自然学校にとってリスクマネジメント(安全管理対策)はけっして疎かにすることのできない業務のひとつです。私たちもプログラムの「事前」から「事後」に関わる対策のほか、消防署など地域との連携、ガイドラインやマニュアルの作成、施設の配備物やスタッフの携帯物品まで、事細かなルールを作っています。今回はそのいくつかをご紹介していきます。
大切にしているのは「ガイド参加者に危機意識を持ってもらう」こと。そのためにガイド出発時にインタープリター自身の安全管理に関係する携帯品を見てもらうようにしています。那須平成の森は誰も入ることができない森の中を、1名のインタープリターが最大15名を引率します。引率者本人に何らかの事故があった場合、参加者自身にどういった行動を取ってもらいたいかを解説し緊張感を持ってもらいます。
まず、
①インタープリターは無線と携帯電話を所持していること。
②無線の使い方と連絡先の電話番号を記した緊急連絡先カードをリュックに下げていること。
③方位磁石を持っていること。
④磁北線が引かれコースの分岐点に記号を振った地図を持っていて、分岐点毎に現在地を伝えること。
⑤これらの情報を元に参加者自身が連絡を取らなければならないこと。
この解説により、ある程度気持ちを引き締めることができます。
(※ここまで述べてきたガイドウォークのコースは、ガイド中はそのツアー以外の人間に出会うことはなく、また遊歩道にサインを設けていないためこのような方法を取っています)
クマ撃退スプレー、方位磁石、地図などガイド時の携帯品の数々
実際にプログラム中に事故が起きてしまった時を想定した「緊急時のための抜打ちトレーニング」を実施しています。これは職務上のリスクマネジメント担当者を審判役、事故の遭難者役スタッフ、事務所待機(救援)スタッフに分けて行うもので、待機および救援スタッフにはトレーニングのことは知らせず行います。遭難者役は森のある場所から事務所に連絡を入れトレーニングと伝えた上で、遭難した旨を伝えます。待機スタッフは、遭難者から現在地、傷病者の情報を聞き出し、救援スタッフを遭難場所に向かわせる指示を出します。同時に救急機関や関係施設へ連絡を入れます(シミュレーション)。救援に向かったスタッフは遭難場所に駆けつけ到着の旨を事務所に連絡します。審判は、待機スタッフの役割分担、関係機関への連絡にかかった時間、救援場所に到着するまでの時間、情報の収集と指示内容などを逐次チェックして記録しておきます。トレーニング終了後、全員で評価会を行い実際に備えるというトレーニングです。
この他のトレーニングとしては、夏前に「熱中症対策」、冬前に「低体温症対策」の訓練、普通救命救急講習などを全員必須事項として受けさせています。また、より野外現場に即した救急法講習として、Wilderness Medical Associatesが実施している「ウィルダネス ファーストエイド 野外・災害救急法資格取得コース」を主催事業として実施するとともに、希望するスタッフにも受講してもらっています。また、トレーニングではありませんが、インタープリター自身がハチに対するアレルギーを持っていないかを承知させるために、ハチ抗体検査を実施しています。
前述の項目とも関連しますが、遭難者を発見した後、いかに早く関連機関に救助に来てもらうかという課題をクリアにしておかなければなりません。那須平成の森は560㌶という広大な面積ですが、園内に車道がほとんどなく事故現場の間近に救急車を配置させることができません。そこで、救急車が最大限近づける場所を記した地図を作成し消防署と共有しています。また消防署員に園内を実地踏査してもらうなどの機会を設け連携を図るようにしています。
地元消防署指導による普通救命救急講習の様子
天候に左右されるガイドウォークなどの体験プログラムについては、中止せざるを得ない場合が生じます。その際の対応を記します。
ある程度判断に時間的余裕のある台風については何日も前から天気予報に注意して、前日には催行の可否を参加予定者に連絡します。台風に限らず、大雨、大雪の予報が出ている際も同様です。プログラム当日であっても「警報」が出た場合は中止の判断になります。
瞬間的な判断が迫られるものとしては、主に夏に発生する「雷」が挙げられます。気象庁の「高解像度降水ナウキャスト」での雷雲のチェック、「警報」が出されていないか注視して、当日のプログラム催行中止などの判断をします。万が一ガイド途中で雷雨に見舞われた場合は、その場での停滞(待機)、自動車が配備できる最寄りの箇所までの迎えなど、臨機応変の体制を整えます。
また、大雨、強風などの翌日については、遊歩道の流出、崖の崩落、倒木、掛り木、落枝などの可能性があります。このため午前中はスタッフで手分けして森の巡視活動に当たり、安全を確保できる状態が確認できるまでガイドウォークなどのプログラムを中止したり、那須平成の森園内への立ち入りそのものをご遠慮いただく判断をします。
なお、これらの判断は環境省の了解を得て決定し、判断内容はプログラム参加予定者のみならず、ホームページ、県、町の関係機関などにも公開して、情報を共有するようにしています。
那須平成の森では、さまざまなリスクを想定してガイドラインやマニュアルを用意しています。そのいくつかを若干のコメントを入れて補足します。
・安全管理マニュアル
安全管理に関わる全体像をまとめたものです。プログラム参加者配布用の保険についての説明書(必要時配布)などを含みます。
・緊急連絡網
一目で分かりやすく図式化したものを年毎に作成し、スタッフに携帯させます。
警察、消防、病院、関係各所、スタッフの携帯電話、保険会社の各電話番号、ならびに連絡時の内容・手順を示してあります。
・スタッフ名簿
一般的に作成する名簿と同様だと思いますが、東日本大震災時の教訓から携帯電話のメールアドレスを忘れず一覧にしたものを作成し、スタッフに携帯させます。
・火災等発生時スタッフ行動マニュアル
防火管理者を中心に消防計画に基づいて作成します。
・巡視(パトロール)に関するガイドライン
非常時の巡視:気象上の異変後の巡視やツキノワグマ出没に関する巡視について
通常時の巡視:日常の業務中の巡視について
不審者に対する巡視:園内に不審な行動をとる人物に遭遇した場合のガイドライン
・那須岳噴火時の避難誘導に関するガイドライン
活火山である那須岳から那須平成の森までは4㌔ほどの距離しかないため、噴火時にはスタッフを含め来園者を速やかに避難誘導しなければなりません。そこでガイドラインを設けています。
・ペット同伴者に対するガイドライン
ペット連れの来訪者が入園しようとする際の無用なトラブルを避けるためのガイドラインです。那須平成の森では、現在はペット同伴をご遠慮いただいています(介助犬などを除く)ので、その説明内容などを記したものになります。
・コミュニケーションコード
安全管理面と直結するものではありませんが、些細な言葉使いなどでトラブルにつながりかねないことも想定できます。リスクマネジメント面も含めコミュニケーションコードを作成し、スタッフには注意喚起を促しています。
巡視、火山噴火時の誘導、コミュニケーションコードの各ガイドラ
施設には消火器、AEDなどは通常配備されています。それ以外にスタッフが考えて用意している物は次のようなものです。
・ガイド時の携帯品:クマ撃退用スプレー、ハチ撃退用スプレー、ファーストエイドキット、水(ハチに刺された際の毒を洗い流すため)、無線、携帯電話、塩分補給飴(夏季)、使い捨てカイロ(冬季)、携帯トイレキットなど。
・スタッフの常時携帯品:エマージェンシーホイッスル。名札と共に首からぶら下げ、緊急時に鳴らし緊急事態を知らせます。
・自由散策可能な遊歩道の配備物:クマ対策として鐘の設置。散策者が誰でも鳴らせるような鐘を3ケ所に設置しています。
・館内の配備物:指叉(さすまた)。極力使用しないように心掛けますが、不審者対策の最終手段として常備しています。
何かが起こってからでは手遅れになりかねないのが自然ふれあい施設の安全管理対策です。対策は、教科書的なものはなくその場所に応じて違ってくるはずですから、スタッフ間で適切な方法と訓練内容を考えないといけないでしょう。とにかく事故が生じた場合は、遭難者を救急機関に手渡すまでの時間の速さが勝負ですから、このことを念頭に考えなければなりません。スタッフはいつ何が起きても大丈夫なように準備をしますが、そのストレスはかなりなものとなります。 スタッフに対する精神的ケアも大切になってきます。
那須平成の森は開園6年目を迎えていますが、幸いにもこれまで大きな事故は起きていません。私たちは今後もこれに甘んじることなく、なお一層リスクマネジメントに努めて事故への対策を怠らないようにしていきたいと考えています。