今号は前号に引き続きこの連載の総まとめです。
最終回は「那須平成の森の作り方」と題しました。作り方と簡単に書きましたが、“自然学校はマニュアル的なものを読めばその通りうまく作れる、というものではない”ことは、本連載を読めばお分かりいただけたことと思います。連載の全体が「那須平成の森という自然学校の作り方」そのものだった訳で山あり谷ありの連続でありました。連載は那須平成の森の作り方を記したものではありますが、“自然学校立上げマニュアルではない”のです。自然学校は一般論としてのマニュアル作成は難しいのかもしれません。どれひとつとして同じ形態の自然学校は無いと思うからです。もし作れたとしても、表面的で雑駁な内容となるでしょう。
今号では那須平成の森という自然学校の作り方について、改めて連載全体のおさらいをして、皆さんのご理解へとつなげていきたいと思います。マニュアルではありませんが、どこかひとつでも参考になる部分があれば幸いです。
那須平成の森の作り方を整理するためには、本連載の各回のタイトルを振り返ってみると分かりやすいと思います。ここではタイトルの主題と副題をつないで多少文言を整え、連載の順に箇条書きします。
(1回)1年間の準備期間を経て、ゼロから始める自然学校
(2回)那須平成の森の運営管理を包括的に計画する、インタープリテーション計画
(3回)開園に向けた、管理運営システム作りとスタッフトレーニング
(4回)安全管理(リスクマネジメント)、避けることのできない自然界の危険に備える
(5回)人材をどのように育てるのか、開園後のスタッフ育成
(6回)個と個の関係から築き始めた、ゆるやかな地域連携
(7回)(※第7回「5年で見直すインタープリテーション計画」の内容は第2回に吸収し
ているので本文はありません)
(8回)人材を世に送り出す役割を担う、(自然)学校としての那須平成の森
(9回)ガイドウォークの質の維持に必要なもの、プログラムの仕組み
(10回)自然科学の要素が濃いインタープリテーションに日本文化的要素を融合してみ
る、日本型インタープリテーション
(11回)那須平成の森モデル「自然体験活動における指導者養成システム」
(12回)培っておきたい人と人とのネットワーク
(13回)那須平成の森の品格とはなんだろう?
(14回)那須平成の森を将来に渡って質を維持向上していく方法(マスタープランの必
要性)
(15回)那須平成の森の作り方、特にインタープリテーション計画の「目的」と「テー
マ」
1回~6回は、自然学校を立上げるためには必須条件となることを述べました(予算の立て方については触れていません)。是非とも検討していただきたい項目ばかりです。8回~10回の各テーマは自然学校によっては取り入れていただいても良いのではないかという内容です。そして11回~13回は各項目共、那須平成の森に特化した内容となっていてあまり参考にならないかもしれませんので、そういうものかとお読みください。14回、15回については、まとめとして再びどの組織でも重要な項目を取り上げました。
ちなみに“立上げ時に”と書きましたが、厳密には既存の施設であっても何らかのタイミングで施設の設置目的を考えなおす必要性に迫られたとか、施設をリニューアルする機会が訪れたなどの際には、この那須平成の森の作り方の中で参考になる部分があるかもしれません。
ところで、自然学校を立ち上げる際に特に強調して検討していただきたいことがあります。それは連載の第2回「那須平成の森の運営管理を包括的に計画する、インタープリテーション計画」の中で述べた「インタープリテーション計画」の作成です。その回の本文中でも触れている「インタープリテーションの目的」、「インタープリテーションのテーマ」は絶対に外せない項目です。出来得れば、合わせて「対象者の想定」、「望まれる「対象者の体験」」も同様に重要視してほしいものです(各項目の詳細は、本連載の「第2回」を参照)。
「目的」というのは“ゴール”や“成果目標”です。我が施設はどこを目指すのか?、はるかかなたに輝く星のような、あるいは目指すべきフラッグのような存在です。それ故に、抽象的な表現にもなります。「テーマ」は、“メッセージ”や“思い”のことです。来訪者に伝えたい最も大切な考え方を現した文章で具体性を帯びてきます。「目的」と「テーマ」に沿ってプログラムや展示の計画が立てられていきますので、施設にとってはこの2つは外すことができません。
また、連載の第2回「那須平成の森の運営管理を包括的に計画する、インタープリテーション計画」に書かれている全ての項目は、それぞれがリンクし合いながら作られています。つまり相互に全てがつながっている訳で(要は、結局外せる項目はひとつもないということになります)、つながっていないものがあるとすれば、まず「なぜだ?」と疑ってかかることになります。そのつながりの大本が「目的」であり「テーマ」でありますから、例えば皆さんが訪れた自然学校などの施設でプログラムや展示に何らかの違和感を覚えた場合は、恐らくその施設にインタープリテーション計画やそれに類するものが無いのだろうと思うか、或はインタープリテーション計画と実際に実施していることにズレがあるのではないだろうかと感じるかもしれません。そんな時、私は、自分の施設はどうだろうか?、と思わず直観的に我が身をふりかえってしまいます。「目的」と「テーマ」の設定、全ての項目が相互にリンクし合っていることへの意識付け、これらのことを肝に銘じておきたいものです。
次に「目的」と「テーマ」は永遠に不変かどうか、です。皆さんはどう考えますか? 例えば、とある県立の公共施設で施設の設置要綱が条例で決められていたとします。設置要綱に「目的」や「テーマ」が書かれていたとするならば、それを変更するには議会で協議され変更案が可決されなければなりません。ハードルは大変高いものになり、変えるのは難しいと諦めの考えに傾いてしまうかもしれません。
一方、那須平成の森の場合、答えは「可変」ということになります。なぜなら、私たちはインタープリテーション計画の中で「(この計画は)概ね5年毎の適用期間を想定した。インタープリテーション計画は社会状況や人々のニーズの変化に応じて修正の検討が必要になる可能性があるからである」と明記し、同時に環境省の了解も得ているため変更することが可能なのです。現在の那須平成の森のインタープリテーション計画は改訂第2版で3代目の計画です。改訂の都度「目的」と「テーマ」の不変・可変についても考えます。ただし、目的とテーマは「社会状況や人々のニーズの変化」によっても中々変わらないような不変性の高い表現になっていますので、修正するには余程何かが変化した場合となるでしょう。
ちなみに那須平成の森の場合、目的とテーマは開園以来10年間変わっていません。このように、インタープリテーション計画は可変の中においてもその度合いは各項目によって様々なので、時々計画を読み返して修正部分を精査しなければなりません。つまり、生き物を扱うような丁寧さが求められます。
最終回は「那須平成の森の作り方 ~インタープリテーション計画の「目的」と「テーマ」~」と題しました。作り方は過去の連載のタイトルを並べて振り返ってみましたので、気になる号を読み返して下さい。インタープリテーション計画の目的とテーマについては、大切なだけにくどい位念を押して記しました。まとめの回にこの話を登場させたということは、この連載で私が最も伝えたかったことのひとつであるということに他なりません。
インタープリテーション計画は那須平成の森のような自然学校・自然ふれあい施設だけではなく、動物園・水族館・美術館・博物館・歴史民俗資料館などの類似施設でも有って然るべきものです。或は、これら以外の施設でも必要な場合もあるかと思います。施設の規模は問いません。展示を開示したり自然体験プログラムを実施する際、人(インタープリター)が介するか、介さない施設なのかも関係しません。ご自分の施設にインタープリテーション計画が必要なのかどうか分からない場合は、この連載を読んでいただき皆さんの施設に置き換えてみて下さい。そして、もしかして必要かなと思った場合はインタープリテーション計画っぽいもの(目次でも良いです)をまず試作してみることをお薦めします。そうすることによって、自分の施設のやりたいことを正しく利用者に伝えていくためには、インタープリテーション計画の存在が不可欠だと確信することになるかもしれません。そうしたら本格的にインタープリテーション計画作成に取り組んで下さい。
少し前に、インタープリテーション計画は“生き物を扱うような丁寧さが求められます”と書きました。私はと言えば、次回の改訂に向けて時々インタープリテーション計画の読み返しを行っているところです。皆さんも作った後のメンテナンスをお忘れなくお願いいたします。
本連載は、私たちが那須平成の森の事業において開園準備に1年をかけ、開園してから10年を終え11年目(2021年5月22日より)の運営管理を迎えた区切りの年に、これまでの年月を振り返ってみるという位置づけで始めました。山あり谷あり、良かったこと反省すべきこと、起きたこと考えたこと、課題と解決策、クライアントである環境省との連携や環境省への要望、自然学校運営で外せないこと、はたまた那須平成の森の将来像などをとりとめなく書いてきました。まとまりのない文章、構成になりましたが、今後新たに自然学校を立ち上げる方、既存の施設のリニューアルに取り組む方、公の施設運営を請負っている民間の方などに少しでも参考になれば幸いです。
また開園してまだ満10年の若い施設ですが、立上げから10年間の記録を結果とプロセスを交えある程度書き残すことで自分なりに整理することができました。これから20年30年、100年と末長く続いていくであろう那須平成の森。未来の那須平成の森運営管理者の皆さんが、またその時々の那須平成の森の様子を何らかの形で語り継いでいただければと思います。私にはもう少しの間、那須平成の森でその未来に向けた道筋を付けるお役目が残っているようです。そしてそれに目途を付けたところで那須平成の森を後継者に託せればと考えています。
ここまでの数年とこれからの少しの年月を那須平成の森という舞台の序幕とするならば、裏方としての私の役割はあとしばらくで幕引となるでしょう。第2幕以降は、高みの見物といきたいものです。
完