金曜日。
旗日で休日。
昨日買ったDTM用モニタースピーカーは、明後日の日曜日に届くようです。
大きなものではありませんが、パソコンまわりを整理して、設置場所を確保する必要があります。
毎度のことですが、買った選択が正しいことを補強させたいのか、その関係の動画を今日も見まくりました。
既に確定したことなのに。
文戯杯に投稿した作も、少しの手直しを加えました。
ミスった長命寺の「国宝」は「練馬区指定文化財」に改めました。
垂れ流し状態の固有名詞は、多少の説明的な文を足しましたが、大掛かりな変更はせず。
というか、投稿をしてしまうと、熱が冷め、いじる気も起らず。
さて、創作文芸における、土地名に対するおれの考え方をクリアにするために、いまから言葉にしてみます。
高校生までは、日常で付き合う人々はほぼ首都圏の出身でしたが、それ以降はいろんな所から首都圏に来たひとたちとも交流するようになりました。
彼ら彼女らは、おれが新宿区出身というだけで、Somethingの在る人物であるかのような扱いをしました。
「ケイスケはジモッティーだから云々」
居酒屋での話題がそういう展開になることが多く、それがココロのどこかにきざまれたのでせう。
40を過ぎて小説を書くようになり、東京ジモッティーであることを意識して、あるいは無意識に、首都圏の土地名を説明的なことを添えずに記すことが多いかったように思います。
それで通ると思っていました。
閑話休題。
『五番街のマリーへ』は、大昔、ペドロ&カプリシャスというバンドがリリースした楽曲で、そこそこヒットしました。
しかし、何処の五番街かは歌われていません。
曲調や歌詞から、うらぶれた処を想像しましたが、ずっと後年、説明や注釈なしの「五番街」はニューヨークのマンハッタンに在ると知り、ツアコンになってそこにお客を連れて行く機会もありました。
五番街に「うらぶれ」感は見あたりませんでした。
有名ブランドのお店がずら~っと立ち並ぶ処でした。
『五番街のマリーへ』とは何だったのだろう。
そう想いましたが、そういう指摘はこれまで見聞きしたことがありません。
ここまで。
明日も書きます。
今夜の1曲。
ペドロ&カプリシャス『五番街のマリーへ』。