新しいビジネスに先陣を切って飛び込んできた開拓者に、ビジネスを生み出す原動力となった課題意識やそれを乗り越えるためのアクションを伺う新連載「ファーストペンギンの思考」。
今回登場いただくのは、個人向けの遺伝子解析サービスを手掛ける株式会社ジーンクエストの副社長、岩田修さんです。同社の高橋祥子代表と共に、日本の遺伝子解析ビジネスを牽引してきた存在です。
「とにかく仮説検証がしたい」
取材時、そんな研究者らしい一面をのぞかせた岩田さん。しかし、そのキャリアは研究一筋ではありません。興味の赴くままに、研究畑から証券会社へ、その後復学して、まったくの異業種へ……という一風変わった経歴を持っています。
今では「研究者と経営者という二足のわらじ」をはきながら、遺伝子解析ビジネスの未来を考える日々です。
岩田さんは、一体どんな経緯でこの世界に飛び込み、立ちはだかる課題をどうやって解決してきたのでしょうか。
日本は世界で一番「遺伝子解析ビジネスに挑戦しやすい国」?
──岩田さんの経歴をお伺いする前に、まずはジーンクエスト社の遺伝子解析ビジネスについて教えていただきたいのですが、主力事業は遺伝子検査キットの販売でしょうか。
岩田修さん(以下、岩田)::キットの販売、というよりは、遺伝情報を解析して個人に提供するデータビジネスの側面が強いと思います。
インターネットでお申込みいただいた方にキットをお届けし、唾液を入れて返送いただく。弊社は、唾液をもとにその方の遺伝情報を調べ、病気のリスクや体質、祖先にまつわる情報といった複数の解析結果をマイページ上で提供する。これが弊社の主力サービスです。
──病気の予防や日々の生活に役立てられそうですね。自分もぜひ知りたい……。
岩田:お客様に情報を提供するだけでなく、その情報をデータベース化して、製薬会社や大学などとの共同研究にも役立てています。
サービスが広がれば広がるほどデータが蓄積されて研究も進み、その研究結果がサービスの品質を向上させる、という好循環をつくることが理想形です。
──まさに少子高齢化や医療リソースの逼迫といった社会課題の解決につながりそうな、未来のあるビジネスだと思うのですが、ジーンクエスト社が出てくるまでは、あまり世間に浸透していませんでしたよね。
岩田:そうですね。これにはビジネスを展開するハードル、ビジネスを成長させるうえでのハードルの2種類があるように思っていて、まず前者から説明しましょう。
一つは「医療との線引き」です。私たちはお医者さんではないので、法律上「診断」はできません。一方でサービスとして何らかの価値は生み出さなければならない。診断ではない形でどのような情報を提供していくか、そのバランスが難しいところでもありました。
もう一つはお客様側の視点で、「心理的な抵抗感の払拭」です。今でこそPCR検査の浸透で身近になった感はありますが、遺伝子検査と聞くと、どうしても自分が丸裸にされてしまうような印象を持たれ、「怖い」と考える方も少なくありません。
──どちらも一朝一夕に解決できない課題ですね。後者の「ビジネスを成長させるうえでのハードル」とはどのようなものだったのでしょう?
岩田:これは現在も業界全体としての大きな課題ですが、お客様の求めるものが解析結果だけじゃない、つまり「(解析結果を知って)どうしたらいいの?」という部分を提供しきれていないところですね。
「解析結果の次のアクション」まで提示できると、現在の10倍、100倍の規模まで拡大する産業になるのではないかと。
個人的に、日本は世界で一番、「産業的には」遺伝子解析ビジネスに挑戦しやすい国だと思っていて。
──えっ、そうなんですか?
岩田:ヨーロッパでは遺伝子検査ビジネス自体が禁止されていますし、お隣の韓国では10項目程度しか解析結果を提供できないという規制もあります。
一方、日本では現状そこまで厳しい規制がなく、弊社のサービスでも350項目もの解析結果を提供できています。
だからこそ、ビジネスを成長させるうえで本当に重要なのは、サービスや商品の魅力。つまり、「解析の次」を提示できるようなサービスを打ち出すことなんです。
薬局との連携からアバター生成まで…遺伝子解析ビジネスの可能性
──なるほど。
岩田:私たちは「二次サービス」と呼んでいますが、例えば薬局などと連携して、ユーザーさんの体質に合った食事メニューや運動プログラムなどを提供できるようにするなど。とにかく、解析データを「どう活用するか」までスコープを広げて考えることが大切です。
──個人で解析結果から健康改善につなげるのは難しいですが、伴走してもらえるサービスがあると心強いですね。
岩田:もう一つ、情報価値を高めながらお客様の心理的なハードルを取り払ううえで、コンテンツの力を活用しています。
例えば、講演などで「遺伝子解析」を「天気予報」に置き換えてお伝えしたり。雨が降ると分かっていれば傘を持って出かけられるように、自分が特定の病気になりやすいと分かっていれば、あらかじめ手を打つことができますよね。
──そのたとえはとても分かりやすいですね。
岩田:あと、公式サイト上で「お酒に強い都道府県ランキング」や「蚊に刺されやすい都道府県ランキング」といった情報も発信しています。
二次サービスにも言えることですが、ビジネスを成長させるには、遺伝子解析サービスを使うほど健康に強い興味関心を持っている層だけでなく、万人を巻き込めるエンターテイメント要素が高いサービスにしていかなければならないと思っています。
余談ですが、今アメリカでは遺伝子解析がブームになっていて、それは「祖先を調べたい」というモチベーションによるものが大きいんです。アメリカはいろいろな人種の方が住んでいるので、皆さん自分のルーツに対する興味を強く持っています。「祖先を調べる会」という会合が各地で定期的に開かれるほどです。
──自分の祖先を調べるんですか……?
岩田:東京ビッグサイトのような会場で大々的に催されているんですけど、参加者はガーデニングのような、カジュアルな趣味の一環として遺伝子解析を楽しまれているんです。
ひるがえって日本を眺めると、そういった動きはアメリカほど根付いておらず、遺伝子解析市場のサービス多様性も薄いのが現状です。
なので、ジーンクエストでは、競合優位性を出すためにも、既存の事業の延長線上にはないサービスを検討しているところです。例えば、遺伝情報をもとに自分のアバターを作ったり。
──アバター!! そんなこともできるんですね。
岩田:一卵性双生児の顔は基本的に同じですよね。それは、遺伝情報が同じだからなのですが、要は遺伝情報が分かれば、その人の顔のつくりを再現できるんです。
その精度が高まれば、自分のデジタルアバターをつくってメタバースに出現させたり、大切な人のアバターを取っておいてお墓参りするとその人がアバターで出てきたりするようなサービスも生み出せるかもしれません。
遺言で「若い頃の姿を残しておいて」と言われていたら、若かりし日のおばあちゃん、おじいちゃんに会うことさえできるのかもしれません。
──それはすごくワクワクしますね。
岩田:いろいろな検討事項は残っていますが、技術的に可能な段階にまもなく至ると思います。
証券会社から大学院、そしてバイオベンチャーへ。「新しいこと」を求めて異業種を渡り歩く
──ここからは岩田さんのキャリアについて深掘りしていきたいのですが、そもそも遺伝子解析に興味を持ち始めたのはいつ頃だったのでしょう?
岩田:高校生の頃でしょうか。当時(2000年代)は「人の遺伝子が解読されると、さまざまなことが分かるのではないか?」というテーマが流行った時期で。私はそういう内容のテレビ番組に見事感化されて、バイオ系の研究に憧れました(笑)。
老化という現象に興味があったので、大学や大学院の修士課程では体内の動きを分子レベルで調べる「分子生物学」を専攻しました。が、就職するか博士過程に進むか悩んだ末、「一度別の世界を見てみたい」と証券会社に就職しました。
──証券会社に!? 研究内容からかけ離れた職種のように見えますが……。
岩田:それが実は、証券アナリストとして製薬企業を調査する際に、分子生物学の知識が生きたんです。薬が体の中でどう作用するかを知っているので、これから開発される薬の「有望さ」を評価することができました。
ちなみに、分子生物学の知識はジーンクエストに入って薬局さんと交渉する際にも大変役立ちました。
──本当に、何がいつどこでどう役に立つか分からないものですね。でも、そこから証券会社を辞めて、復学されるんですよね?
岩田:はい。証券会社では製薬企業に話を聞いてレポートをまとめる仕事をしていたのですが、業務を通じて「情報をもらう側より発信する側のほうが楽しそうだな」「自分も新しいものを生み出したいな」とぼんやり考えるようになりました。
そこで会社を辞めて、医学系から農学系に研究分野を変えて復学しました。
──またしても意外な進路選択ですね。研究の道に戻るとしても、なぜ農学だったのでしょう?
岩田:新しいものを生み出すにおいても、まずは1から学び直したかったというのがあります。併せて、農学系の研究はビジネスへの応用性が高く、自分の研究成果が比較的早く形になりやすい。ここが一番の決め手でした。
これまで携わってきた医学研究の先には薬の開発がありますが、一つの薬が完成するまでにはだいたい5年〜10年はかかります。一方、農学系の研究は食品や化粧品の開発に応用できるので、早くて1年で形になる。
これは証券会社に入った理由の一つでもあるのですが、私は日々「新しいこと」に触れていたいんですよ。せっかちなのかもしれません(笑)。
新しいもの好きだからこそ、遺伝というトレンドに導かれて進路を決めましたし、証券会社時代も会社の状態が刻々と変わっていく様子が株価という形で観測できることに楽しさを覚えていました。
──そういえば、大学院修了後に入社されたユーグレナ社も当時はベンチャーでしたね。
岩田:今もまだベンチャーですが、当時は今よりもベンチャー気風が強かったですね。
ちなみに、ユーグレナを知ったきっかけは、大学近くのラーメン屋でよく食べていたミドリムシ入りのラーメン「みどりラーメン」です。
その後、学内の会社説明会で代表の出雲(充さん)が熱く夢を語っているのを聞く機会があり、ちょうど「ゲノム編集(注:狙った場所の遺伝子を狙って改変する技術)」に興味があったので、「ここならやりたいことをやらせてもらえそうだな」と。
──ミドリムシもまた、農学研究の一分野です。
岩田:はい。食品に応用したり、化粧品に応用したりと商品化が早いですね。
ユーグレナ入社後は、ミドリムシの品種改良の一環として、ゲノム編集や遺伝子改変について5年ほど研究しました。当時の研究テーマは「油や栄養素をたくさん作る個体をどうすれば生み出せるのか」。
その後、ちょうど研究が一段落したタイミングで、遺伝子解析ビジネスの分野で破竹の勢いを見せていたジーンクエストがユーグレナのグループに入り、当時の副社長に「新しいことをやってみないか」とお声掛けいただいたこともあって、遺伝子解析ビジネスの世界へ本格的に足を踏み入れました。
当時の研究内容が役立つ分野だったことに加えて、エンドユーザーに近い視点を持ってみたいという思いもあり、面白そうだなと。営業などを経て、現在は副社長として経営の一端を担っています。
とにかく「仮説検証」が好き。研究者と経営者を両立したら強みが分かった
──お話を聞いていると、岩田さんは自分の中で湧き上がる「面白そう」という直感に従ってキャリアを選んでいるように感じます。
岩田:そうかもしれません。ただ、脈絡なく異分野を渡り歩いているように思われるかもしれませんが、これまでのキャリアを生かせるよう意識はしていて。
証券会社では修士時代の研究を生かせるような部署へ、ジーンクエストへもユーグレナ時代の研究の軸をベースに入社していますから。
──なるほど。手持ちのスキルや経験を生かしながら都度新しい領域に挑戦することでキャリアを拡張していく、というスタイルですね。そうしたご自身のキャリア志向は、いつ頃はっきりしてきたのでしょう?
岩田:ジーンクエストに入ってからですね。今は研究者と経営者の「二足のわらじ」を履いた状態で、研究や商品開発のことに口を挟んだり、衝突しがちな研究員と営業マンのあいだに入って「通訳」のような役割を果たしたりすることもあります。
そんな中で「私はどうも研究にこだわっているわけじゃないんだな」ということに初めて気づいたんです。
──どういうことですか?
岩田:研究はもちろん好きですが、とにかく「仮説検証」がしたい。自分で思ったことが正しいのかを、できるだけクイックに知りたいんです。
そういう意味では、経営も研究も仮説を検証する場。今の仕事では手を動かして研究をする機会は少ないけど、自分に合ってはいると感じますね。専門分野ではありませんが、最近はWeb広告のA/Bテストに触れる機会もあって、「どの要素を変えれば実績が変動するのだろう」と非常に興味を持ちました。
そもそも、実験というのは90%が仮説の条件を満たさない「失敗」に終わります。だから研究者は基本的に期待値を低く見積もる傾向にありますが、これが先ほど申し上げたような、さまざまなビジネス課題を解決するうえで役に立っていると感じます。
信じられるのは主観の入らない数字だけなので。「売れている/売れていない」の分析も定量化や再現性の担保を意識しながらロジカルに進められるのは研究者の経験が生きている部分です。
──研究者としての適性が経営に携わるうえで役に立ったということですね。まさに岩田さんならではのキャリアという印象です。
岩田:でも、この志向は研究(開発)の分野に留まっていたら気づかなかったので、改めて自分の知らない世界をのぞいてみるのは大事だなと。
少し話はそれますが、今の日本では博士号を取得する人が減っているそうで、その原因の一つに、学位を取ってもキャリアにつながらないという傾向があります。でも、修士にしろ博士にしろ、学位を取った人に、私が経営の面白さを伝えられたら、新しいキャリアの可能性を見せられるのかなと。世の中には研究をされている方も、経営をされている方もたくさんいらっしゃいますが、「研究者出身の経営者」は案外珍しいのではないでしょうか。
10割環境を変える必要はないけど、3割だけ、自分の知らない環境に身を置いてみる。そうすると、いずれ点と点が繋がって、自分らしいキャリアが描けるのかもしれません。
(MEETS CAREER編集部)
取材・文:いしかわゆき
撮影:関口佳代
≪ファーストペンギン思考を身に付けるには? ≫
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