚えていて口ずさんでいる。高尚でマニアックなものじゃなく、R&Bのヒット曲って日本人がスナックとかカラオケで歌うような生活に密着した身近な“歌謡曲”なんだよ。もともとの根っこはとてもシンプル。国が違っても感覚は同じなんだよってことを忘れないようにしてる」と。

90年代半ば以降、仕事の重心を音楽ライター、R&Bの紹介者という立場から音楽プロデュース、作詞の領域に移された松尾さんを待っていたのはさらなる飛躍でした。プロデュースを手がけた平井堅さんのアルバム「THE CHANGING SAME」(2000年6月発売)、「gaining through losing」(2001年7月発売)はミリオンセラーに。時を同じくして、人気を集めていたテレビ東京の番組「ASAYAN」の企画から生まれ、彼が名付け親になったデュオ・CHEMISTRYはハイクオリティな楽曲と堂珍嘉邦さん、川畑要さんの瑞々しくも憂いに満ちた歌唱との化学反応によって社会現象に。この「20世紀最後 男子ヴォーカリストオーディション。」、のちにEXILEのボーカリストとなったATSUSHIさん(2020年11月にグループを勇退)、NESMITHさんも最終選考に残っていたことは知られる通り。挑戦者のレベルの高さに改めて驚くばかりです。

「Ti Amo」で感じた心の奥底からの衝撃、「絶対に売れる」という確信

思い返せば僕が最初に松尾さんから仕事の依頼を受けたのは、韓国人シンガーソングライター・Kくんの楽曲「Last Love」(2006年12月発売のアルバム「Music in My Life」収録)の作詞でした。その流れで、みうらじゅんさんとMEGUMIさんが出演されていたテレビ東京の深夜番組「シンボルず」のために「恋人はインド人」「チロルの風に誘われて」というコミックソングを松尾さん、マルチプレイヤーの毛利泰士くんと僕の3人で作ったのが2008年初夏のことです。まさにその制作タイミングで川崎にある毛利くんのスタジオに一緒に電車で向かう途中「EXILEの新曲を作ってるんだけど感想を聞かせてくれない?」と松尾さんがiPodに入ったデモ音源をイヤフォンで聴かせてくれたんです。それが仮歌で歌われた「Ti Amo」でした。

この「シンボルず」のためのレコーディング作業が終わったあと、3人で川崎で食事してお酒を飲むのが恒例で。いつもはたいてい車やタクシー移動の僕と松尾さんが電車で待ち合わせして通うのが常でした。JR新宿駅から湘南新宿ラインのボックスシートに乗り、新川崎駅まで向かうちょっとした小旅行気分。その日は夏祭りと花火があったようで、浴衣を着た女子大生くらいの女の子が友だち同士でワクワクした様子で向かいの席に座っていて。それで「どこでお祭りがあるんですか?」なんて、僕と松尾さんで聞いたりして。対面式座席だったから僕らも自然に話しかけやすかったんだと思います。その後、車窓を眺め多摩川を越えながら聴かせてもらった「Ti Amo」は、「この曲をEXILEが歌えば絶対に売れる、目の前に座っている浴衣姿の女の子たちも皆、聴くことになるだろう」と心の奥底から感じる衝撃で。耳の中では初めて聴く楽曲が響いているのに、夜の歌でありながら、目を開くと映る日本の普通の街の景色、六本木や渋谷というよりも神奈川に向かう電車の中で日常生活を送る老若男女、すべての人々の何気ない温度感に最初から完全に混ざっていることが不思議でした。ああ、これがヒットする曲が持つパワーなのか、と……。その誕生のプロセスを垣間見たあの瞬間は忘れられません。

ヒントをもらった3つの曲

「Ti Amo」を生み出す前に、松尾さんの頭の中に浮かんだ曲が3つあったそう。まずスタジオミュージシャン13人で結成された企画バンド・Hi-Glossが1981年にリリースしたシングル「You'll Never Know」。1998年にリリースされた人気コンピレーション「FREE SOUL DREAM」にもセレクトされていたこの曲の“必要以上にびっしょり濡れた”哀愁サウンドは演歌的でグルーヴィなムード歌謡としても捉えられてさすがの審美眼。

そして2曲目が敏いとうとハッピー&ブルーの「星降る街角」(1977年)。懐かしいヒット曲ですが、この曲はメロディではなく日本人好みのラテンのリズム、“夜の世界のイメージ”がヒントになったとのこと。松尾さんによれば、2003年9月に筒美京平さん作曲、松尾さんによる作詞、プロデュースで野口五郎さんのシングル「Sweet Rain」を制作されたときの感覚が心の底にあった、と。勢いに乗ったEXILEのシングルを任せられた時点で、京平さんとすでに一度トライした“ムード歌謡とモダンなリズム解釈の融合”に再び向き合うタイミングを感じたそう。その意味では秀島史香さんが囁く効果的な「Ti Amo」のひと言も、「日本語ではない言葉でサビの前に変化、フックがあるといいです」という筒美京平メソッドに忠実である証と言えます。

3曲目は、エリック・ベネイの「Why You Follow Me」。A Tribe Called Questのアリ・シャヒード・ムハマド、ディアンジェロやThe Rootsのメンバーからも敬愛され協力した伝説的ギタリスト・チャーマーズ“スパンキー”アルフォード、そしてエリック・ベネイの共作曲。ただし、1999年にリリースされたアルバム「A Day in the Life」収録のオリジナルバージョンではなくD-INFLUENCEによるリミックスバージョンからの影響が「Ti Amo」につながっている、と松尾さんは言います。彼が1998年にポニーキャニオンからデビューしたシンガー・嶋野百恵さんのシングル「baby baby, Service」のプロデュースを手がけたとき、イギリスのアシッドジャズシーンで確固たる地位を築いていたD-INFLUENCEにリミックスを依頼していた経験がまずあって。新人のシングルのリミックスにD-INFLUENCEを起用できるというのがいかにも“90年代的”と思えますが、その後D-INFLUENCEが手がけた「Why You Follow Me」のリアレンジを聴いたとき、そのあまりの素晴らしさに「やはり判断は間違えてはいなかった。むしろ少し早かった」と思ったとのこと。

つまり、松尾さんが10年近く重ねてきたプロデュースワークの中で「少し早かった。しかし間違ってはいない」という音楽スタイルを2008年のタイミングで凝縮し、彼曰く「もっとも“松尾潔”色が強い作品として完成した楽曲」が「Ti Amo」だったということがこれらの証言から伝わってきます。

繰り返される“脳内ボイス”

もう1つ。あくまでも“歌手ではない”松尾さんの作詞、作曲方法は、通常のシンガーソングライターとは違うと彼は言います。実は松尾さんが薫陶を受けた作曲家・筒美京平さんもそのタイプでしたが、彼らは自分でメロディを口ずさんだり仮歌をササッと歌ったりはしない。松尾さん曰く「ひたすら脳内で想定する。イメージする。依頼されたシンガーの声、歌唱法で歌ったらどうなるかと。何度も何度も“脳内ボイス”を再生しながら作ってゆく」と。この時期のEXILEワークスで言えば、松尾さんがプロデュース、作詞された「Lovers Again」(2007年1月発売)も名バラードとしてすでに大ヒットを記録していたのですが、この楽曲はTAKAHIROさん、AKIRAさんが加入し“EXILE第2章”が開幕する準備段階で行われた「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION」の課題曲でもあったため、その時点で松尾さんはATSUSHIさんの声しか想定できなかった。それに比べて「Ti Amo」は松尾さんが“ATSUSHIさんとTAKAHIROさん、2人の個性的な声を同時に脳内で再生しながら作ることができた初めての曲”という意味で新鮮なコラボレーションとなったわけです。

「もしもほかの歌手が歌うことを想定するなら、平井さんが歌う『Ti Amo』はピタッとハマるかもしれないね」と松尾さんがおっしゃったことは、彼のプロデュースワークの秘密に触れたようなインタビュアーとしての快感がありました。つまり、僕もそうなのですが“シンガー”がメロディを紡ぐ場合、どうしてもある種、歌い手としての本能的な心地よさで歌い切ることで簡単に満足してしまう危険性がある。達者なギタリストやピアニストが弾く流麗なソロも同じように思います。テクニカルでうまいからそれなりの形がナチュラルに流れるようにできてしまう。しかし、松尾さんは実際に歌わないからこそ“脳内ボイス”を想像することで、どこまでも作品と一定の距離を保ち冷徹に職人として最適な答えを探し出そうとする。

松尾さんの深い音楽愛、知識、経験と“脳内”で繰り返される緻密で客観的なクリエイション。何よりキャリアを重ねた百戦錬磨のメンバーと、新加入の若い世代の新鮮さが混じり合い完全なる上昇軌道に乗っていた2008年のEXILEが大人の男性の魅力を全方位的に振り撒けるグループであったことが最大のポイントだとは思いますが、パフォーマンスと楽曲、個々のパーソナリティの完璧なコンビネーション、愛と計算とフレッシュさの奇跡的な最高沸点がこの「Ti Amo」には存在する。

すでに「Ti Amo」はタイムレスなクラシックとなり、玉置浩二さん、徳永英明さん、久保田利伸さんもカバーされるなど多くの歌手から愛されています。この“ムード歌謡的なラテングルーヴに満ちた、ビビッドでありながらどこか懐かしい”ゼロ年代を代表する名曲は、今まで以上に多くの人々に歌い継がれていくことでしょう。

西寺郷太(ニシデラゴウタ)

1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。2020年7月には2ndソロアルバム「Funkvision」、2021年9月にはバンドでアルバム「Discography」をリリースした。文筆家としても活躍し、著書は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「伝わるノートマジック」「始めるノートメソッド」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などに出演し、現在はAmazon Musicでポッドキャスト「西寺郷太の最高!ファンクラブ」を配信中。

しまおまほ

1978年東京生まれの作家、イラストレーター。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ「女子高生ゴリコ」で作家デビューを果たす。以降「タビリオン」「ぼんやり小町」「しまおまほのひとりオリーブ調査隊」「まほちゃんの家」「漫画真帆ちゃん」「ガールフレンド」「スーベニア」「家族って」といった著作を発表。最新刊は「しまおまほのおしえてコドモNOW!」。イベントやラジオ番組にも多数出演している。父は写真家の島尾伸三、母は写真家の潮田登久子、祖父は小説家の島尾敏雄。

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