元自衛官のわびさんは、35歳を超えてから外資系企業に異業種転職。「35歳転職限界説」といった転職市場のジンクスを跳ね除け、キャリアアップや年収増を実現させました。
ツテや経験もないなか、わびさんの転職を強く後押ししたのが、「自分の武器」を見出し、その武器を相手のニーズに合わせてすり合わせるという視点でした。
「市場価値とは時価」とまで言い切れる理由は何なのか。ご自身の専門分野である危機管理の知見を交えた転職活動のノウハウと、「武器」を売り込むための考え方についてお伺いしました。
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転職にも「モテ期」がある
――わびさんは35歳を超えてから異業種転職されたんですよね。
わび:はい。もともとは情報分析を専門にする自衛官として働いていましたが、過酷な環境にメンタルダウンし、35歳を過ぎて市役所に転職。その後すぐ、航空業界の外資系企業に転職しました。
――一般的に35歳を超えると転職しづらくなる(35歳転職限界説)、とも言われるなか、わびさんはそんなジンクスに思い悩まなかったんでしょうか?
わび:正直、悩みました。インターネットなどでは「35歳転職限界説」などがまことしやかに流れていたので……。でも、「自分の武器」を見出せてからは、悩みも吹き飛びました。ちなみに現職の内定は転職活動に本腰を入れてから3週間でいただき、年収も市役所時代のおよそ2倍になりました。
――なるほど。際立った成果を残されて、市場価値の高い人材になっていたから、というわけでもなく?
わび:幹部自衛官に昇格するなど、それなりのキャリアは積んでいたつもりです。ただ、自衛官の経験って企業世界での市場価値に換算しづらい側面がありますよね。
私は自分の市場価値を、「自分の武器」を「適切なタイミング」で企業に売り込んだ結果だと認識しているんです。
以前もツイートしましたが、そもそも市場価値なんて「時価」だと私は思っていて。
――時価とは……?
わび:企業のニーズによって上がりもするし下がりもする、ということです。そもそも市場価値とは市場が決めること。モテるかモテないかは相手次第だから「モテ期」があるように、転職しやすさも変動するものだと思っています。
――わびさんはその「モテ期」を逃さず転職できた、と。
わび:平たく言えばそうですね。転職活動をしていた頃、ちょうど現職の社内で大きなトラブルがあり、危機管理体制が抜本的に見直されるのと並行して、危機管理に強い人材の募集が行われました。
私の専門は防災、危機管理、BCP(Business Continuity Plan=事業継続計画 ※)というニッチな領域ですが、募集が行われたタイミングでスピーディーに応募できるよう日頃から準備しておいたんです。
※事業継続計画……企業が自然災害、テロ攻撃、大きな事故などの緊急事態に遭遇することを想定し、事業継続のための方法・手段などを取り決めておく計画のこと。事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核事業の継続や早期復旧をするために、平常時に行うべき活動を取り決めることも求められる。
この転職経験から、「自分の武器」を整理し、企業のニーズに合うよう発信することの大切さに思い至りました。
「自分の武器」を見つけるには?
――そもそも、わびさんはどうやって「自分の武器」を見つけていったのでしょうか?
わび:見つけるために何かしらの行動をするよう意識していましたね。そのうえで一番役立ったのが、転職エージェントさんへの相談です。
自分でも大変運がよかったと思うのですが、相談を持ちかけた転職エージェントさんが元自衛官の方で。その方に「わびさんの経歴だとこの部分をこう表現したほうが企業に伝わりますよ」と細かくアドバイスいただき、自分の中でも整理できました。
あとは、「再現性」を意識して、職務経歴書や面接で自分の武器をプレゼンテーションできるよう入念に準備しました。すでにお話しした通り、私の専門はニッチですから、自分の武器が何で、それが業界の外でどう役立つのかを説明する機会が多かったんです。
――なるほど。転職エージェントさんに会うまでは、あまり「自分の武器」を意識することはなかったのでしょうか?
わび:そうですね。自衛隊や市役所にいた頃は自分に武器があるなんて考えてもいませんでした。
ニッチなスキルしか持っていないという自覚はあったので、「どうアピールするか……」と悩み、行き詰まった挙句、「とりあえず資格だろう」と簿記やプログラミングの勉強に手をつけたこともありました(笑)。ただ、まったく畑違いの分野でしたから、「これを仕事にするの?」と疑問が湧いて、勉強が捗らなくなっちゃったんですよね。
今考えると、実務経験もなく畑違いの資格なんて、取得に苦労するわりに、あまり武器にならないんですけどね……。
――転職活動に慣れていないと、わびさんと同じく「自分のスキルのどこをアピールすればいいか分からない」と悩む人も多いかと思います。
わび:だから、自分と似た経歴の転職経験者や転職について確かな知見を持った第三者に「他己分析」をお願いするのは一つの手かと思います。私の場合は転職エージェントでしたが、客観性を担保するため、できれば利害関係のない知人などに聞くほうが安全かもしれません。
あとは、「得意分野を磨く」というスタンスで日々の仕事に向き合ってみる。そもそも組織って得意分野を持った人たちの集合体ですよね。自衛隊にも近接戦闘が得意の普通科がいれば、遠距離からの攻撃が得意な野戦特科もいて、後方支援をする人もいて、それぞれ手持ちのスキルも考え方も違う。そんな多様な人材が集まるから、強い組織になるわけです。
でも、20代の頃は、自分にとっての「武器」が何なのか、まだ分からないことも多い。だからこそ、苦手なことや興味がないこともこなしてみる。その時間が、「自分の武器」を探して磨く時間になっていくのかもしれません。
――なるほど。一方で、わびさんは著書に「(仕事をする中で)自分の代わりはいくらでもいると気づいた」と書かれています。自分の武器を見つけて磨くことは、むしろ「替えのきかない人になる」ことではないか、とも思うのですが?
わび:「自分の代わりはいくらでもいる」と思いながら自分の武器を磨くことは、特に矛盾しているとは思いません。視点が違うだけで筋の通った行動だと思います。
以前、自衛隊でメンタルダウンを経験した時、「自分の代わりはいないんだ」と思い込んで必要以上に責任を感じ、しんどくなったことがあります。専門性の高い仕事や社内のやり取りが多い仕事だと、ついそんな「狭い視野」で自分のスキルの価値を判断してしまいがちですよね。
しかし、社外に目を向けると、たとえどんなにニッチな分野でも、自分と同じようなスキルを持った人はたくさんいます。ポジティブに捉えれば、そのスキルに企業のニーズがある証拠ですし、個人のアクションに落とし込んだ時、だからこそ「自分の武器」として発信できるようにするための準備が大切なんだと思います。
「ゆるい転職活動」で武器を発信する
――その準備が、自分の市場価値が最も高くなるタイミングを見計らう、ということだと。
わび:はい。自分が今も昔も続けているのは、”ゆるい転職活動”です。
――「ゆるい転職活動」とは、具体的にどのようなアクションでしょうか?
わび:まずは、「待ちの姿勢」で転職活動が続けられるサービスの活用です。私は複数のスカウトサービスや一般的な求人サイトに登録して、スカウトが来るのをいつも待っています。
ただ、本当に待っているだけではなかなか声はかからないので、今の仕事でなんらかの成果が得られた、職務経歴書に書けそうなオリジナリティの高い業務を担当した、というタイミングで職務経歴書をアップデートしています。私はそのためにも、社内のDX(デジタルトランスフォーメーション)関連プロジェクトに参加するなど、新しい仕事に携われるチャンスを積極的に掴むことを心がけています。
またこれは外資系に特有かもしれませんが、時間ができたら、危機管理や防災に関連する求人のジョブディスクリプション(職務記述書)に目を通しています。ジョブディスクリプションには、そのポジションで求められるスキルや募集背景がわりと詳しく書かれていることが多いので、スキルのトレンドを把握できるんです。
そうやって自分の知識や経験をアップデートしながら、企業側のニーズとすり合わせていく作業が、「ゆるい転職活動」と言えるかもしれません。
――そうした「ゆるい転職活動」を続けるには、新しい情報にいつもアンテナを張っておく必要がありそうですよね。どんな企業がどんな背景で採用を行っていて、どんなスキルや経験を求めているのか、把握しておかなければならない。
わび:そうですね。情報の収集と分析、私は8割方「それで(活動は)完了」していると思います。
自衛官時代に、情報分析の教官から「相手の企図は公開情報だけからは見えてこない」と言われていました。だから面倒でも、公開情報とその周辺の情報、世の中の情勢など複数の情報を組み合わせないと、「相手の考え」って見えてこないんです。
例えば、ある企業が人材募集を行う背景に、社内で突発的に発生したトラブルがあり、それがマスメディアでニュースとして報じられることもあります。そうしたニュースに目を通すことも一つの情報収集です。
ちなみに、自分の場合、情報分析した結果、「この仕事は自分には無理そう」と感じて応募しないこともあります。あるグローバル企業のジョブディスクリプションを見た時、求められる仕事のレベルが(自分にとって)高過ぎて、「正直これはしんどそうだな」と感じたんです。
――そんな「撤退」の判断をいち早くできるのも、わびさんが自衛隊で情報分析の仕事に携わってこられたからなんでしょうか?
わび:あまり意識したことはありませんが、それはあるかもしれませんね。私の仕事には、災害などで業務やシステムが停止した場合のビジネス上の影響を評価する「ビジネスインパクト分析(BIA)」も含まれるので、つねにリスクを想定して、優先順位を考えるのが癖になっていますから(笑)。
――少し本題から逸れますが、そうした情報収集や危機管理のエッセンスは対人コミュニケーションにも応用できそうですよね。
わび:そうですね。そもそも、コミュニケーション能力とは、複数の情報をもとに相手の考えを推し量るスキルでもあると思うんです。
私も意識していますが、例えば転職活動の面接では「相手が聞きたいこと」に対して焦点のぼやけた回答をしないことは大事。だから、大切なポイントだと感じた点は「これってこういうことですよね?」と聞き返したりして、相手の反応を確かめながら少しずつ会話を前進させていくのがいいでしょうね。
仕事は人生の目的でなく「楽しく生きるための手段」
――そうして相手の考えを推察したり、相手のニーズと自分の持っているものをすり合わせたりするスキルは、転職後も役に立ちましたか?
わび:はい。危機管理のスキルをチームマネジメントに生かしたり、重要な会議を仕切ったりという局面で非常に役立っています。
やはり仕事柄、「自分の武器」を相手のニーズに合わせながら生かす、という視点は転職時だけでなく今後キャリアにおいても大切なものになってくると思っています。
――わびさんの行動に貫かれた戦略は、情報を取り扱う職種ならでは、という印象で興味深かったです。最後に、一歩踏み出すのを躊躇っている読者に向けて、何かアドバイスできることはありますか?
わび:こと転職に限ると、感情的な判断で行動するのはやめたほうがいいと思います。情報を収集・分析できていないと、隣の芝はものすごく青く見えますし、転職後に「想像していた場所と全然違った」と後悔しがちです。
いきなり抽象的な話になって恐縮なのですが、そもそも「自分がどのような人生を送りたいか」を考えることも大切だと思います。
私にとって仕事は人生の目的でなく、「自分が楽しく生きるための手段」です。働きながら歳を重ねるなかで、自分を取り巻く環境も大きく変わりますし、人生の中で仕事が占める位置づけや役割も変わるはず。そうやって状況が変化しているのに、「自分にはこの道しかない」と一つの仕事に固執してしまうと、「楽しく生きていく」という本来の目標を見失ってしまいます。
もっと大きな視野で仕事を捉え、「いまの企業で働けなくなる可能性」も常日頃から考えながら、ゆるい転職活動を継続することが楽しく生きていくための秘訣かな、と私は思っています。
(MEETS CAREER編集部)
わびさんの著書『メンタルダウンで地獄を見た元エリート幹部自衛官が語る この世を生き抜く最強の技術』(ダイヤモンド社)が発売中。
取材・文:古澤誠一郎