古五六寺廃跡の碑 - 奈良時代後期から平安時代前期の古寺跡 | 南国土佐へ来てみいや

古五六寺廃跡の碑 - 奈良時代後期から平安時代前期の古寺跡

コゴロク廃寺跡(奈半利町)

[ 高知県安芸郡奈半利町 ]

 
石碑にゃ「古五六寺廃跡」と刻まれちょり、変わったネーミングなもんじゃき、何んじゃろーと思うてチックと調べてみたがですが、資料の多くは「コゴロク廃寺跡」となっちょりました。

コゴロク廃寺跡の名の由来

奈半利町中川原の水田の中に布目を持った古代の瓦の出土する土地がある。
ときには蓮花文を持つ軒先を飾る、あぶみの瓦も出土する。
二つのやや大きな水田で、これらの水田の中央に大きな石が立っていた。
中川原の水田から古瓦が出土する事は、すでに江戸時代後半に知られていた。

『南路志・開国之部』の「奈半利村」の項に
到和(著者・武藤到和)言 
当村コゴロクという 田中より出る 
田中第一の古き物也
人は昔 寺跡にて 則コゴロク寺といふ寺跡のよしいふものもあれと未詳
天正地検帳に 古五六村と見たり
と記している

(中略)
古瓦がコゴロクの水田中から出土するが、これは『南路志』の著者も言っているように、古代の寺院であろう。
その場合、文献にはその寺名が判明していれば、その寺名を表現するのは当然であるが、その寺に関する古文献が不明の場合は、その寺院跡の存在する土地の地名を取り、それに廃寺をつけて表現する。
よってコゴロク廃寺が最も学問的に正しい呼称である。

コゴロク廃寺を金剛勒(コンゴウロク)寺と書くこともある。
これは優れた郷土史家・安田大六先生の発想である。
『奈半利町史考』に、次のように述べている。

奈半利平野の東方に、こんごう勒寺が建立されたのも、その頃と思われる。
それは何の記録にも残っていないが、金剛勒寺跡だと云う。
処にある礎石や布目瓦によっておしはかることができる。
今、この地名を「小五六」と云うは、金剛勒(コンゴウロク)が転じたのであろう。
また先述した『南路志』では、「天正地検帳」に「古五六村」とあると記している。

ただ金剛勒寺の金剛は金剛界の略で密教と非常に関係深い言葉であるため、出土地にあった寺を金剛勒寺にしてしまうと、平安時代初期以降の真言宗・天台宗の両宗が、我ヶ国に確立した後に生まれた寺院となる。
ところが、この寺院跡からは、平安時代以前の奈良時代の古瓦が出土するので、創建当時は別の寺があったことになる。

【 参考・引用 】 『奈半利町史』


また、発掘調査もされちょり、下記の報告書も見る事が出来ますき。

奈半利町埋蔵文化財発掘調査報告書第1集
コゴロク遺跡群
県営奈半利町本村部圃場整備事業に伴う発掘調査報告書
2003.3 奈半利町教育委員会

全国遺跡報告総覧 コゴロク遺跡群 - 全国遺跡報告総覧


コゴロク廃寺跡(奈半利町)

 
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