黒沢明「静かなる決闘」
「キャー、い・き・な・りすごいわっ」
●ど、どうしました?
「だって、あんた、マスクしてうたた寝している三船の、マスクを、い・き・な・り脱がすのよっ」
●は、はあ?
「そうして、タバコを口にくわえさせるのよ、三船の助手の医者の若い男っが」
●はあ・・・・
「そうして、三船の口にくわえさせたタバコに自分のタバコを、ちょんとくっつけて、あんた、イーティーの指みたいにくっつけて、火を移すのよっ!」
●はあ・・・・で、それが? 第一、マスクははずすもんで、脱がすもんじゃないですよ。
「あんた、鈍感にもほどがあるわっ。男が、ね・て・い・るっ男に、か・っ・て・にマスクはいで、か・っ・て・にタバコをくわえさせて、でもって、自分のタバコをくっつけるのよ、火を移すのよっ。これが、どういうことかわからないのっ!」
●はあ・・・・?
「はい、みなさん、こんばんは。なにか、へんなこといってる、おかしなおかしな人がいますねぇ。黒沢明の、名作ですねぇ『静かなる決闘』、怖い怖い映画ですねぇ。怖いけど、まじめな映画なんです。それを、おかしなこといってるひといますねえ。びっくりしますねぇ」
「あら、センセ。お久しぶり。でも、センセこの映画好きなの?」
「はい、好きですねぇ。黒沢明、いいですねぇ。黒沢明の映画のなかでは、地味な映画ですけど、いいですねえ『静かなる決闘』好きですねえ」
「でも、センセ、この当時の三船、すごい美男子じゃないっ。水も滴る好男子、ちょっと古臭くて、あたしの好みじゃないけど、でも、この三船なら、あたし、抱かれてもいいわっ!」
「大胆ですねぇ。おとこがっ男に抱かれてもいいなんて、すごいですねぇ。でも、ほんとに、このころの三船、すごいんですねぇ。いいんですねぇ。きれいきれいですねぇ。その三船が、悩むんですねぇ。いいですねぇ。でも、わたしは、太った男が好みですねぇ。三船、だいぶやせすぎですねぇ。わたし萌えませんねぇ三船」
●・・・・。はい、ここで説明します。本作『静かなる決闘』は、三船軍医が1944年の多分中国戦線で、植村謙二郎演じる兵士の外科手術をします。この患者が梅毒もちで、その血が指の傷口から入って、自分も梅毒になる、という悲劇です。
「はい、当時は、梅毒は、怖い怖い病気でしたねぇ。おちんちんの、形が、変わっちゃうんですねぇ。怖いですねぇ。怖い怖いいたいいたい。でも、それは、商売で性を売っている女性が当時はいっぱいいっぱいいたんですねぇ。商売女、いいましたねぇ。その、女性から移されて、大勢の男が梅毒いう病気になりました。いやらしねぇ。お子たちは、真似しちゃだめですねぇ」
「ところが、この黒沢の映画ではっ、患者から医師へ、というか、男から男へとっ、移るのよっね」
●手術した患者がたまたまスピロヘータまみれだったからで、そういう男対男という、図式ではないのでは?
「あんた、まるきりこの映画がわかってないわね。いい。この映画は、男(三船敏郎)が、いかに女の婚約者(三条美紀)をさけて、社会的な男と女の交わり、つまり結婚を避けるかという、つまりぼくは体に欠陥があるので、女とは結婚できません宣言な映画なわけっ」
●はあ・・・・? そうなんですか?
「おかしいですねぇ。へんですねぇ、このひと」
「大体、この映画に出てくる女優、千石規子(見習い看護婦)、中北千栄子(植村の妻)、そろって色気のない女優ばっかしでしょう」
●それは、いつもの黒沢映画。
「そうですねぇ。黒沢明の映画に出てくる女優さん、みんなお色気ないですねぇ」
「黒沢っ、女好きじゃないのよっ」
「女、すきじゃない。男が女好きじゃなかったら、いったい誰が好きなんでしょうねぇ。こわいですねぇ。映画の基本は、サイレント映画、声が出ない時代の映画から、ボーイ・ミーツ・ガールですねえ。やんちゃな男の子が、ある日、女の子と出会うんですねぇ。かわいいかわいい、おてんばな女の子ですねえ。出会ってからも、お互い悪口ばかり言い合うんですねえ。かわいらしねえ」
「でもっ、そもっそもっ。1944年当時よっ、日本が、国が滅びるかも、自分も戦死して故国へ二度と帰れないかも、ってときなのよ。そういう時代、そういうシチュエーションに設定した映画で、俺、梅毒移されました、とっても不安です、って映画を作るなんてどうなのよ? 大情況は無視して、小情況をフレーム・アップする。これって、まさに、あたしたちおかまのやりかた、じゃあないのっ? 黒沢っ、国家なんかどうでもいいの、自分の生き死にどうでもいいの? 自分のスピロヘータに比べれば? 黒沢っ、あたしたちの側なのっ」
●国敗れて、梅毒あり。
「うるさいっおだまりっ」
追記● 「あんたが、脇でぎゃあぎゃあ言うから、つい書き漏らしたじゃないのっ。戦地での植村手術で、三船医師が汗をかくわけ。で手術中の執刀医の汗を拭くのは、そばの看護婦の役目ね、これは手術シーンでたびたびお目にかかるおなじみの場面。でも、この映画では、看護婦がいない前線病院だから、衛生兵? むくつけき無精ひげの男が三船美青年医師の汗をかいがいしく、拭くわけよ。無精ひげが、せっせと、あんた、拭きふきするのよ、三船を」
●はあ。
「あんた、これ、最前線の野戦病院での、劣悪な手術環境で、三船は、つい手術の基本を捨て去って、素手で患者の血に触れたために、スピロヘータなわけじゃない」
●そ、そうですよね。すさんだ医療現場をあらわすためにも、後出しじゃんけん的に考えれば、たとえばですね、
執刀中の三船、汗をかくが、衛生兵は気がつかない。
三船、唸り、額をメスで指す。
衛生兵、気づき、無骨に三船の額をごしごし。
三船、目をむく。
てな感じで、すさんだ現場の様子を見せるのも、くさいかもしれませんが。
「あんた、いきなり、キャラ変わったんじゃない? ま、それはベタ過ぎて採用されないかもしれないけど、あたしの言いたいことも、それよ。黒沢は、なんのためらいもなく、ひげ面男にかいがいしく汗を拭き拭きさせるわけよっ。これ、おかしくないのっ」
●女好きの増村なら、たとえどんなすさんだ野戦病院にも、極エロな若尾文子をつけますからねー。
「それに、三船、言うわけよ。俺は、傷のある指を、一時間もあいつの(スピロヘータまみれの)血の中に漬けていたんだぞっ、って。医者としては失格、だけどそれ以上に、おとこっが、男の血の海に一時間よ、指突っ込んで血まみれよ、あんたっ、信じられる? むくつけき男の助手たち(手製のうちわを仰ぐのは、高品格じゃないかしら)に囲まれて、美青年医師が血だらけの手術よ、あんた」
●はあ。
「それが<原因>で、内地に帰ったら、女、抱けなくなるわけよっ三船」
「はい、へんてこりんな、妄想は、この辺でお開きにしましょうね。さよなら、さよなら、さよなら」
by mukashinoeiga | 2009-09-04 23:06 | 黒沢明 黒い沢ほどよく明か | Comments(4)
どうぞよろしくお願いいたします。
指田文夫さん、ども&はじめまして。かような駄文(笑)お読みいただき、慙愧に耐えません。ま、山中や岡本喜八が赤紙をもらって、なんでガタイがいい黒沢が免れたのか、ほんとに恣意的な制度でしたね、徴兵制度。ロシアン・ルーレット並み。
ご著書、探してみます。地元の本屋にはなさそうなので、フィルムセンターついでに、八重洲BCにでも、ありますでしょうか。
昔の映画
指田さん、ども。では、神保町シアターに行った折に、探してみます。 昔の映画