新しいビジネスに先陣を切って飛び込んできた開拓者に、ビジネスを生み出す原動力となった課題意識やそれを乗り越えるためのアクションを伺う新連載「ファーストペンギンの思考」。
今回登場いただくのは、ネットショップ作成サービス「BASE」を手掛けるBASE株式会社の執行役員、神宮司誠仁さんです。
BASEは“レッドオーシャン”のEC業界で、徹底して「個人やスモールチーム」にフォーカスするという独自の路線を歩み、ポジションを確立してきました。
現在、そのプロダクト全体のプロダクトマネージャーを務める神宮司さんはBASEの創業期にジョイン。20代でプロダクトの責任者という重責を担い、当時はまだ世間に浸透していなかった「プロダクトマネージャー」のキャリアを開拓していきました。
「決済の民主化」をミッションに掲げ、個人やスモールチームの課題を解決しながら成長を遂げてきたBASE。そこには、ファーストペンギンならではの知られざる苦労があったのでしょうか。プロダクトのすべてを知る神宮司さんに聞きました。
インターネット大好き人間たちと「リバ邸」で未来を考える日々
──神宮司さんはBASEに入社される以前から、自身でWebサービスをつくっていたそうですね。何がきっかけだったのでしょうか?
神宮司誠仁さん(以下、神宮司):僕は高校を卒業後、家入一真さん(株式会社CAMPFIRE代表取締役)が立ち上げた起業支援コミュニティ「Liverty」に所属しました。……いや、所属というかLivertyの活動拠点だったビルに転がり込んだというほうが近いですね。
当時の僕は何のスキルも持っていませんでしたが、LivertyのメンバーがさまざまなWebサービスをつくっているのを見て、自分もやってみようと。ちなみに、当時大学生だったBASE創業者の鶴岡(鶴岡裕太代表取締役CEO)ともそこで出会いました。
──鶴岡さんとは、その後にできたシェアハウスの「リバ邸」でも一緒に暮らしていたということですが、当時から仲が良かったのでしょうか?
神宮司:鶴岡は、最初の頃からすごく面倒を見てくれましたね。人見知りで誰ともうまくコミュニケーションがとれていない僕を、毎朝のようにビルの1階にある牛丼屋へ連れて行ってくれました。人生で初めて、先輩らしい人に出会ったというか。それから徐々に話すようになりました。
──当時から、鶴岡さんと「BASEのようなサービスをやりたい」という話はされていましたか?
神宮司:それが……よく覚えていません(笑)。というのも、当時は鶴岡に限らずリバ邸にいるみんなが日常的に「こんなサービスがあったらよくない?」といった話をしていましたから。
本当に、インターネットが大好きな人たちばかりが集まっていた場所でしたね。自分が知らないWebサービスのことを教えてもらったり、延々とディスカッションしたり。働きもせずにそんなことばかりしていたおかげで、インターネットに対する捉え方・考え方が深まり、自分の血肉となったところはあるかもしれません。
──ちなみに、神宮司さんは今もインターネットやWebサービスが大好きで、スマートフォンには常に300くらいのアプリがあると伺いましたが、本当ですか?
神宮司:本当です。iPhoneを買い換えるたびにいったんアプリを全削除して、気になるアプリをどんどん入れていくのですが、いつも最終的に300くらいになっています。
ただ、そのアプリを自分が使うというよりは、プロダクトとして面白そうとか、UIが優れているとか、そういう部分に惹かれます。あとはストアに表示されている“アップデート一覧”を1日に何度も見てしまいますね。「このアプリはどうしてアップデートしたんだろう」「どこに課題があって、どんなふうに変わったんだろう」みたいなことを想像するのが好きというか。
半分以上は趣味の領域ですが、毎日チェックすることでプロダクトマネージャーとしての引き出しは増えている気がします。ECサービスじゃなくても、そのアプリによって得られる体験などは参考になりますし、「BASE」の機能に生かせる部分もあるはずですから。
「何だかよく分からないやつ」がプロダクトマネージャーになるまで
──リバ邸を出てから1年後にBASEに入社することになりますが、どのような経緯だったのでしょうか?
神宮司:リバ邸を出たあと、最初は自分でWebサービスをつくろうとしました。でも、1年くらいかけたものが最終的に頓挫してしまい、チームも空中分解。
お金もなく途方に暮れていた時に、すでにBASEを立ち上げていた鶴岡に連絡したんです。「何かできることはありますか? なんでもやります」って。鶴岡を頼ったのは、もちろん信頼していたこともありますし、リバ邸で一緒に暮らしていたメンバーがBASEで楽しそうに働いていたことも大きかったですね。
──最初はアルバイトとして入社されたとのことですが、どんな仕事を任されましたか?
神宮司:本当になんでもやりました。当時のBASEは6人くらいしかいなかったこともあって、次から次へといろんな仕事が回ってくるんです。
最初の1週間はカスタマーサポート、その後すぐにBASEのフロントエンドエンジニアとしてコードを書くように言われたり、社内で「プロジェクトX」と呼ばれていた新機能開発チームにアサインされたり。そこでは、企画からデザイン、コードを書くのも一人でやっていました。大変でしたけど、「頑張ればできるでしょ」みたいな感じで(笑)。
──そうやってガムシャラに働いた結果、入社数年でショッピングアプリのプロダクトマネージャーという責務を担うことになります。頑張りと能力が認められた結果だったのでしょうか?
神宮司:いえ、まったくそういうことではなくて。そのアプリのチームに入ったのもプロダクトマネージャーとしてではなく、役割も明確でないまま、ぬるっと参加したんです。だから、当時のチームメンバーは「何だかよく分からないやつが入ってきた」と思っていたんじゃないでしょうか。
そもそも、当時は社内にもプロダクトマネージャーという役割はなくて、世間的にもハッキリと定義されていなかったと思います。
──では、そこからどのようにプロダクトマネージャーとしての立場を確立していったのでしょうか?
神宮司:最初はなんとなく品質保証という役割を任されていたものの、リリースが遅れたり、思うように数字が伸びなかったりと、うまくいかない部分が多々ありました。そこで、とにかく社内のいろんな人に相談して、助けてもらいました。そうやって、なんとか一つひとつの課題を乗り越えていきました。
──鶴岡さんと出会った頃は人見知りで他人とコミュニケーションをとれなかった神宮司さんが、誰にでも相談できるようになったのはなぜでしょう?
神宮司:自分の仕事の範囲が「企画」になったからですね。企画の仕事は、自分一人ではどうしようもない部分が多くて。それに、自分よりもすごいデザインをつくれる人がいて、コードを上手に書ける人がいて……ある種プロフェッショナルなメンバーが揃ってきたタイミングで、ちょうど仕事も分業体制に移行しつつありました。
そうなると、良いプロダクトを生むには、僕が一人で何でもやるより、みんなで集まってコミュニケーションをとるほうが合理的なんですよね。
じゃあ自分は何をしていたのか、というとみんなの困りごとを聞くようにしていましたね。「何か手伝えることありますか?」と積極的に声をかけ、頼まれたことはなんでもやる。自分の役割を探していくような感覚もあったと思います。そうしていくうちに、徐々にプロダクトマネージャーと呼ばれるような立場になっていったという感じですね。
チームメンバーにサービス理解を深めてもらうための「ポエム」とは
──2018年には「BASE」全体のプロダクトマネージャーに就任しています。それまでは創業者の鶴岡さんが自ら手掛けてきたプロダクトを引き継ぐ形になりましたが、苦労した点はありますか?
神宮司:それが、これといった苦労はありませんでした。というのも、もともと鶴岡と僕はインターネットに対する捉え方が合致していて、企業ミッションにも入社当初からとても共感していました。
ですから、プロダクトの責任者になったからといって、サービスに対する思いやスタンスが変わるわけではない。そこさえブレていなければ、前任者と多少やり方が違ったとしてもメンバーが混乱することはないんじゃないかと思います。
──神宮司さんと鶴岡さんの根っこの部分が一致しているのは、やはり同じリバ邸出身であることが大きいのでしょうか?
神宮司:そう思います。僕らは家入さんから大きな影響を受けていて、Livertyで得たことがあらゆるサービスをつくるうえでのベースになっています。
家入さんは「インターネットやテクノロジーによっていろんなことが民主化されて、世の中がどんどんよくなっていく」という考えを持っている人ではないかと思います。本人から直接そう教わったわけではありませんが、家入さんが手掛けるWebサービスの節々からそうした価値観を感じ取れました。その価値観を、僕たちは今も大切にしています。
──プロダクトマネージャーとしては、そうした前提の価値観をブラさず、チーム全体に共有していくことが重要かと思います。例えば、新しいメンバーにそのことを伝える際に意識していること・工夫していることはありますか?
神宮司:当初は事業やプロダクトに対する考え方だったり、チームに対する率直な思いだったりを文章にして、積極的にメンバーに共有していました。僕らのようなスタートアップって、ミッションやビジョンに共感して入社する人が多いので、そのミッションに対する僕の思いを書くことで理解を深めてもらいたい意図がありました。
ビジネス用語が頻発するような文章だと、そもそもの事業構造やプロダクトの仕組みを理解していないと読みづらいと思うので、なるべく叙情的な表現を意識しましたね。結果、“ポエム”みたいになりましたが、それくらい振り切ったほうが共感してもらいやすいのかなと。
こうすれば、ビジネスチックなドキュメントよりも伝えたいことがダイレクトに伝わるし、メンバーのプロダクトに対する意識もブレにくくなる。あとは、メンバーから熱のこもったフィードバックをもらえて励みになるといったこともありましたね。
今はそうした文章を書く機会は減っていますが、チームが同じ理想を共有してプロダクトに向き合えるように、折に触れてコミュニケーションをとるようにしています。
開設数は180万ショップ。「個人・スモールチーム」にフォーカスする強みと悩み
──「BASE」がサービスの提供を開始したのは2012年11月。当時すでに“レッドオーシャン”だったEC業界で、どのように独自性を出してきたのか教えてください。
神宮司:「BASE」の独自性は、「個人」や「スモールチーム」のビジネスにフォーカスした点です。それまでは、フリーランスのクリエイターさんがビジネスを始める場合や、個人商店のオーナーさんがネットショップを開こうとした場合に、選択肢がとても少なかったのではないかと思います。
例えば、「しっかりとしたネットショップをつくろうにも資金がない」「知人や友人など近い範囲を相手に商売をしたいけど、ECモールに出店するほどの手間はかけたくない」――。
「BASE」だと、そういう人たちが思い立った瞬間にネットショップを開設できて、すぐにビジネスを始められる。ある意味、すべての人に対してビジネスを民主化するサービスと言えます。
──BASEのミッションである「Payment to the People, Power to the People.」には、その思いが表れているように感じます。
神宮司:そうですね。これまでは資金や資源を持っている人でなければチャレンジできなかったことに対して、最初の壁を壊したり、ハードルを減らしていくのがBASEの役割。そのためには、初めてECビジネスにチャレンジする人が使いやすいプロダクトであることが重要です。
例えば、「顧客管理」という機能一つとっても、大手企業と個人やスモールチームとでは求める要素が異なります。そうした機能の一つひとつについて、徹底的に個人やスモールチームにフォーカスしてつくり込んでいるのが「BASE」の強みではないかと思います。
個人やスモールチームの世界観を表現するためにデザイン・カスタマイズが自由かつショップの目的に合わせて拡張機能を追加できるのも大きなポイントです。
──では、そうした個人・スモールチームにフォーカスしてサービスを提供する難しさはありますか?
神宮司:個人・スモールチームと一括りに言っても、事業内容や商材、売上規模、オーナーの考え方……など千差万別です。そうなると、オーナーさんからのニーズも本当にさまざまなものが上がってくる。その中で、BASEとして本当に注力すべき課題を選ぶことは、かなり難しい作業ですね。
──その基準はあるのでしょうか?
神宮司:そのニーズや課題が「個別最適」になっていないかどうかということは、すごく考えますね。新しい機能をつくるにしても、より多くのオーナーさんの課題を解決できるものである必要があります。
例えば、注文の管理画面一つとっても、注文数の多いショップと少ないショップでは、求める操作性・機能性が異なります。両者にとって使いやすいものにするためには、「簡単に操作できて、なおかつ大量の情報をさばける」といった、全体最適化されたUIを考えなければなりません。
そこはプロダクトチームとして、行ったり来たりしながら常に知恵を絞っていますね。
──「BASE」は今年の6月に累計のショップ開設数が180万店を超えました。「チャレンジしたい人の、最初の壁を壊す」という点は達成できているように感じますが、今後はどのようにサービスをアップデートしていきますか?
神宮司:事業全体の大きな戦略でいうと、これからは「決済」や「金融」のソリューションも強化していきます。
まず、金融に関してですが、「BASE」をご利用されているショップオーナーさんからもよく「資金繰りが大変」という声をお聞きすることがあります。しかし、現状は個人やスモールチームを支援できるような金融のソリューションが不足している。
そこで、2018年に「YELL BANK」というサービスを立ち上げました。独自のアルゴリズムでショップの将来の売り上げ等を予測し、将来の売り上げの一部をBASEが今買い取ることで、即時に資金調達できるというものです。たとえ、私たちが予測を見誤り資金を回収できなくなったとしてもペナルティなどはなく、ショップ側にリスクはありません。
また、決済については2021年にリニューアルした「Pay ID」という購入者向けショッピングサービスを強化しているところです。ID決済を使って簡単にお買い物できる購入者向けのショッピングサービスに加え、「BASE」を使って開設されたショップの商品を購入できるモバイルアプリもあり、決済だけでなく買い物体験をサポートするような機能も設けています。例えば、気になるお店をフォローして最新情報をチェックしたり、購入履歴の確認やリピート購入なども簡単にできる。
私たちのようなストアフロント型のサービスはモール型のサービスと異なり、購入者への対応はあくまで個々のショップに委ねられています。ショップごとに対応が異なるため、プラットフォーマーとしての買い物体験を担保しづらいという課題があったのですが、その部分を「Pay ID」で包括的にサポートしていきます。
課題を抱え込まない。会社の中の「できる人」に“頼りまくって解決する”大切さ
──読者の中には20代で未経験の仕事や、それこそプロダクトマネージャーのような重責を負い、うまくいかずに悩んでいる人もいると思います。同じように、20代でさまざまな仕事を任されてきた神宮司さんから、最後にアドバイスをいただけますか?
神宮司:思えばプロダクトマネージャーになりたての頃は、人に助けてもらってばかりでした。だから、新しいことを始める時、何か課題にぶつかった時は、自分一人で解決する必要はないと思います。自分ができないのであれば、社内の誰かに相談したり、お願いしたりすればいい。
特に、若くして責任あるポジションを任された時って、会社からの期待と本人のスキルのギャップが大きいと思うんです。それに、会社から期待されている成長のスピードと、本人の成長スピードって必ずしも合致するわけではありませんよね。そのスピードが合うまでは、会社の中で「できる人」を探して、積極的に頼っていいんじゃないでしょうか。
他人に頼ることでチーム内のコミュニケーションが活性化されますし、分業が確立すると開発スピードや作業効率性も向上します。チームプレーのメリットを最大限活用しましょう。
20代なんてまだ社会人に“なりたて”ですから、その強みを最大限に生かすべきですよね。そもそも「できなくても仕方ない」と周囲に思われているので、自分自身で変にハードルを上げ過ぎないほうがいいんです。
(MEETS CAREER編集部)
撮影:関口佳代