「海辺の映画館―キネマの玉手箱」特集|映画で未来は変えられる──大林宣彦の人生そのものが詰まった集大成

大林宣彦の最後の監督作「海辺の映画館―キネマの玉手箱」のBlu-ray / DVDが3月10日に発売される。

2020年4月10日、大林は82歳でこの世を去った。新型コロナウイルスの影響がなければ、同日に劇場公開初日を迎えていたはずの「海辺の映画館―キネマの玉手箱」は、晩年まで厭戦を訴えてきた大林の思いとエネルギーが詰め込まれた集大成と言える作品だ。

「海辺の映画館―キネマの玉手箱」の見どころを紹介する本特集では、大林の義理の息子でもあるマンガ家・森泉岳土が、作品をイメージしたイラストを描き下ろした。さらに「時をかける少女」などを含む“尾道三部作”とあわせて大林作品のロケ地マップも掲載している。

文 / 金須晶子 イラスト / 森泉岳土

大林宣彦が遺した“キネマの玉手箱”

「海辺の映画館―キネマの玉手箱」

大林映画が20年ぶりに広島・尾道に帰ってきた

1980年代、のちに“尾道三部作”と呼ばれるオール尾道ロケ作品「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」を発表してから、尾道は大林作品を語るうえで欠かせない地となった。そんな大林が自身の故郷でもある尾道をメインに撮影したのは「あの、夏の日・とんでろじいちゃん」以来、実に20年ぶり。尾道の海辺にある閉館間近の映画館から始まり、場所や時代を超えて平和への思いを継承していく本作「海辺の映画館―キネマの玉手箱」を作り上げた。

「海辺の映画館―キネマの玉手箱」

「余命3カ月」の宣告もなんのその

2016年8月に肺がんと診断され、余命3カ月の宣告を受けながらも「花筐/HANAGATAMI」を撮り上げた大林。その後も転移を繰り返すがんと闘い、自らの命を削りながら「海辺の映画館―キネマの玉手箱」を完成させた。闘病中も舞台挨拶や映画祭に精力的に登壇しては「がんごときでは死なないぞ!」と気丈な言葉を発し(参照:大林宣彦「あと30年は映画を作る」、余命3カ月乗り越え「花筺」公開)、役者やスタッフに囲まれながら穏やかにほほえんでいた。奇しくも本作の当初の公開予定日が命日となったが、自身の映画人生すべてを詰め込んだような強烈な作品を残して旅立った。

「海辺の映画館―キネマの玉手箱」

「ねぇ、映画で僕らの未来変えて見ようよ」

これは「海辺の映画館―キネマの玉手箱」の劇場パンフレットに寄せられた大林の“最期”のメッセージだ。本作は閉館間近の映画館からスクリーンの中にトリップした若者たちが、戊辰戦争、日中戦争、沖縄戦、そして原爆投下まで、日本の戦争史をたどりながら数奇な体験をしていく物語。劇中の映画表現も無声映画、トーキー、アクション、ミュージカルと時代に合わせて展開していく。日頃から「絵空事でも伝え続ければ“嘘から出たまこと”になる」と繰り返していた大林は、作品を通して平和と希望を訴えてきた。映画の偉大な力を信じ続け、次世代を導いてきた大林のメッセージを受け取ってほしい。

マンガ家・森泉岳土が“大林宣彦の頭の中”を絵で表現!

マンガ家・森泉岳土が“大林宣彦の頭の中”を絵で表現!

森泉岳土コメント

「原爆が爆発した数秒間、それを映画にしたい」と望んでいた新藤兼人監督がその作品を実現できなかったことを、大林監督は何度となく公の場で語り、悔しがっていた。果たされなかったその遺志を大林監督が受け取り、アンサーしたのが本作だ、と僕は思っている。観ればわかる。その数秒のために、たしかに179分の時間が必要だった。大林監督からの重量級の平和への願いを、今度はわたしたちが受け取る番だ。

森泉岳土(モリイズミタケヒト)
1975年生まれ、東京都出身。マンガ家、イラストレーター。水で描き、そこに墨を落とし、細かいところは爪楊枝や割り箸を使いマンガを描く。2010年、コミックビームに「森のマリー」が掲載され商業マンガ誌デビュー。主な作品に「カフカの『城』他三篇」「ハルはめぐりて」「うと そうそう」「セリー」「村上春樹『螢』・オーウェルの『一九八四年』」などがある。大林宣彦監督作「花筐/HANAGATAMI」のポスターイラストや、柴崎友香「寝ても覚めても」(文庫)の装画も手がけた。妻は大林宣彦の娘である大林千茱萸。

大林監督作品と旅する尾道

艮神社 (写真提供:おのなび)

A艮(うしとら)神社

「時をかける少女」の主人公・和子(原田知世)がタイムリープして訪れた神社。「ふたり」で実加(石田ひかり)と真子(柴山智加)が“討ち入り”に向かう際にも登場する。「海辺の映画館―キネマの玉手箱」のクランクイン前には大林を含めた撮影スタッフが訪れて安全祈願を行った。境内には樹齢900年を超える御神木がある。

御袖天満宮の石段。(写真提供:おのなび)

B御袖天満宮

「転校生」で一美(小林聡美)と一夫(尾美としのり)が階段から転げ落ちて男女が入れ替わる、象徴的なシーンが撮影された。55段の石段と秋の紅葉が美景で人気の観光スポットとなっている。

C福本渡船

「さびしんぼう」に百合子(富田靖子)の通学途中の風景として何度も登場したフェリー乗り場。尾道と向島を結び、地元民のみならず観光客にも昔から親しまれてきた。

浄土寺山展望台からの眺め。尾道水道や尾道市街地が見える。(写真提供:おのなび)

D浄土寺山展望台

「海辺の映画館―キネマの玉手箱」では浄土寺山展望台から一望した尾道の昔の風景が確認できる。“新・尾道三部作”の1作目「ふたり」で実加(石田ひかり)が思いを寄せる智也(尾美としのり)との別れのシーンもここで撮影された。

国道2号線と山手地区を結ぶ土堂陸橋。(写真提供:おのなび)

E国道2号線の陸橋

「転校生」で一美が自転車で爽快に駆け上がるシーンの坂道。きつい傾斜だが、男子に入れ替わった設定の一美として小林聡美が脚力を見せ付けた。「ふたり」でも実加と父・雄一(岸部一徳)がこの道を歩く。

F梶山時計店

「時をかける少女」に出て来る時計店のモデル。大時計は和子が過去にタイムリープしたときに逆回転する時計としても登場し、撮影後に色が塗り替えられた。

G茶房 こもん

大林行きつけの喫茶店で、全国からファンが集う憩いの場となっている。「転校生」にも一美(小林聡美)が母親(入江若葉)とショッピングした帰りに立ち寄る店として登場する。「ふたり」の印象的なシーンの撮影でも使われた。人気メニューはワッフル。

おまけシネマ尾道

もともと尾道松竹として運営されていた劇場の跡地で、2008年に開館した尾道市内唯一の映画館。「“映画の街”として知られる尾道に再び映画館を」という支配人・河本清順の熱意によって復活した。全国の映画人から愛される劇場として名を広めている。