新しいビジネスに先陣を切って飛び込んできた開拓者に、ビジネスを生み出す原動力となった課題意識やそれを乗り越えるためのアクションを伺う連載「ファーストペンギンの思考」。
今回登場いただくのは、獣医師監修で国産原材料にこだわった手作りペットフードを届けるサービス「CoCo Gourmet(ココグルメ)」を立ち上げた株式会社バイオフィリア代表取締役の岩橋洸太さん。
金融業界から転身し、異業種のペット業界で起業した岩橋さん。その根底には「殺処分をなくしたい」という動物たちへの思いがありました。
しかしながら、ココグルメにたどり着くまでの道のりは決して平坦ではなかったそうです。動物たちの幸せを考えて立ち上げた当初の事業はことごとく失敗。会社の預金が一時3万円になるまで追い込まれながらも、ペットフードビジネス、そして「手作り」にこだわり抜いて事業を成長させてきました。
先行者の多いペットフードの世界でココグルメがどのようにしてファーストペンギンとなったのか。岩橋さんの歩みから、困難な状況においても「人生を通じた目標」を持ち続けることの大切さを学びます。
人生を決定付けた「猫の虐待事件」
──岩橋さんは新卒で金融業界に入られたんですよね? まったく異業種のペット業界で起業しようと決意した経緯を教えてください。
岩橋洸太さん(以下、岩橋):最初のきっかけは中学時代までさかのぼります。当時、ニュースで「こげんたちゃん事件(2002年に発生した猫の虐待事件。ネットの匿名掲示板を舞台にしていたことからメディアの報道も過熱し、大きな話題を呼んだ)」を知り、そこから保健所での犬猫の殺処分を含む動物福祉の問題に強く関心を寄せるようになって、「殺処分や虐待をなくすことで動物の幸せに貢献したい」と思ったんです。
ただ、当時はまだ少年だったので、ペット業界への就職や起業までは考えていませんでした。そもそも、ビジネスか政治かボランティアか、自分がどんな形でペットの世界に携わりたいのかさえ分かりませんでした。
──そこがはっきりしたのはいつごろでしょう。
岩橋:大学時代でしょうか。
──やはり大学で経済学を学んだことが大きかったのでしょうか?
岩橋:そうですね。ビジネスの文脈ではありませんが環境債(環境問題の解決に資する事業に使途を限定して資金調達する債券)や、環境負荷のかかるものに税金をかけることで環境を保護する制度を知って、こういうお金の流れで問題を解決する方法であればチャンスがあるんじゃないかと。お金の流れを変えることで課題を解決したいと思いました。
あとは、就職で日興証券に入って、IPO(新規上場株式)の部門に配属されたことも大きかったですね。入社当時、「ビジネスで世界の貧困をなくしたい」という課題意識を持ったユーグレナの新規上場を目の当たりにしたんです。利益の追求と社会課題解決の両立を目指す姿に「この形なら自分もペットの世界に関われるかもしれない」と刺激を受けました。
IPOの部門に配属されたのはたまたまでしたが、未上場企業の経営を学べたのは大きかった。そのスキルと「動物を助けたい」という思いの両方を併せ持った人はきっとあまりいない。だったらこのままビジネスの世界に突き進んだほうがいいんじゃないかと。
──証券会社での経験は、ペット業界でのビジネスにどのように生かされていますか?
岩橋:起業当初の0円の売り上げを100万円にする段階では役に立ちませんでしたが、会社が大きくなるにつれて、証券会社時代の知識と経験が役に立ってきました。
証券会社では未上場企業の経営手法やIPOの段取りについて学んだのですが、そもそも未上場企業が上場するタイミングでは、既に売り上げが何十億円とあって、ある程度会社は大きくなっているんです。
実際、起業して最初の2、3年は苦戦が続きましたけど、経営がうまくいかない状態でも、会社の成長イメージは理解していたので、「ある程度会社が大きくなったら次はこうすればいい」という手順が逆算できていましたね。
事業はことごとく失敗、会社の預金枯渇の危機を経てたどり着いたペットフード事業
──その、苦労した「(起業した)最初の2〜3年」について詳しく聞かせてください。
岩橋:まさに泥沼のような道のりでしたね……。事業を4つほどピボット(軌道修正)させながら何度も何度も失敗し続けて、会社がつぶれそうになる経験も味わいました。
──聞いているだけで胃が痛みます。ピボットした事業とは具体的にどんな内容だったのでしょうか?
岩橋:まずは里親希望の方と動物をつなげるために、飼い主希望者と動物をマッチングさせるようなサービスを立ち上げました。何しろ「殺処分をなくしたい」という思いが先立っていたので、「動物の生体販売市場を変えよう」と。
最初は保護動物は掲載せずにブリーダー直販の動物などを掲載していたのですが、そこで業界1位になれば、生体販売市場をいい意味で「コントロール」できるようになると考えていたんです。例えば、良いブリーダーさんを前面に押し出すとか、そのサイトに保護犬・保護猫の子を並べて保護犬・保護猫を知ってもらいマッチングする機会を増やすとか。
ただ、その事業はうまく収益化できませんでした。「殺処分をなくしたい」という“思いベース”で入ってしまい、稼ぎ方や事業規模まで思いが至らなかったんですね。そこは今では反省しています。
──サービス自体は素晴らしいと思いますが……。
岩橋:そのマッチング型のサービスを閉じた後に、「先行者もいるしここなら収益が出そう」と立ち上げたのがペットメディア事業。しかし今度は、肝心の広告主探しがうまくいきませんでした。ペットフードメーカーに広告営業をしましたが、「テレビCMで事足りているから」と見向きもされない。ペットフードの業界は大手の寡占で市場が成り立っていて、Webメディアに広告を打ってまで新規顧客を取りに行くモチベーションを作りづらいんですね。今も他社の状況を見て、ペットメディアを収益化する難しさを感じますね。
そうしてついに会社の現預金が3万円にまで落ち込んで(笑)。実家に戻るとか服を買わないとか……ある種原始的なコストカットを続けつつ、受託の仕事で食いつなぎながら新規事業の種を探していました。
そのときにたどり着いたのが、ココグルメの事業です。
──涙ぐましい努力を続けながらたどり着いたのが、ペットフード事業だったと。
岩橋:はい。最初は無謀なチャレンジではないか? と思ったこともありました。先ほども申し上げた通り、ペットフード業界は強いプレイヤーがいて市場が硬直化していました。我々がペットフードを手掛けるのは、例えるなら「自動車業界に参入してトヨタに勝つ」と宣言するようなもので、それはいくらなんでも無理だろうと。
ただ、当時のペット市場の規模は1.5兆円程度で、そのうちの5,000億円はペットフードが占めていました。ペットビジネスを成功させるために市場の3分の1を占めるペットフードは無視できませんでした。
あと、個人的にはペットの飼い主としての課題意識もありました。当時一緒に暮らしていた犬2頭を病気で立て続けに亡くし、「フードにもっと気を遣っていれば寿命をまっとうできたのではないか、他の人には同じ後悔をしてほしくない」という思いを持ったことも、ペットフード事業へ参入しようと決意した理由です。
他にも、かつては外で暮らすことが多かったペットが家の中で暮らすようになるなど、家族の一員という意識が広がってきたのも理由の一つです。ペットの位置付けが変わってきているのに、ペットフードの中身を見ると意識の変化に追いついていない部分があったんです。
──どういうことでしょう?
岩橋:今はだいぶ改善されてきていますが、ペットフードの質自体は良くても、工場での品質管理基準といった管理手法をはじめ、まだ人間の食品と違う部分がある。どこかに「人間と同じじゃなくていい」といった考えがあり、それが業界の常識になってしまっていたのではないでしょうか。
だからこそ、ペット業界の常識に染まっていない私たちが、ゼロベースでペットにとって最適なフードを考えなければ、と思いました。
それに、海外でD2C(Direct to Consumer:メーカーが商品を直接消費者に販売するビジネス)の手法を活用した手作りペットフードビジネスが生まれつつありましたが、日本ではまだどの企業も参入していないビジネスでした。これだけ条件が揃っていれば挑戦するしかないと。
──ペットフード事業で「やっていけそうだ」と思ったのはどの瞬間ですか?
岩橋:何回かありますが、本当に「いけるかも」と思えたのは2回目の資金調達を終えて、売り上げが何千万円単位になっていった頃ですね。
──2度も資金調達できたということは、ペットフード事業に参入してからは順調だったのでしょうか?
岩橋:全然そんなことはなくて(笑)。特に、資金調達にはめちゃくちゃ苦戦しました。スタートアップの投資ラウンドには段階があって、私たちは「プレシリーズA」とその後の「シリーズA」で5.4億円くらい調達できたのですが、そのうちの「プレシリーズA」が大変でした。
そもそも「プレシリーズA」にはリード投資家が少なくて、企業にとっては資金調達が一番難しい段階といわれるんです。それに、当時はコロナが流行し始めたタイミング、かつ米国で初めてIPOをしたD2Cスタートアップが赤字決算になったこともあり、投資家から「本当に利益が出るのか?」と懐疑的な目が向けられたんですね。
売り上げは少しずつしか増えないのに、人件費や製造費などでお金はどんどん出ていく。そうこうしているうちにまたしても会社のキャッシュが枯渇しそうになって、取引先に「支払いを1カ月遅らせてくれないか」と頼み込んだり、高金利のビジネスローンを借りたり……。そうでもしないと会社がつぶれるんじゃないかという危機に見舞われました。
何とか2020年の4月くらいに既存の株主からブリッジ調達をして耐えしのいで、11月に資金調達が決まるというまさに綱渡りの経営でしたね。
──ペットフード事業に決めてからも順風満帆ではなく、危ない橋を何度も渡ってきたんですね。そんな状況でも、岩橋さんが心が折れずにモチベーションを保ち続けられた理由はなんでしょうか?
岩橋:やっぱり「自分の人生をかけて殺処分をなくしたい」という明確な目的があったのは大きいですね。もちろん、ペットフードのビジネスを興すことが殺処分減に直接つながるわけではないと思っています。ただ、起業家としての人生を歩むなかで「動物の幸せに貢献したい」という、より大きな目的に視点が移ってきた感覚はありますね。だからこそ踏ん張れたのかなと。
ペットとは違う業界の事業で会社を大きくしてからペット業界に戻ったほうがいいんじゃないかと思ったこともあったんですが……。
事業が失敗するにつれて、「こういうところがダメだったんじゃないか」というのがノウハウとしてではなく実体験として身に付きました。要は、自分の貯金や貴重な20代の時間を2、3年使って「事業の勘所」をインプットしていたんですね。
そうしてインプットしたものがあったから、ココグルメのコアの部分が生まれました。ビジネスにも打率がある。トライアル・アンド・エラーを繰り返して打率を上げればいつかヒットが打てる。粘り強くやって良かったと思います。
ペットは「おいしい」も「おいしくない」も言ってくれない
──とはいえ、手作りのペットフードは日本にそれまでなかった商品ですし、手作りを貫くために、さまざまな苦労があったのではないでしょうか。開発・製造にあたってどんな課題がありましたか?
岩橋:まず最初の関門は“工場探し”でした。当時はそもそもペットフードを作る人間の食品工場がまずありませんでした。
でも、安心・高品質を徹底するために、人間の食べ物と同じように作る、というこの一点だけは譲れなかった。
ひたすらメーカーに打診しましたが、作るものがペットフードだと分かるとネガティブな反応をされることも多く、次々と断られて。何十社と回ってようやくパートナーとなる1社を見つけました。
パートナーを巻き込むにあたって意識したことは、とにかく「結果を出す」ということ。まだ世に普及していないビジネスなので、利益が出るということを実証しなければ納得してもらえません。ただ、「今月はこれぐらい発注します」と定常的に言えるようになると、徐々にパートナーの反応も変わってくる。
前提として、ペットフードは一人のお客さまが同じ商品を買い続ける傾向にあるので、食品会社にとっては「利益に波が出にくい」というビジネスメリットもあったのかなと思いますね。極端な例だと、おせちは年末年始以外はまったく売れません。それに比べるとペットフードは毎月安定して売れ続ける。
そうしたビジネスモデルの観点からも、利益の出やすさを納得してもらえた側面はあったかと思います。
──品質を向上させるためにもいろいろな苦労がありそうですね。
岩橋:そうですね。実は商品発売から現在までの3年間で計7回もリニューアルしているんです。
──素人感覚でもそれは多いと感じますね。
岩橋:D2Cビジネスなので、カスタマーサポートなどでお客さまから直接意見をいただくことが多くて。具体的な例を挙げると、最初は原材料のニンジンは他の野菜と同じサイズでしたが、お客さまから「(ペットから)ニンジンが消化されないまま排泄されてしまう」という声をいただきました。それを受けてサイズを細かくしたり、加熱時間を増やしたりして、消化しやすいように工夫しました。
そんな細かい改善を今この瞬間も行っています。新しいサービスがゆえに世の中に正解がない状態なので、お客さまから細かくご要望をいただけるのはとてもありがたいですね。
──パートナー企業にも、お客さまにも商品の魅力を理解してもらうのは大変だったでしょうね。「ペット業界ならではの難しさ」というのもありましたか?
岩橋:当たり前ですが、「ユーザー」の感想が聞けないことですね。私は開発した商品を食べるようにしていますが、人間がおいしいと思ってもワンちゃんがおいしいと思っているかどうかは分からない。
人間だとユーザーテストをすると「おいしい」とか「塩味が強い」とか何らかの反応がありますが、動物の場合は食べるか食べないかの2択です。そして、食べなかった場合もなぜ食べないのかが分からない。
これがペット業界特有の難しさだと思います。だからこそ、最終的には「どれだけ売れたか」という結果でしか商品を評価できない。新しい商品を開発するたびにこの問題に直面しますね。
──ココグルメの会員数を増やすためにどういったことをしていますか。
岩橋:これもD2Cビジネスの強みですが、普段からSNSなどでお客さまと「密」にコミュニケーションを取っています。
Instagramのアカウントではお客さまのコメントにすべて返信をしていますし、DMでいただいたご意見にも丁寧に回答しています。
そうした取り組みの結果、今ではフォロワーさんからの「商品についての自発的な口コミ」が月300件を超えています。思い返せば、こうしたファンメークはココグルメの会員数を増やすうえでなくてはならないプロセスでした。コミュニケーションを通して、商品だけじゃなくて会社自体も好きになっていただけたらと思っています。
──競合も現れて、近年は手作りペットフードの認知度も上がってきていますよね。今後は事業をどうしていきたいと考えていますか?
岩橋:ペットにはいつまでも長生きをしてもらいたいと思っています。そのために「動物の手作りごはんを当たり前にしたい」ですね。人間と同じく「食」は動物たちの健康、ひいては幸せに最も大きな影響を与えるものの一つですから。
ココグルメの会員数は10万人を突破しましたが、これはワンちゃんの飼い主の世帯数を600万世帯と考えると、全体の1~2%に過ぎません。手作りごはんを「当たり前」にするためにはこれを100%に限りなく近づけていきたい。そのためにはどうしたらいいのか……それを今は考え続けています。
ペットフードメーカーが「人間の食品」を手がける理由
──「動物の幸せに貢献したい」という目標は、ビジネスを通してどれぐらい達成できていますか?
岩橋:まだ1合目にも来ていないというところですが、殺処分減に向けた取り組みとして現在は「わににゃるプロジェクト」という保護犬と保護団体さんにココグルメをお送りする支援を行っています。弊社のこうした寄付の取り組みに共感していただけるユーザーさんもいるのはありがたいですね。
──壮大な目標ですが、一歩一歩できることから着手されているんですね。今後、その目標のためにやってみたいこと、手掛けてみたいビジネスはありますか?
岩橋:10年ぐらいのスパンで長期的な計画なのですが、人間の食品も作っていきたいと思っています。
──ペットから人間へ。発想がこれまでの企業とはまったくの逆パターンで面白いですね。
岩橋:明確にやりたいことがあって。「培養肉(動物の肉から取った細胞を液体の中で培養して作り出す人工肉)」を作りたいんです。
私たちは「動物の幸せ」を考える会社です。動物って犬や猫だけじゃなくて、食肉として消費される牛・豚・鶏ももちろん動物で同じ命ですよね。
近年、地球環境の観点から世界的に肉食文化が見直されつつあります。世界80億人がこのままお肉を食べ続けると環境破壊が進んでしまう、とも言われているんですね。お肉を食べること自体を否定するわけではありませんが、動物を殺さずにお肉を食べられる世界のほうが絶対幸せだなと思っています。
「動物の幸せ」を考えることが、ひいては人間、地球の「幸せ」を考えることにつながる。さらにはビジネスとしてのポテンシャルも大きく、大きい事業を作ればより大きく社会を変えられる。そういう意識で新たなビジネスにもどんどん挑戦していきたいですね。
(MEETS CAREER編集部)
撮影:関口佳代