6月8日
梅雨だというのに
陽射しが痛いくらいの日でした。
ホースの水をミストにして撒きました。
![家族でおくる_a0264538_22404883.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/201806/17/38/a0264538_22404883.jpg)
庭のアナベルは今年は、例年になく咲き誇り
![家族でおくる_a0264538_22464748.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/201806/17/38/a0264538_22464748.jpg)
どのくらい摘んだでしょう
![家族でおくる_a0264538_22424578.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/201806/17/38/a0264538_22424578.jpg)
いくら摘んでも
減ったのがわからないくらいです。
30本のアナベルと
紫のあじさい1本
父のために準備をしました。
![家族でおくる_a0264538_12554413.jpg](https://pds.exblog.jp/pds/1/201806/24/38/a0264538_12554413.jpg)
父の遺志どおり
自宅で家族だけの、通夜と葬儀を行いました。
遺影も祭壇も自分たちでつくり
棺は、実家の庭の花と、我が家のあじさい
孫たちが準備をしたお花にかこまれ
おくることができました。
医師の余命より遥かに短く
それは口にはできないくらい苦しい最期でした。
妹や、その旦那たちと交代で介護をしました。
最期の2週間は、「もう頑張らなくていいから、早く逝って!」と
願わずにはいられない苦しみでした。
何度主治医に「楽にししてやってください!」と
お願いしたことか
ですが、病院の対応は悪く、薬を使ってくれないばかりか
「ここは救急病院なので、転院をしてください!」との
耳を疑ってしまうお返事でした。
確かに救急病院でしょう、でもお隣のお部屋も空いていますし
数ヶ月入院していらっしゃる方もおられます。
父はまだ2週間足らず、もう軽快退院することはできないのは素人でもわかること。
それなのに治医は、3度も退院のお話をするためにお部屋に来られました。
結局高熱が出て、転院にはなりませんでしたがその後1週間で亡くなりました。
それが今の医療の現実なのかもしれませんが
母の時は、この病院には絶対にお世話になることはない!!と家族みんなが思ったのでした。
by mikarose
| 2018-06-17 23:26
| その他
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