「宇宙の仕事」と聞くと、一部の専門家たちだけを対象とした”特別な仕事”と思ってしまいがちですが、実態はその真逆。特別な経験や知識がなくとも携われる仕事がたくさんある業界なのです。
そんな宇宙産業のさまざまな仕事を紹介する『宇宙の仕事辞典』の第3回。スペース・デブリ対策ビジネスにおける営業の仕事について、アストロスケールの吉田 伸也さんにお話を伺いました。
アストロスケール 吉田 伸也さん
【イントロダクション】アストロスケールのビジネスとは?
地球温暖化をはじめ、さまざまな環境問題が顕在化している現在、宇宙の環境問題も喫緊の課題になっているのはご存じでしょうか。それは、衛星軌道上にある不要な人工物体「スペース・デブリ(宇宙ゴミ)」の大量発生問題。1957年に世界初の人工衛星・スプートニク1号が打ち上げられて以来、軌道上で運用を終えた人工衛星をはじめ、故障した人工衛星、ミッション中に放出したデバイス、爆発や衝突によって発生した破片、打ち上げロケットの上段部分など、無数の人工物がスペース・デブリとなって、地球をぐるりと取り囲んでいます。
その数、地上から把握・追跡しているものだけで約3万2000個、統計モデルによる推測では、1cm以上10cm以下のもので100万個、さらに微細な1mm以上1cm以下のものは1億3000万個にも上るとされています。デブリは軌道上を秒速8㎞以上で飛び交っており、万一の衝突事故でも起きようものなら、GPSや天気予報といった私たちの生活に欠かせないサービスの利用に、重大な悪影響を及ぼす恐れも。このままデブリが増え続ければ宇宙利用ができなくなると危惧されているのです。
そんなスペース・デブリ問題に対し、「長期的かつ持続可能な宇宙利用の実現」を目指し、事業を展開しているのがアストロスケール。既存デブリの除去、衛星の寿命延長、故障機や物体の観測・点検、衛星運用終了時のデブリ化防止のための除去など、多彩なアプローチで「宇宙の持続可能性(スペース・サステナビリティ)」の確立に取り組んでいます。2022年には、政府主催の『日本スタートアップ大賞』を受賞し、米TIME誌の『世界で最も影響力のある100社』に選出されるなど、その動向に大きな注目が集まっている宇宙ベンチャー企業です。
どんな仕事なのか教えてください
当社を一言で表すとしたら、「Space Sweepers(スペース・スイーパーズ)」、宇宙の掃除人です。私はその営業担当として、すでに地球軌道上に存在しているスペース・デブリの除去や、これから打ち上げる人工衛星やロケット等のデブリ化防止をはじめとした軌道上サービスの提案を行っています。営業活動の延長で、新たな技術開発や事業モデルの構築、新規市場開拓に留まらず、安全で持続可能な軌道環境を構築するための国際的なルールの整備に携わるポリシーチームとの連携など、事業開発領域の仕事に発展することも少なくないので、そちらも同時並行で手掛けています。
民間事業者や政府関係者などに対して、軌道上サービスにおけるデブリ除去や寿命延長サービスなどを中心に提案しているのですが、その中でも『EOL(End of Life)』と名付けた、衛星の運用終了時に確実に軌道上から除去するサービスについては、2025年頃を予定している『EOL』のサービスインを前に、市場づくりに取り組んでいる段階にあります。お客様に対し、スペース・デブリ問題の将来予測とリスクの高まりをお伝えしつつ、『EOL』サービスを利用することで、衛星運用環境の安定化とサステナビリティの向上に寄与しましょうと啓蒙しているような状況です。
サービスインに向けた進捗としては、2021年にスペース・デブリ除去技術実証衛星『ELSA-d』の打ち上げ・軌道投入と、磁石プレートを搭載した捕獲機構を用いて模擬デブリの再捕獲に成功。2022年には、遠距離からの観測・追跡、非制御物体への誘導接近、絶対航法から相対航法への切り替えなど、複雑で高難度な模擬デブリへの誘導接近にも成功するなど、数多くのコア技術や運用機能の実証が着実に進んでいます。当社のビジネスモデルや技術への信頼性が高まったことで、さまざまなお客様候補企業から関心を持たれており、営業としてもホットな状況を迎えていると言えるでしょう。
この仕事のやりがい・面白さは
まだ誰も本格的に手を付けていない、スペース・デブリ問題の解決につながるサービスを実現し、それを広めていくことは、将来世代に安心・安全な宇宙環境を引き継ぐことにつながります。自分の仕事を通じて、宇宙の持続可能性(スペース・サステナビリティ)の実現に大きく寄与できること、ひいては世界中の人々に貢献できることが最大の魅力です。
また、『EOL』に加え、当社では『ADR(Active Debris Removal)』と呼ばれる、すでに軌道上に存在している大型デブリを取り除くサービスの開発に向けた取り組みも進めています。『ADR』の場合、各国の政府や宇宙機関が手掛けたものが対象となるケースが多いため、営業ターゲットとなるのは各国政府筋。多国間で協調して進めなければならず、まずはその地ならしや資金調達に注力しなければなりません。そうしたスケールの大きなビジネスに携わり、リーダーシップを発揮するチャンスがあるわけです。自分の挑戦やその足跡が、世界初の仕事になる可能性は充分にあります。私個人の目標としては、「デブリのことなら吉田に訊け」と言われるようなパイオニア的存在になりたいと思っています。
この仕事の難しさ・大変な部分は
ただ、当社の提供しようとしているサービス群は、まだ開発や技術実証を繰り返している段階。お客様企業にとっては、雲をつかむような話に過ぎません。それに、高度2000km以下の低軌道衛星の場合、運用終了から25年以内に大気圏へ突入して廃棄する設計を施すことが、国際機関間デブリ調整会議(IADC)スペースデブリ低減ガイドラインで求められています。「25年以内に大気圏突入すればいいんだから、ウチは大丈夫」と新たなコスト負担を避けようとする企業も少なくありません。そのあたりの意識改革をどう促していくかという点が、一番難しいところです。
今後、人工衛星の打ち上げ数は加速度的に増加していきます。つまり、新たなスペース・デブリが生まれる可能性も増加の一途をたどっているわけです。故障した衛星や寿命を迎えた衛星を放置しておけば、お客様企業にとっても自らビジネスのリスクを高めることになります。「25年以内に大気圏突入」というルールも、いずれ強化せざるを得ない状況であり、実際に米連邦通信委員会(FCC)は米国内でライセンスを与える条件を現行の25年以内から5年以内に変更する動きを見せています。このような規制強化の動向をお客様にご理解いただきつつ、デブリを増やさないための対策の一つとしていかに当社のサービスを利用いただくか。頭を悩ませる部分でもあり、だからこそ面白い部分でもあります。
この仕事で求められる資質や、活かせる経験・スキル
私の前職は、航空・防衛関連商社の営業です。そこで政府筋や官公庁のお客様とのやりとりしていた経験が、今の仕事をする上でもアドバンテージになっていると感じています。お客様企業が重複することも多いですから。
ただし、そうした経験がないとダメかというとそんなことはありません。事実、製薬会社出身の営業メンバーもいます。薬剤師の資格を持ち、新薬開発や治験などを手掛けていたそうです。一見、まったくの畑違いに見えますが、長期的なスパンで取り組む仕事という点は共通しています。新たな薬を創出するために、いま何をすべきか。目の前の課題をどう解決していくか。自分一人で解決できないなら、誰とパートナーシップを組んでクリアすればいいか。自ら論理立てて動き、課題を一つずつ解決していくような仕事の進め方が、業界は違っても応用できているんだろうと思います。
当社のメンバー全員に共通しているのは、宇宙への興味に加えて、「社会に貢献したい」というマインドの部分ですね。まだまだ確立されていないことだらけのフィールドで、多くの困難を乗り越え、人類や地球の未来に好影響を及ぼすというスケールの大きな仕事にチャレンジしたいという思い。その有無は大きいと思います。そもそもスペース・デブリ自体、人間が作ったものです。だったら、自分たちでケリをつけなければ。そんな使命感というか責任感を持ったメンバーが集まっている会社だと思います。
【これから宇宙ビジネスにジョインする方へ】
●私が宇宙を仕事にした理由
転職活動中は、商社関連の企業を紹介されることが多かったんですが、宇宙という全く未知のフィールドに挑戦している当社の存在を知って一気に心が傾きましたし、「未来の世代につなげる宇宙環境の創出」というテーマにも惹かれました。また、この宇宙業界でなら、後に続く人たちから目標にされるようなパイオニアになれるかもしれない、という点も入社理由としては大きかったですね。
●読者へのメッセージ
宇宙に何らかの興味関心があれば、たとえ異業種出身の方であっても、どんどんチャレンジしてみてほしいです。前人未到の領域が多すぎて、この先どこに接点が生まれるか分からないですから。もし宇宙ビジネスの世界に飛び込んできたなら、世界的なイノベーターとして評価されるチャンスも山ほどあります。他の業界では、なかなか味わえない醍醐味だと思いますよ。