この連載も大詰め、今号を含めあと2回をもって10年間のまとめとして完結したいと思います。今回は、まとめその1として「那須平成の森の将来像について」と題して進めたいと思います。
今回は那須平成の森を“長く質を維持して更に向上していくにはどうしていけば良いだろう?”という課題をテーマとします。
開園前年の1年と、開園後の10年と数か月(2021年7月現在)、公益財団法人キープ協会(以下キープ協会)が那須平成の森の運営管理者として業務を担当してきました。これまでの13回の連載の中ではその間に起きたこと考えたことなどその体験談を述べてきました。東日本大震災やコロナウイルスなど想定外のことも含め、体験できることは大抵体験し大きな経験となったのではないかと思います。しかし、那須平成の森として乗り越えなければならない「大きな壁」が残されていました。
その「大きな壁」とは何か、単刀直入に申せば“運営管理団体が代わった時に生じるであろうギャップをいかに早く埋め戻せるかを『事前に考えておくこと』”です。正確には、運営管理を交代するという体験の前の時点で、交代後に起こるであろう質の変化に備えるための十分な対策を講じておかなければならないということです。運営管理団体が交代したにもかかわらず業務の質は以前のまま維持されているようなバトンの受け渡し、これが理想の交代であるわけですから。ギャップを埋める、埋め戻さなければならないのは運営管理団体が交代することで生じる「質の差異」です。ここで出てくる最大の課題は、新しい運営管理団体自身で埋めきれない「質の差異を誰が埋めるのか」と「その誰かを雇用できる仕組み」の二つです。
さて、話は遡りますが、那須平成の森では2017年の秋頃から、「将来に向けての課題を整理する作業をしましょう」と私たちから提案し環境省と協議を開始しました。2017年という年は那須平成の森が開園して7年目、3期目の初年度という時期です。この時期は那須平成の森の運営管理も軌道に乗って安定してきた頃ですが、同時に今後の那須平成の森はどうあるべきかを考え始める時期に入ってきた頃でもあります。また2020年からの4期目をキープ協会が目指すか否か不透明な時期とも重なります。だからこそ、今、那須平成の森の課題を整理することで “今後の那須平成の森はどうあるべきか”や「大きな壁」について検討すべきだろうと会議を提案したのです。この会議を私たちは勝手に「戦略会議」と称し、コロナウイルスによりface to faceの会議が持てなくなる2019年の年度末まではかなりの頻度で行いました。課題として抽出したのは、これまでに述べてきたことも含め“今後の那須平成の森はどうあるべきか”、“運営管理団体が代わった時に生じるギャップに備える対策(「質の差異を誰が埋めるのか」と「その誰かを雇用できる仕組み」)”、“安定した経営“の3点に絞られてきました。
戦略会議での板書
では、ここからは戦略会議で検討されてきた課題解決のための議論や活動について紹介していきましょう。
まずは“安定した経営”という課題についてです。国家予算については国の施設の運営管理費は上がることはないのが通例であることから、自走できる方法はないかと考えました。自ら運転資金を生み出して経営に活かすという考え方です。例えば、NPO法人を立ち上げて認定NPOまで育て企業等からの寄付を募り易くし、それを那須平成の森の運営費用(職員の待遇面等)に充ててはどうかというものです。東京の「日本NPOセンター」に出向いてインタビューしたり、実績のある認定NPOの方にお話を伺ったりもしました。しかし、NPOを立ち上げるにはそれにかける熱意を持った人材が必要不可欠であり、地域にそのような人物がいるのかというハードルと、環境省としてその例がないことなどでNPO化の話は消えていきました。その他、公益財団法人化の議論もしました。クラウドファンディングも話題になりましたが、募金の受け皿の問題がありました。結局、自走化は難しいだろうとの結論に至っています。
日本NPOセンターでお話を伺う
次に“今後の那須平成の森はどうあるべきか”という課題です。開園時は「那須平成の森を無事に立ち上げて、軌道に乗せ、安定した運営管理体制を整えること」という『暗黙のマスタープラン』がありました。明文化されていないのですが誰しもが「そうだろう」と思う目標です。しかし、開園後数年が経ち安定期に入った頃、さて今後の那須平成の森をどうしていこうかと考えた時に、その重要なプランが全く考えられていないことに私たちは愕然とし戦略会議において検討することを提案したのです。少し話しが変わりますが、那須平成の森の目標の構造は次のようなイメージです。重要度別に上位から下位に向けて、①保全整備構想(永遠ではなくどこかで見直した方が良いと私は考えています) → ②マスタープラン(10年程度で見直し) → ③インタープリテーション計画(5年程度で見直し) → ④業務計画(毎年更新)、という順番です。この②番に当たるマスタープランンに“今後の那須平成の森はどうあるべきか”が示されなければならないのです。今後の方針が指し示されないことには、目的地がない航海に行けと言われているのも同然です。2021年、中長期的なマスタープラン構築業務が実施されそこで触れられることで決着しました。最終的には細かいチェックが必要だろうと私は考えています。
3つ目に「大きな壁」、つまり“運営管理団体が代わった時に生じるギャップに備える対策”(「質の差異を誰が埋めるのか」と「その誰かを雇用できる仕組み」)”という課題ついてです。新たな運営管理団体が優秀であったとしても、那須平成の森とは何か、といった根本論については入札資料や仕様書の文言の行間に隠れて全く顔を出してくれません。「那須平成の森論」というものがあるのであれば、それを新しい運営管理団体に理解してもらわなければなりません。ガイドなどの技術的なものは何とかなっていくものですが、理念やミッションの理解といった抽象的なものは何とかなるものではなく、きちんと伝え理解してもらう必要があり、またそれが職員全員に浸透しているかのチェックも同様です。ある程度時間をかける丁寧さが求められるのは教育と同じです。冒頭周辺で述べた「運営管理団体が交代したにもかかわらず業務の質は以前のまま維持されているようなバトンの受け渡し、これが理想の交代であるわけですから」というのはこのことを指し示しています。まだNPOの議論がされていた頃には、NPOの中に那須平成の森の教育機能を持たせるような話もありましたが、NPOの話が立ち消えとなったのは前述の通りです。
現在、教育に当たる人をどう選ぶかとその人の雇用の方法について、実現の可能性に近い考え方を取りまとめている段階です。ここで言う「人」というのは、「那須平成の森を熟知した人物」に他なりません。しかし、具体的には詰め切れていないというのが現状です。方法が確定した時にはご紹介できればと思いますが、いずれにせよ、質の維持をどう図っていくのか、その仕組みをどのようにして作るのか、この課題解決がいかに重要なことであるかお分かりいただけたでしょうか。
さて余談になりますが、戦略会議の中で企画し実施した「日光国立公園『那須平成の森』勉強会」についてご紹介しましょう。これは那須平成の森の抱える課題を環境省の職員の皆さんに知っていただこうと開催した勉強会です。2時間ほどの勉強会に多くの方々が集まってくれました。那須平成の森の現状と課題について詳しく説明をしましたが、環境省の1施設で起こっていることを「我が事」としてどれほどの方が捉えてくれたでしょうか。今では、環境省内部でも課題としての認識をしていただけるまでにはなったようですが、なかなか解決策が導き出されるところまで至っていないのが現実でもあります。
ここまで、長く質を維持し向上する方法について、いくつかの重要な課題と解決策について述べてきました。残念ながら自走については実現が難しいという結論に至りましたが、残りの2つの課題解決についてはゴールの明かりが針の穴程度の小さな光源から差し込んでいる感覚があります。その光源を見失わないよう、必死に目を見開いて食い付いていかなければなりません。今期中には方向性をしっかり見定め、次期の5期の間に試案と修正を重ね仕組みを整い終えられることができれば、6期目以降の運営管理団体の交代劇はスムーズにバトンタッチさせることができるだろと私は考えています。
本来なら契約期間が終わればそれで終了するのがビジネスですが、将来の那須平成の森のことまで考えてしまうのには理由があります。ひとつは、上皇上皇后両陛下の思い(「第13回那須平成の森の品格とはなんだろう」参照)から始まった事業を我々の代で頓挫させる訳にはいかないことです。二つ目に、那須平成の森の事業は環境省として試みた画期的な取り組みであるからこそ、これまで残してきた様々な成果を後任の運営管理者の皆さんに正しく引き継いでいきたいからです。
私たちの役割はまだ終わりません。The show must go on. 幕は下りずハイライトはこれからです。