俳優や芸人、バラエティタレントの主戦場といえば、テレビ番組、映画、舞台など。しかし、近年ではそうした従来の活動の場を飛び出し、SNSやビジネスの世界などで新たなポジションを切り拓く人も増えています。そうした人々の活躍の裏側に迫る「型破り」。
今回ご登場いただくのは、お笑いコンビ「コットン」の西村真二さん、きょんさんです。「キングオブコント2022」で準優勝するなど、コントの名手として知られるお二人。その一方、西村さんはTwitterでその日の気温に合った衣装を発信する「衣装予報」で、きょんさんはTikTokやInstagram、YouTubeでの「人間観察動画」で、それぞれ注目を集めています。
TikTokにネタ動画を上げるなど、本業の一環としてSNSを活用する芸人が多いなか、二人の発信のスタイルはやや個性的です。西村さんは「仕事につなげる気はない」と断言し、きょんさんも「肩の力を抜いている」とあっさり。
その背景にあった、ある種“型破り”な、本業(芸人)へのこだわりとは。
衣装予報やSNSでお金を稼ぐつもりはない
──西村さんが毎朝Twitterに投稿する「衣装予報」が大きな話題になっています。そもそも、なぜこうした発信を始めたのでしょうか?
【まだ家を出てない人へ】
— コットン 西村 (@slimboy24) 2023年1月16日
今日は今3℃昼8℃夜6℃と「1日中ヒンヤリと真冬の寒さになる日」です。服はヒートテックに、スウェットやシャツ+カーディガンなどの上に、厚手のコートやダウンジャケット、マウンテンパーカーなどの冬アウターが必要です。マフラーや手袋で防寒を。僕を信じてください。
西村真二さん(以下、西村):最初に「衣装予報」を投稿したのは3年くらい前ですね。その日は3月なのに気温が高くて、僕はシャツ1枚で出かけたんですけど、周りの人はジャケットやコートを片手に持ちながら移動していて。どうせ暑くて脱ぐなら邪魔になるだけじゃないですか。
そこで「今日は暖かいからジャケットなしで大丈夫です。シャツ1枚でいけます。僕を信じてください」とツイートしたんです。その投稿に1000くらい「いいね」がついて、もしかしたら需要があるのかなと思い、続けるようになりました。
──今年3月からは「衣装予報」を毎日のようにツイートしています。正直、朝の忙しい時間に欠かさず投稿するのは大変じゃないですか?
西村:毎朝、5つくらいの天気予報アプリをチェックして、朝昼晩の気温の平均値を出しています。それはちょっと大変ですけど、衣装を決めるのはあっという間ですね。これくらいの気温だったらこれを着たらいい、みたいなデータは自分の中で蓄積されているので。
ただ、もっと忙しくなって本業に支障が出るようだったら、即座にやめますよ。そもそもSNSって、無理して上げるようなものじゃないと思うし。
──せっかく反響があるのに、やめてしまうのはもったいない気もしますが……。それこそ、「衣装予報」からいろんなお仕事につなげることもできるのでは?
西村:それ、よく言われるんですけど、あくまで本業は芸人なので。例えば、「天気つながりで気象予報士の資格を取りませんか?」と言われてもまったく興味がないし、やるつもりはないですね。
衣装予報は、コットンのことを知ってもらうきっかけになればいいんです。芸人の活動とは完全に切り離して考えていて、名刺を配るくらいの軽い気持ちでやっていますね。だから、衣装予報のツイートは特に面白い文章でもないし。おもしろはコットンのネタとか、芸人の仕事のほうを見てもらえたらいいかなと。
──SNSでバズったら、それを糸口に売れようとか、お金を稼ごうとか、そんなふうに思う人が多いのかなと思いますが、そういうことはまったく考えていないと。
西村:別にSNSの文脈で売れようとは思わないし、それでお金を稼ぎたいとも考えていません。やっぱり自分たちの軸はネタですし、劇場やテレビに出て笑いをとるのが芸人だと思っているので。特にコットンはネタで注目を浴びてみなさんに知っていただけるようになったコンビなので、そこは大事にしたいですね。
継続がバズを生んだ「人間観察ちゃんねる」
──西村さんが「衣装予報」なら、きょんさんはInstagramやTikTok、YouTubeの「人間観察動画」で度々バズっています。始めたきっかけを教えてください。
きょんさん(以下、きょん):新型コロナウイルスの蔓延で、劇場やテレビの仕事がいっさいなくなったとき、死ぬほどヒマだったんです。それで、SNSで動画でも上げてみようかなと思って。その頃はまだ、SNSでネタ動画を発信している芸人が、そこまで多くなかったんですよ。YouTubeを敬遠している芸人も結構いましたしね。だからこそ、あえてやってみようっていうのもありました。
でも、不思議なことに動画を上げる度にフォロワーが減っていったんですよ。
──いったいなぜ……?
きょん:こっちが聞きたいよ! で、「なんだよ!」と思って、仲の良い後輩芸人のおばたのお兄さんに話してみたら、「まずは1カ月、毎日上げてみたらどうですか?」って言ってくれて。とりあえず、おばたが良いと言ってくれた「クラスで1番明るいJK」っていうキャラクターの動画を投稿することにしました。そうしたら、だんだん反響が大きくなってきて。
──後輩のアドバイスを素直に実行できるのが、きょんさんらしいなと感じます。
きょん:僕、誰のどんな意見もすべてを受け入れようと思うタイプなんです。スポンジのように一回吸収しよう、とりあえずやってみよう精神で始めちゃいますね。そもそも「クラスで一番明るいJK」っていうワードも、おばたからもらったものなんで。それでダメだったら、「全然バズらねえじゃねえか!」っておばたのせいにしてトークのネタにできますからね。
──今では「クラスで一番明るいJK」だけでなく、クセのあるさまざまなキャラクターの動画を毎週のようにアップされています。題材になる人物のモデルはいますか?
きょん:誰かから聞いた面白い人の話とか、街で見かけた気になる人の中で、僕が演じてみたいキャラクターをやってますね。例えば、「アパレル店員に差し入れを渡す男」っていう動画があるんですけど、あれはアパレルで働いていた後輩芸人から聞いた話に出てきた、実在のお客さんがモデルになっています。
「人間観察ちゃんねる」の動画は全部、そういう小さなきっかけだけで瞬発的に撮ってます。口癖とか手の動きとかだけ決めて、あとはもうノリでやってますね。全部100点満点のものを作ろうなんて思ってなくて、20点や30点の完成度でもとりあえず出す。その中から反応の大きいものをブラッシュアップして、100点に近づけていくっていう感じでやっています。
──とにかく動画をアップし続けることに意義があると。
きょん:始めた当初は再生回数1000回くらいでしたからね。でも、とりあえず1年間は続けることを目標にして。もともと継続が苦手なタイプなんですけど、そんな決め事すら守れないやつが売れるわけないと思って頑張りました。頑張ったといっても、別に苦ではないんですけどね。肩の力を抜いて、楽しんでやっちゃってるんで。
──先ほど西村さんは「SNSでの発信と芸人としての活動は別物として考えている」とおっしゃっていましたが、きょんさんはいかがですか? SNSでの動画発信も芸人活動の一環なのでしょうか?
きょん:僕もとりあえずコットンを知ってもらうきっかけになればいいかなくらいのテンションで投稿を始めたので、そこまで深く考えてSNSをやっている感じではないですね。でも、僕はにっくん(※西村さん)みたいな線引きとかはなくて、仕事につなげる気満々です。
例えば、よしもと芸人がInstagramの動画で競うコンテストで優勝して、ある国際的なスポーツイベントの魅力をInstagramで発信するアンバサダーになれたんですよ。あれはうれしかった。
だから、忙しくなってもSNSでの発信はなるべく続けていきたいです。できれば、にっくんにも「衣装予報」やめてほしくないんですけどね。僕は毎日、にっくんのツイートをチェックしてから洋服を決めてますから。「い」って打ったら予測変換の一番上に「衣装予報」が出てくるくらい、一番のヘビーユーザーです。
──西村さんはきょんさんの動画をチェックしていますか?
西村:……もちろん、観てます。
きょん:怪しいな。
西村:あれとか面白かったよ。鼻ピ(鼻ピアス)しすぎて開けるところがなくなったから「目ピ(目ピアス)」までいっちゃった女の動画。
きょん:なんなんそれ、めっちゃ痛いじゃん。ていうか、そんな動画ないから!
西村:ちょっとごめんなさい。インスタは見てますけど、YouTubeの動画まではチェックしてないですね。なんとなく「こんなことやってんだろうな」くらいの認識です。
「負け」を知らないやつはトップになれない
──きょんさんの前職はIT企業の営業、西村さんの前職は「広島ホームテレビ」のアナウンサーと、お二人とも芸人さんとしては少し珍しい経歴です。芸人になってから前職での経験が生かされていると感じることはありますか?
きょん:僕、同期の中でなぜか営業成績が良かったんですよ。1年目から社長賞とか取って。でも、別にロジカルに言葉を尽くしていたとか、相手の心理を分析して営業していたとか、そういうことはまったくなくて。なんで成績良かったのかな? 自分でもよく分かんない。
ただ、強いて言えば、「切り替え」は早いほうだったかもしれないです。電話営業で相手から「この野郎、ふざけんな!」って怒られても、そこは全力で謝って、すぐ次にいけましたから。もしかしたら、この切り替えの早さは芸人に生きているかも。
芸人って、けっこう「(ダメージを)食らう」ことが多い仕事ですからね。舞台や収録でスベったり、賞レースでまったく結果を残せなかったり。そんなときでも、わりとすぐ「よし、次!」ってなりますから。
──西村さんはどうですか?
西村:番組の収録などで、アナウンサー時代の経験が役に立っていると感じることはあります。例えば、場に応じた状況判断というか、今ここで自分に何が求められているのかを察知して実行する力は前職で培われたものなのかなと。
今朝も『ラヴィット!』(TBS)の生放送に出演してきましたが、あの番組に出る芸人は常に“面白いこと”を求められる一方で、お店の情報などをしっかり言わないといけない局面もあります。
本当は終始ふざけていたほうが楽だし、僕もできることならずっとボケていたい。でも、番組の流れやディレクターさんが僕にやってほしいことは何かを察して、時には情報を伝える側に回れるのは強みなのかなと思います。
──大勢の芸人さんが自由にボケまくる『ラヴィット!』のような番組は、時に収拾がつかなくなるというか、伝えたいことをすべて言うのが難しいこともありそうです。
西村:本当は「10」を伝えなければいけない情報が、スタジオのノリによって「8」しか伝えられていないときに、残りの「2」をさりげなく補足するみたいなことは意識していますね。それはアナウンサー時代に培った能力だと思います。
最近は補足のなかにも要所要所で“おもしろ”をのっける、みたいな芸人とアナウンサーのハイブリッド感が出せるようになってきましたね。そんなことを考えず、芸人としての直感に任せてやっている人もいるんでしょうけど、僕の場合はそういう自分の特徴を出していかないと売れないと思うので。
──ちなみに、水泳ジュニアオリンピック選手やミスター慶應グランプリなど、スーパーエリートとして人生を歩んできた西村さんが周囲の芸人さんから“イジられる”ようになりましたよね。このことについては、どう捉えていますか?
西村:単純に、びっくりはしていますよね。僕はお笑いの世界って、とんねるずさんのような“圧倒的な陽キャ”が制していく場所だと思っていて、もともとずっと陽キャである自分もそうなるはずだった。だから、今の流れをまだ受け入れられない自分はいますね。
──これからお笑いの世界、バラエティの世界を制していくうえで、今のようなイジられキャラのイメージが根付いてしまうことは、キャリアの足枷になりませんか?
西村:それはまったくないと思います。だって、番組のMCとして今バリバリ活躍している先輩芸人の方々って、過去にコテンパンにやられていることが多いじゃないですか。
例えば、上京したてのかまいたち・濱家さんなんて死ぬほどイジられていましたし、フットボールアワーの後藤さんも『アメトーーク!』(テレビ朝日)でザキヤマさんたちのおもちゃにされていましたから。僕はあの人たちのレベルにはまったく達していないけど、将来的にそこへ行くためには良い意味で「負け」を知っていないといけないんじゃないかなと思います。だから、今の状況はこれからのキャリアに欠かせない段階だと理解していますよ。
まあ、むかつきますけどね。僕の中に「イジられてうれしい」という感情はまったくありませんから。ただ、イジられてありがたいという気持ちは持てるようになりましたね。
行動する勇気を使うなら、若いうちに
──20代の時、まったくの異業種から芸人の道へ「転職」されたお二人ですが、自分のやりたいことを仕事として叶えたいと考えている若者は多いと思います。そんな読者へのメッセージ代わりに、転身を決意された当時の熱い思いをお聞かせいただけますか?
きょん:僕はもともとテレビっ子で、芸能の世界にずっと憧れを持っていました。ただ、自分がその世界に入るなんて無理だと思っていたし、熱い思いを封印したまま普通に大学生になって。
ただ、そんな時にバイト先の店長が「俺も昔は俳優を目指していた。その夢を諦めてしまったことを今でも後悔している。だから、お前は絶対に芸人をやったほうがいい!」と言ってくれたんです。いったん就職した後も、その言葉がずっと自分の中に残っていて。
決心がついたのは会社に入って1年が過ぎた時ですね。東日本大震災があって、本当にいつ何が起きてもおかしくはないなと思ったときに「もう、芸人やろう!」と。失敗したらそのときに考えればいいやと思えるようになりました。
だから、今度は僕が読者の方に言いたい。やりたいと思うなら「絶対にやったほうがいい!」。
──力強いお言葉をありがとうございます。ぜひ西村さんもメッセージを。
西村:僕は、全員がチャレンジすればいいとは思っていません。特に、僕らみたいな不安定な業界への転身ってほとんど失敗するから、本当に覚悟がある人だけが足を踏み入れたほうがいい。
ただ、一歩を踏み出す勇気って若いうちに使わないと、あっという間にゼロになってしまうんですよね。だから、今とはまったく違う新しい道を目指すのであれば、20代のうちがいいんじゃないかなと思います。僕だって、当時は25歳だったから「芸人になりたい」という魂と気持ちだけで会社を辞めて上京することができた。これが35歳だったら、きっと辞められなかったでしょうね。
もちろん、辞めた後は厳しい現実が待っていたし、今だって別に裕福なわけではありません。それでも、あのタイミングで決断して良かったと心から思えますね。
2012年結成。2019年に「NHK新人お笑い大賞」で優勝。2017年から2021年まで4年連続で「ABCお笑いグランプリ」の決勝に進出。2021年、コンビ名を「ラフレクラン」から「コットン」に変更。2022年に「キングオブコント」で準優勝に輝く。
西村真二さん:1984年生まれ。広島県出身。ツッコミ担当。2007年ミスター慶應コンテストでグランプリ受賞。慶應義塾大学商学部を卒業後、広島ホームテレビにアナウンサーとして入社。退社後の2011年にNSC東京校17期生となり、2012年に同期のきょんさんと「ラフレクラン」を結成。
きょんさん:1987年生まれ。埼玉県出身。ボケ担当。大学卒業後、IT企業に就職。営業マンとして1年目で社長賞と新人賞を獲得するも、芸人を目指して2011年にNSC東京校に入学。2012年、同期の西村さんと「ラフレクラン」を結成。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
撮影:曽我美芽